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EX10 モリヤマ と ニティカ 前編

 脊椎を損傷し、病院を退院してから一ヶ月が経過した。


 今はリハビリのため、日本料理屋『鳳翔』で板前の真似ごとをしている。

 まだ右腕に麻痺が残っているから、原隊復帰がいつになるかはわからない。


 勇んでこの世界に来てこの様は、隊の皆に申しわけが立たないな……。



「マコトはん、そない気のない包丁使いやとまた親父さんにどやされるで」

「あ、すいません。隊のことが気になって……」

「しゃーないなあ」



 まあ悪いことばかりでもないな。


 鳳翔の厨房では朝の仕込みの真っ最中で、俺の隣ではニティカさんが軽快な包丁さばきでネリを切っている。ネリはどう見ても万能ネギだ。

 かたや俺はというと、ここしばらくはずっとホッキ貝を二枚に下ろす作業ばかり。この世界だと“トゥレゥ”と実に言い難い名前なので、ホッキ貝でいい。


 以前のルテリアのことはよく知らないが、クサカが関わった一連の騒動の結果、来訪者を保護する制度が崩壊してしまったらしい。

 そりゃ、大量に拉致された来訪者をまとめるだけでも大変で、あらゆるトラブルがいまだに発生し続けていると聞くから、満足な生活環境も望めないだろう。


 そこで急遽制定されたのが、“臨時保護監督官制度”。


 ある程度の身分が保証されている人物なら、簡易審査で保護監督官になれるというものだ。

 これでひとまずは持ち直しているらしく、当の俺もニティカさんの申し出で彼女に保護される形となっていた。


 鳳翔に部屋を借りて彼女とひとつ屋根の下……もちろん部屋は別だが、ニティカさんとの関係だけを見たらそう悪くない今がある。



「おうっ、マコトォッ! 身の大きさは揃えろと言っただろうが!」

「いってぇっ!? 親父さん、ゲンコツは痛えよ!?」

「泣き言は一端に仕込みができるようになってから言え! 自衛隊員だろうが!」

「じ、自衛隊員は関係な……」

「ああっ!?」

「気合! 入れて! 仕込みます!」



 親父さん……ゼンジさんに頭をげんこつで殴られた。

 まあ何ごとも身が入らないのは、その道のプロからしたら冒涜に違いない。

 なぜか板前の修業をすることになっちまったが、厨房に入った以上はきっちり自分の役割を果たさないとな……。料理人じゃなく自衛隊員だが……。


 とはいえ、いまだ話に聞くクサカの功績よりはマシか。あれは俺には無理だ。



「くすくす、言わんこっちゃない。親父さん、料理のことになると厳しいお人やから、しっかりせえへんとあかんで」


「可憐だ……」

「はい?」


「いえ、なんでもありません! 任務をしっかりと遂行します!」

「くすくす、マコトはんはほんまおもろいお人やなあ」



 ニティカさんは普通に笑うんだよな……それもこれ以上ない可憐さで……。


 誰だ、“鉄面皮の氷女”なんてあだ名をつけやがった奴は……。




 ―――




 店を開き、朝昼の繁盛時間帯を過ぎたあと、俺は休憩をもらった。



「ニティカさん、すいません。つき合ってもらって」

「かまへんで、マコトはんはほっとけないからなあ。迷宮から久しぶりに自衛隊のお仲間さんが帰ってくるんや、迎えたい心情はようわかる」



 ニティカさんの言う通り、今日は俺の所属する第三分隊が迷宮から帰還する。


 来訪者を迷宮内帰還門まで送り届けた帰りってやつだ。本来なら俺も一緒だったはずなんだが、負傷兵は大人しく寝てろって押さえつけられたからな。


 迷宮はもう何回か往復しているが、送り返せた帰還希望者はまだ全体の一割にも満たないから、完遂までは当分この繰り返しの日々になる。



「マコトはん」

「はい?」



 迷宮の入口に向かい、今はすっかり元通りになった大通りを北上していると、ニティカさんがどこか懐かしむような表情で口を開いた。



「うちな、実はサクランのことをうらやましく思ってたんよ」

「サクラさんを……? それは……」


「あ、サクランは従姉妹なんやけどな、背丈がこないうちらの腰ほどしかない時分から、『日本の方の保護監督官になりたいです』言うてて、実際にその夢を叶えたあとは眩しくて真っすぐに見られんくらい輝いておったん」



 ニティカさんは俺たちの腰の辺りに手を掲げ、まるで思い出の中にいる自分たちの頭を撫でるように動かしてそんなことを言った。



「今のニティカさんは、俺には輝いて見えますが……」


「そやったらいいなあ。目的もなく日々を惰性で過ごしてたうちが、震災の日から少し変わって、マコトはんの一生懸命さを見てさらにがんばらなと思うたんよ」



 俺は、何かしただろうか……。


 守らせて欲しいと告げたものの、逆に守られただけで結局は何もできなかった。

 今だって、来訪者の人身売買を目的とする輩から保護してもらっているんだ。



「うちはな、サクランの影なん」

「は? それはどういう……」


「サクランは神代起源種、十二神獣“焔獣アグニール”の血脈。うちの家系は、アグニールの影として生き、影のまま死ぬ、今となっては薄れた宿命やけどそないややこしい種なんや。魂の形(・・・)が決まっとるんよ」


「よ、よくわかりませんが、俺にとってニティカさんはニティカさんです」


「おおきに。だからや、マコトはんはそのまま変わらんといて」



 どういう意味だろうか……。


 ニティカさんが抱えた何かは想像することもできないが、ほんの少し悲哀の交じる微笑を浮かべた彼女は、俺にとって誰よりも眩しい存在に思えた。


 “焔剣ニティカ”、“焔獣の崩牙”、以前に聞いた二つ名がその意味するところなら、俺が本当に守るべきはニティカさんの心ではないだろうか。



 『うちももう一度、お天道さまに顔向けなと思ったわ』



 以前のニティカさんの言葉……なら、決まりだな。


 なぜそんなことを話したのか、何を言いたかったのかはわからないが、俺のやるべきは彼女がお天道さまに顔を向けられるよう支えることだ。


 こうしちゃいられん……早速……!



「ニ……」

「そや! 変なこと話してもうたお詫びに、今度の休日に食事でもどない?」

「え、最近は食事も一緒のことが多いですが……」

「ああ、ちゃう。子どもらも一緒に孤児院でや。うちも腕を振るうし、リーリィも喜ぶ」

「ニティカさんの手料理ですか!? モリヤマ二等陸曹、喜んでお供します!」

「くすくす、ほんまマコトはんはおもろいわ。くすくすくす」



 サクラさんの笑顔が満開の桜なら、ニティカさんは月光花。

 いや、雲南月光花ではなく、月光をイメージする幻想的で儚い花。


 その表情はただただ可憐だ……。




 ―――




 そうして、馬車に乗り込んだ俺たちは孤児院の子どもたちの話に花を咲かせ、気がつくと探索者ギルドの前に到着していた。


 ギルドで通行許可をもらったあとは相変わらず長い大階段を上る。



「ここは久しぶりですが、ずいぶんと物々しくなりましたね」


「親方さんがな、これでもかってくらい防衛設備を増強しとるん。墓守は徐々に減少傾向やけど、どこからか入り込んだ魔物が押し寄せるようなったからなあ」



 探索者ギルドの建物を始めとし、大階段の周囲には新兵器の“三十五式針体拡散発射機”が無数に配されている。

 こいつの針弾は爆発しないことから味方を巻き込まず、電磁誘導による加速で面制圧が可能で、中型墓守程度なら一斉射で【イージスの盾】を貫通する代物だ。


 アシュリーンさんの協力もあって作られたものだから、効力は確かなんだろう。



「迷宮内の封鎖を徹底し、帰還門までの安全を確保できたらいいんですが」

「空洞が多すぎて手が足らんのはしゃーない。まずは足元から、マコトはんが本調子を取り戻すのが先やで」

「ですよね。気にするのはせめて右腕の麻痺が取れてからにします」


「ちょうどよく、自衛隊のお仲間さんが帰ってきおったで」

「お、あんなに手を振って、そうまでして俺に会いたかったんですかね」



 大階段の中ほどで迷宮正門を見上げると、イシバシやシラキたち第三分隊の面々がこれでもかと大きく手を振りながら駆け下りてきていた。


 後続の探索者たちまで揃って駆け足だから、そんなに慌てなくてもと思う。



「マコトはん、ひとまず全力で階段を下りましょ」

「え?」


「バッカ野郎っ、そんなところで立ち止まってるな! 来るぞ!」

「モリヤマ、走れええええええええええっ!」

「は? 何が……?」



 ――ドガアアァァアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!



「うおおああああああっ!?!!?」


「融合墓守だ! 全員退避ーっ! 逃げろおおおおおおおおおおおおっ!!」

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