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第五十八話 嫌な予感 イベント的な意味で……

 ◆◆◆




 この地はかつてのオーストラリア。


 今は【ダモクレスの剣】によって東海岸を削られ、国土の西半分は崩落したオービタルリング【天上の揺籃(アルスガル)】が無数に突き立つ死の大陸となってしまっていた。


 “死の大陸”と言うのは比喩ではなく、アシュリーンの情報によると落下したのが“生化学プラント”で、生物的汚染が今もなお人の侵入を阻んでいるとか。

 逆もまた然りで、変異生物……これは“触れた者を変異させる魔物”の認識らしいけど、人類生存域への侵入を阻むための壁が境界に築かれているとのこと。


 生物災害バイオハザード……ゲームでは当たり前のようにある設定とはいえ、実際にそれが間近にあっては日々を過ごすのにも不安や苦労がありそうだ……。



「カイト、おねがい」

「あ、ああ……」



 そんな、僕の世界の在り方を危惧した思考とは裏腹に、現状はどうにもやるせない状況となってしまっていた。


 僕は脇にある湯溜めから桶で湯を汲み上げ、すぐ目の前のカーテンを手探り(・・・)で引き、これまた手探り(・・・)で内部にある容れ物を探す。


 ここは宿のシャワー室で、内部ではリシィがシャワーを浴びているんだ。



「カ、カイト、もうすこし右よ……」

「こ、この辺……?」

「そう、そこで左手をあげて」

「あ、これか。わかった」



 この大陸は今でも水資源が貴重だ。


 水棲種による浄水も人力では補える量に限りがあり、当然お風呂は浴槽に湯を溜める習慣がなく、こうして頭上に設置された容器に湯を入れて体を洗う。


 つまり、リシィでは届かないから僕が目隠しをして手伝っているというわけだ。


 この高さならサクラでも届いた気がするけど……。



「もう少し大きな容器があれば、注ぎ足さなくてもいいのにな……」

「文句を言ってもしかたがないわ。こぼさないように気をつけてね」

「壁を見るから、目隠しを取ったらダメかな……」

「ダッ、ダメよっ! カイトはなにをしでかすかわからないんだからっ!」

「だよな……絶対にすっ転ぶよな……」



 この目隠しは何があっても見られないようにとの保険なんだ。


 レンガ造りの壁に囲まれたシャワー室は狭い、大の大人が二人も入ればいっぱいになってしまうほどに。

 つまり今、手で触れてしまえるほどの近くに裸のリシィがいる。まあ幼女の姿だけど、カーテンを隔てた浴室側は空気が水気を帯び、あえて変態的に言うのなら“美少女成分”が漂っているように思えて酷く落ち着かない。


 この場で事故はダメだよな……。いくら中身が成人している年齢だとしても、いや元の姿だったとしても、無防備な女性に手を出すのは人として終わってしまう……。



「そこよ、かたむけて!」

「了解」



 僕はリシィによる誘導と手探りで容器を探り当て、桶を傾け湯を流し込む。

 容器は容量が少ないため、一回のシャワーで何度か注ぎ足す必要があるんだ。


 頭上からは湯が容器に溜まる音が聞こえ、無駄なく注げているよう。



「ふぁ、はっ……くしょいっ!! あっつっ!?!!?」

「きゃっ……!?」



 ――ツルンッゴッむにゅんっバシャアァッ!!



 だがしかし、僕はくしゃみからのお湯を被るコンボで見事に転倒した。


 後ろに引っ繰り返って倒れたから壁で後頭部を打ち、手をつこうとなんとか身を翻すも、柔らかい何か(・・)を巻き添えに結局は床に転がってしまったんだ。

 僕の顔面をささやかに優しく支えてくれる何か(・・)のおかげで、頭を床に打ちつけることだけはなかったけど……これは別の意味でダメだろうな……。


 すっとぼけるのはやめよう、僕はリシィの膨らみかけの胸に突っ伏している。


 皆様、それではご唱和ください。おーまーわーりーーさーーーーんっ!



「ふにゅっ……!?」



 おそるおそる顔を上げると、リシィは眉を八の字に涙目で僕を見下ろしていた。


 はは……瞳が虹色で綺麗だな……。谷間と呼ぶには緩やかな曲線だけど、それでも小さな膨らみがやがて美乳になるのだと思うといけない妄想もはかど……目隠しはどこに消えた……。

 直接触れてしまったきめ細やかな肌は艶々滑々と気持ちよく、しっとりと肌に吸いつく感触にこのまま埋もれてしまいたいと本能が自己主張を始める。


 だけど、僕はできるだけ刺激しないように体を起こし、自ら正座体勢に移行した。



「やーーーーーーーーっ!!」

「ふぉおおぉぉぉぉっ!?!!?」



 そして引っ叩かれるのを覚悟した瞬間、逆にリシィは抱き着いてきたんだ。



「リッ、リシィッ!? ななななにをして……!?」


「見ないでっ! カイトのバカッ、バカバカバカバカッ! ほんとうにやらかすとは思わなかったわっ! もーっ、もーっ、もーっ、もーーーーっ!!」


「あわわ……体を隠したいのなら僕が目を閉じて出て行くから! とりあえず離れてくれないと動けないよ!?」


「んにゅっ!? んうぅぅぅぅ……カイトのバカーーーーーーッ!!」



 ――パカーーーーーーンッ!!



「あいたっ!? 桶はダメ!? それは本当に痛いから!!」

「んーっ、んーっ、んぅーーっ! こんどばかりは許さないんだからぁっ!!」


「説教は受けます! だからリシィさん、まずは服を着よう!!」



 そうしてこの騒動だ、当然のように乱入者も来るだろう……。

 慌てて近づく足音が部屋の前で止まると、間髪入れずに扉も開いた。



「カイトさん、リシィさん、どうしましたか!?」

「主様っ、リシィッ、何ごとか!?」

「姫さまっ、おにぃちゃんっ! ご無事ですですっ!?」



 狭い浴室に一時の沈黙が流れる。


 裸の幼女に馬乗りにされながら桶で殴られる男。


 かつてこれほどにやばい光景があっただろうか、いやない。



「カイトさん……」

「主様……」

「おにぃちゃん……」



 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……



「は、はは……みんな凄いね……。背後に焔狼と、荒鷲と、ぬいぐるみの熊?の幻影が見えるよ……。ほら、いつものように不可抗力だから、無防備な幼女に襲いかかったとかは間違ってもないですよ……?」


「カ、イ、ト……なにか言い残すことはないかしら……?」


「おわーーーーっ!? 我が生涯にたくさんの悔いあり!!」



 全員から向けられるハイライトの消えた瞳は、本当にやばいんだ……。




 ―――




 結果として僕はミイラにされた。


 いや、視界を塞がれ身動きもできなくなるほどに縄でぐるぐる巻きにされたんだ。


 ピクリとも動けずに、ようやく解放されたのは夜も更けた三時間後と、夕飯もおあずけにされていたため空腹の極みで食事を与えられた。


 次こそイベント神をどうにかしないと、このままでは僕の身が持たないな……。



「んにゅ……バカァ……」



 本当に乙女心とはいまだによくわからない。


 解放されたあとで、リシィが『罰として今日はいっしょに寝なさいっ! カイトに拒否権はないんだからねっ!』と、究極の甘えを発揮して今は彼女とひとつベッドの上だ。

 健やかな寝息は安心しきったように穏やかで、その表情の理由はおそらく昼間に抱えていた胸の内を話したことも関わりがあるのだろう。


 神龍テレイーズがどのような状態にあるのかはわからないけど、彼女を救出してその存在をもって“テレイーズ真龍国”に平定をもたらす。


 いつもリシィが、いつだって皆と共に笑っていられる場所にしたい。



「くぅ……あうじしゃまぁ……あまいのぉ……」



 今回はノウェムもガン泣きしそうだったので一緒のベッドだ。

 夜は昼間よりも涼しくなったとはいえ、二人に挟まれてそれなりに暑い。


 テッチの謀略?でなぜか僕まで皆とひとつの部屋だから、左右のベッドではサクラもテュルケもアサギも皆が同様に穏やかな寝息を立てて寝ている。



「因果を操るエウロヴェは討滅したはずなんだけどなあ……」



 開け放たれた窓からは人の熱を押し流すように海風が流れ込んでくる。


 起き上がれば沖合に停泊する装甲巡洋艦カルヴァディオが見えるけど、それも今は両腕を拘束されているから身動ぎもできない。


 ルテリアからの輸送船団が到着するのはどんなに早くても一週間後。

 その間に艦の修理と乗組員の休暇を終え、艦隊はこれより北に進路を取る。


 もう少しだ。僕はもうすぐ、自身の故郷ともなる“日本”に帰り着く。



「変わってしまった世界に恐れはないけど、少しだけ躊躇いはあるか……」

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