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第六十ニ話 彼方より託されたもの

 宿に落ち着いてからはサクラとノウェムが情報収集に出てくれた。


 リシィとテュルケは状況を把握せずに何かあっては困ると、ある程度の安全が確認できるまでは部屋で待機だ。護衛は僕とアサギ、彼女にも聞きたいことがある。


 だけど、アサギはいつも一人でいることが多いにもかかわらず、今日ばかりは付かず離れずの距離にいて、リシィたちの手前どうにも話を切り出せずにいた。


 そして、テレイーズに到着して一日が経過したその日の夜。



「話せることだけでいい。頼む」

「……(コクリ)」



 二人きりになった宿の部屋で、アサギは一瞬だけ逡巡して頷いた。

 皆は浴場に向かい、この時にようやく彼女を引き止めることができたんだ。


 室内はランタンの火に照らされ、街並みと同じ白い石材が柔らかなぬくもりを帯び、さらには支柱となる木材の濃い茶色がいいアクセントとなり、和の趣はないけど清掃の行き届いた部屋は充分にくつろぐことができていた。


 そんな中で僕は椅子に、アサギは三つあるベッドのひとつに腰を下ろし、お互いの正面から向かいあっている。



「それで……」

「……」



 だけど、実際に話をするとなるとどう切り出したらいいか悩んでしまう。


 「君は僕の娘か?」、なんて兄妹程度しか歳の離れていない女の子に質問する状況を考えたら、もし違った場合は何を言っているんだこいつだ。


 そんな話の切り出しを考えていると、アサギが深い溜息を吐きながら、これまで目元を隠していたバイザーを持ち上げた。



「……あなたは……私のことを聞こうとしている」

「え……うん、その通りだ」


「……どこまで、気がついて……知っている?」

「知らないから、こうして聞こうとしている……。変な話だけど……今朝、僕は夢の中で一人の男に出会ったんだ」

「……」


「その男は、今の僕よりも歳を取った僕で、彼の傍にはサクラもいた。何より、今のリシィにそっくりな女の子に『パパ』と呼ばれていたんだ。そして僕は、もう一人の僕に娘を託された……。こうして言葉にすると、本当に変な話だ……」


「……」



 アサギの視線が揺れる。俯いたことでその視線は板張りの床に落ち、だけど暗褐色の瞳がわずかに青色の光を放っていることはわかった。


 やはりこの娘は……。



「……私は、あの女が嫌い」

「は? なんの話を……」


「リシィティアレルナ ルン テレイーズ。……あの女は、お父様を置いていなくなってしまった。……お父様はあの女に縛られ、戦い続け、最後の最後まで『僕はリシィの騎士だから』と言って、お父様まで私の傍からいなくなってしまった」



 いなく……もう一人の僕は、戦いの中で死んでしまったのか……娘を置いて、リシィのあとを追うように……。実際にやらかしそうで反論の余地もない。



「君の……本当のフルネームを教えてもらってもいいか?」


「アサギ ルン クサカ。……お父様の言葉を借りるなら、私が元いた時代での“龍血の姫”となる。……私には神器の顕現はできないけれど」


「そう……か……」



 同じ龍血(・・・・)がどこかで繋がっているのだろうとは、以前にリシィの金光をアサギが増幅したことで予測はしていた。


 それが僕の娘としては……さすがに覚えがないから想定もしなかったな……。

 彼方の並行世界より訪れた実の娘……実感なんてあるわけがない……。


 アサギは顔を伏せたまま身動ぎもせず、ただ無表情に何かを考え込んでいる。

 胸中は複雑だろう、父親を目の前にして実際のところ父親とも違う存在が僕だ。僕自身が戸惑う以上に、彼女もまたどうしようもない感情に苛まれてしまうんだ。


 ただ、こうして向かいあうとやはりリシィによく似ている。

 特に初めて出会った頃の無表情だった彼女に。



「……私は……どうしたらいい?」



 アサギは俯きながら視線だけを僕に向けた。


 開け放たれた窓からゆるやかに流れ込んだ風が彼女の髪を撫で、僕はその灰色の髪がリシィと同じ長さにまで伸びる幻視をする。

 本当にそっくりだ。僕に似ているのかは自分ではわからないけど、たしかにリシィの娘だとは納得せざるをえない。



「どうしたもこうしたも、正直に僕もよくわからない」

「……正直者」


「アサギは、以前『お父様を救う』と言っていた。それはつまり、僕のことを守ってくれていたと思ってもいいのか?」

「……(コクリ)」


「そうか、実際にたくさん助けられたよな……。ありがとう、アサギ」



 僕がお礼を言うと、アサギの目尻に涙が滲み出た。


 これまで無感情だった表情は徐々に崩れ、押し殺していたものが溢れ出てしまったのか、細い肩を震わせてそれでも耐えるように唇を噛み締めている。


 もういない父親、だというのに目の前にいる父親、どうしようもない……。



「……っ!?」



 これが最善の行動とは思えないけど、僕は椅子から立ち上がって嗚咽を堪えるアサギの頭を抱きしめた。


 彼女はビクリと肩を震わせ、突然のことに驚いたまま体を強張らせる。



「僕は……アサギの父親と同じ“久坂 灰人”なんだろうけど、それでもやはり同一ではない存在だ。だけどそれでも、誰よりも近い存在として“家族”でいるよ。あ、いや、アサギが納得すればだけど……」


「……パ……パ……うっ、ううぅぅぅぅ……」



 夢の中で、彼女は本当に“パパ”のことが大好きなのだと伝わってきた。


 リシィを嫌っているのは、だからこそ大好きなパパが、自分ではなく本当のママを優先し行動していたのが原因なんだろう。


 マ、ママか……結末を変えた“この世界”でそれ(・・)が実現するかはわからないけど、可能性としては充分にありえるんだな……。


 なんにしても、どうもリシィと折り合いが悪い理由はわかった。

 むしろサクラとの関係をよしとしている理由も。無理強いはしないけど、リシィとアサギ、お互いに少しずつ新たな関係を築き上げて欲しいとは願う。


 僕は、もう一人の僕ならやるだろうと、アサギの頭からバイザーを外してそっと撫でた。たしかに、髪の下に根本しかないけど竜角らしい硬い感触がある。


 夜がふける、彼女が落ち着くまではしばらくこのまま……。



 ――ガチャ



「カイト、はなれていると落ち着かないから、いっしょに……」



 そして、不意の声に視線を向けると、部屋の扉に手をかけたまま硬直してしまっているリシィと目が合った。


 そう、思いもしなかったんだろう。

 僕がまさか、アサギを抱きしめているなんて事態は。


 最近のリシィは甘えん坊だから、僕が視界から外れるとすぐに探すんだ。

 その様子は懐いた小動物のようで可愛らしいとはいえ、だからこそ今のこの状況は酷くまずい。瞳の色が見事にいろいろと煌めいて、現状をまだ理解していないよう。


 あ、いや、体が震え始めた、瞳は赤く赤くそれでいて青にも染まっていく。



「リシィ、違うんだ。アサギの両親のことで、少し話をしていて……」


「んぅ……んーーーーっ! またそうやって! またそうやってっ! カイトの……カイトの……うわきもにょっ! 目をはなすとしゅぐにこれにゃんだからっ! カイトのバカバカバカッ、もうしらないんだからバカーーーーーーッ!!」


「おわーーーーーーーーっ!?」



 あああ……アサギのリシィを見る視線が厳しい……最悪だ……!!




 ◇◇◇




 もう! もう! もうっ! カイトったらっ!

 事情は聞いたけれど、それならそうとはっきり言いなさいよねっ!


 アサギはご両親が亡くなっているだなんて、それなら慰めて欲しいと思うもの。

 邪魔をしてしまったことは事情を聞いたあとで謝ったけれど、彼女はそっぽを向いて怒らせてしまったみたい……できれば仲良くしたいのに……。


 私は感情的になる前に、まずは話を聞くようにしないとダメだわ……。



「あの、そろそろ自室に戻ってもよろしいでしょうか……」

「んぅ……ねむれないんだもの、もうすこしこのままでいて……」

「わ、わかった……」



 故国に帰ってからの初めての夜、私はカイトにまたしても一緒に寝て欲しいとわがままを言ってしまった。

 先ほどのことは頭では慰めていただけとわかっているのに、ほんの少し離れただけで深刻な状況になっているんだもの、傍にいてくれないと落ち着けないの。


 何かもう、最近ではもう一人の“私”との境界が曖昧で、それを体のいい理由に私自身のわがままなような気がするわ……。

 はしたないけれど……元の姿に戻ったらこんなお願いは絶対にできなくなるもの、い、今くらいは……。


 アサギは隣のベッドに一人でこちらに背を向けているけれど、やはり彼女にも背負っている重い過去があるのね……。



「ねえ、カイト」

「うん?」



 カイトとは同じベッドの上だけれど、お互いの体の間はだいぶ空いて、むしろ密着しているのは反対側で眠るノウェムだわ。



「わたし、アサギとももっと仲良くなりたいわ。あまりよく思われていないようだけれど、少しずつでも歩みよりたいの」


「うん、それはいい。複雑な事情からすぐにどうこうなるとは思えないけど、それでも家族と変わらない接し方をしてくれると、僕も嬉しい」


「ええ、まずはこの国をもっとよく知ってもらいたいわね」

「安全の確認ができたらね……」



 今、私たちは故国テレイーズにいる……。


 逸る気持ちを抑えるように、カイトの左腕にそっと触れた……。

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