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幕間十五 赤に染まるバカンス

 ポムニャの名前はポムにゃ。


 “ポムニャ”が名前じゃにゃくて“ポム”が名前だにゃ。

 ポムニャたちは自分のことを“ポムニャ”と呼ぶにゃ、だからカイトくんが察して“ポム”とつけてくれたのにゃ。



「ポムは海に入らないのか?」

「にゃんにゃ、にゃにゃにゃんにゃ。(さっき石鹸で洗ったばかりにゃ)」

「そうか、あとで大変だもんな」

「にゃにゃーにゃ。(その通りにゃ)」



 このヒトがカイトくん、真正面から挑んできてポムニャは打ち負かされ、二人はトモニャになったのにゃ。“トモニャ”は人間風に言うと“狩友”のことにゃ。

 にゃんでポムニャの言葉が通じるかはわからにゃいけども、大体いい感じに伝わってるのでまさにトモニャに相応しいのにゃ。


 そして、今はカイトくんのトモニャたちと砂浜に来ているのにゃ。

 あの大きな池に浸かるとポムニャの華麗な毛がゴワゴワににゃっちゃうので、ポムニャはカイトくんと一緒に荷物番だにゃ。カイトくんのトモニャたちは大きな池に飛び込んではしゃいでるから、毛が少ないとはいえ信じられにゃいのにゃ。


 ニャンニャウフフと楽しそうで、ポムニャにはよくわからないのにゃあ。



「にゃにゃんにゃにゃにゃにゃあ。(カイトくんのトモニャがくっついて暑いにゃ)」


「ああ、それもそうだよな。リシィ、みんなと一緒に海に入ったら?」

「やっ!」

「む、無理強いはしないけど暑そうで、少しくらい……」

「やーっ!」


「にゃにゃんにゃにゃーんにゃ。(カイトくんも大変だにゃ)」

「はは……」




 ◆◆◆




 ……というような感情がポムから伝わってくる。


 実際のところはどうかわからないけど、ぽむぽむうさぎは思った以上に知能が高く、否定する時は身振り手振りで否定するので大体が合っているはずだ。


 それがなんで僕にだけ伝わるのだろうか……?



「にゃにゃんにゃにゃんにゃんにゃ」

「そうだな、こんな機会はあまりないから少しは入ろうかな」



 『カイトくんは海に入らないのかにゃ?』と言うポムの問いに返すと、リシィは恨みがましい視線を僕に向けてきた。


 ここはオルディラにある砂浜で、出港準備が整うまでの予定を相談していた僕たちは、宿の従業員に教えられたことで来てみたんだ。

 南国リゾートと呼べるほどに施設は充実していないけど、それなりの観光客とそれなりの露店も出ていて、のんびりと過ごすにはちょうどいい感じ。


 その砂浜の端にある木陰で、僕とリシィとポムは海で戯れる水着姿の皆を眺めながら、かれこれ三十分くらいは荷物番をしている。



「リシィ、恥ずかしいのはわかるけど、その状態だと熱中症になってしまうから一緒に海に入らないか? 僕が手を引いているから、大丈夫だよ」


「うぅ……もとの姿でも恥ずかしいけれど、この姿はよけいなのよ……」



 カルヴァディオの艦上と違い、ここには観光客の目があるからな……。


 彼女はポムの毛に体の半分を埋めながら、逆側をさらに荷物で挟まれて縮こまるような体育座りだから、熱がこもって汗だくになってしまっているんだ。


 この状態がさらに続けば、体調を悪くして倒れてしまうのは確実だろう。



「ポム、荷物番を頼んでもいいか?」

「にゃーにゃにゃっ!」

「アサギも頼む!」

「……(コクリ)」



 アサギはいつも通りマイペースに木の上で昼寝中だ。



「リシィ、行こう」

「う……うん……」



 僕が手を差し出すと、リシィは不安げにそれでも腕を伸ばしてくれた。


 だけど、半ば強引に引っ張り上げたことで勢いをつけすぎ、結果として二人して砂浜に転がる状態になってしまったんだ。


 僕の上に倒れ込むリシィの肌はやたらと熱く、まだ滝のような汗を流していることから脱水症状は出ていないものの、それも時間の問題だ。



「あっ……ご、ごめんなさい。汗だくできたないわよね……」

「そんなことはないよ。どんな姿でも、どんな状態でも、リシィは綺麗だ」

「ふにゅ……!? まっ、またあなたはすぐにそういうことを……うぅーっ!」



 僕にとってはご褒美ですからね……!



「とりあえず、血中の浸透圧が上がる前に水分を補給して。はい飲み物」

「カイトはむずかしいことを知っているわよね……。んっ、んっ、んっ……つめたくておいしい……。これはなんのくだもので作られたものなのかしら……んっんっんっんっ」



 露店で購入していた爽やかな香りのする果実水を渡すと、リシィはコップ一杯をあっという間に飲み干してしまった。

 氷も入って冷たいから、今の彼女の火照った体には沁み入るだろう。



「それじゃ行こうか」


「カ、カイト……このちいさな体では波にさらわれてしまうから……だ、抱っこして離さないでね……。おねがい……」


「ふぉっ……!? あ、ああ、僕に任せて欲しい……!」



 そんなわけで、僕は汗だくのリシィを抱き上げてそそくさと海に向かった。

 なんだか、濡れていつも以上にしっとりする彼女の肌が変な情欲を駆り立てるので、少し早足になりつつ海で遊ぶ皆の元に急いだんだ。


 そうして熱い砂浜から海に入ると、照りつける太陽の下でも海水はそれなりに体感温度を下げ、地上の熱気が嘘のように心地好い。



「カイトさん、リシィさん、来られたんですね」

「ああ、リシィがあのままでは熱中症になってしまうからね」


「姫さま、お待ちしてましたぁ。貝殻とか踏んだら痛いのは除けておきましたです!」

「ええ、たすかるわ。いつもありがとう、テュルケ」


「くふふ、自らの体つきに自信が持てないとは、まだまだよの」

「ノウェムだって今のわたしと大差ないけれど、自信があるのなら大したものだわ」

「わっ、我は美の完成形だからよいのだ! 永遠の美幼女ぞ!」

「ものは言いようだよね……」

「あうじしゃまーっ!?」



 皆の格好は、引き続きナタエラ皇女殿下と海に行った時のものだ。

 リシィは青色のフリル付きビキニ、サクラは白色のワンピース、ノウェムはパステルグリーンの和服デザイン、テュルケは……なんで黒色の紐ビキニ……?


 ま、まあ沿岸なら水深はそこまで深くないので、僕は自身の腰辺りまで進んでからリシィも浸かるように腰を落とした。


 彼女は気持ちよさそうに自分の肌をさすり、冷やすのと同時に汗を拭っている。



「ふぅ……外の暑さがうそみたいだわ……」

「海に入ってしまえば姿を隠せるから、ポムと荷物の間に挟まるよりは見られないし、こっちのほうが何倍も気持ちいいと思ってね」

「ええ、かんがえたらわかることよね。手間をかけさせてごめんなさい……」

「いや、おかげで僕にとってはご褒美……」

「え?」

「な、なんでもないです!」

「へんなカイト?」



 そうして波に揺蕩っていると、しばらくしてリシィが海の彼方へと視線を向けた。

 その表情は何を思ってか、間近に近づいた故郷を考えてのことは確かなんだろう。


 【重積層迷宮都市ラトレイア】を進み、“三位一体の偽神”に挑もうとしていた時よりも気は楽だけど、それでも乗り越えなければならない困難はまだあるんだ。


 今ばかりはこのバカンスで英気を養い、次に備えたい……。



「ふにゅっ……!? やっ、やーーーーっ!!」

「んっ!? リ、リシィ、どうしたんだ!?」



 突然リシィが前触れもなく暴れ出し、僕の首に腕を回してしがみついた。

 押しつけられたささやかな胸が……あれ、水着でもフリルでもない感触……?



「くふふ、そうしんみりとするでない。出港準備が整うまで、我らは特にやることがないのだ、精々この休暇を楽しもうではないか。くふふふふふふ」



 すぐ傍で、海中から浮上してきたのはノウェムだ。



「ノウェム、その手に持っているのはなんだ?」

「これか、さてなんだろうな? 海中に漂っておったから拾っただけぞ」


「うぅーっ、ノウェムーッ! わたしの水着をかえしてーーーーーーっ!!」


「……っ!?!!?」



 え、なに、じゃあ、この押しつけられている感触は……。



「やぁーーーーっ! カイトッ、みないでぇーーーーーーっ!!」



 そして僕は思わず視線を落としてしまった。

 そう、リシィの胸元を思わず不可抗力で見てしまったんだ。


 この穏やかになるはずのバカンスの日、僕は赤く染まる海中に沈んだ。

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