第五十七話 リシィの願い
◇◇◇
ん、思わず泣いてしまったわ……。
カイトは、いつも本当にずるいんだから……。
触りを話しただけで察しがつくなんて、どれだけの洞察力なのよ……。
とても恥ずかしかったけれど、ずっと心に溜め込んで重荷となっていたものが、彼に抱き締められただけで軽くなってしまった……。
神龍グランディータがカイトを選んだ理由も今ならわかるわね……。
「おいしかったですぅ~。おみやげに持ち帰りたいくらいですぅ~」
「はは、アディーテが口にしたら、ここまで平然と泳いで通いそうだね」
「ふぇっ!? それは大変ですですっ。困りましたですぅ……」
「ノウェムも結局は同じものを頼んだし、お腹はいっぱいになった?」
「リシィとテュルケがあまりにもおいしそうに食べるものだから……。だがしかし、我の舌を満足させるだけのことはあったぞ。褒めて遣わす!」
「皆さん夢中でしたからね。旨味を閉じ込める技術をお教え願いたいくらいです」
「ただでさえおいしいサクラの料理がさらにとなると、食べすぎてしまいそうだ……」
「ふふ、健康管理も気をつけますから、大丈夫ですよ」
「僕たちは気がついたらサクラから離れられなくなるのか……」
「ふふふ」
「ぐぬぬ、これが噂に聞く胃から人心を掌握する術か……。恐ろしや……」
「……逃れられない」
団らんが続いているせいで続きを話し難いわね……。
食後に頼んだ氷菓もとてもおいしくて、私は思わず伝えるべきことを忘れてしまいそうになったの。
おかげで皆はすっかりくつろぐ姿勢で、どう切り出したものかと悩んでしまう。
けれど、皆は受け入れてくれたのだから、最後まで話さないといけないわ……。
「リシィ、それでさっきの話の続きだけど」
「んっ……」
私が机に落としていた視線を戻すと、皆はいつの間にか居住まいを正して真剣な表情で、カイトが話の続きを促してくれた。
きっと、こんなところが“軍師”とまで呼ばれる所以なんだわ。
どんな状況にあっても自ら流れを生み出してくれる。
そんな、私の大切な男性。
「えと……くつろいでいるところをごめんなさい」
「遠慮することはない。ここまで来たら一蓮托生、話すがよいぞ」
「ノウェムさんのおっしゃる通りです。リシィさん、遠慮なさらないでください」
「……問題ない」
いつもは私に対して険しい視線を向けるアサギも、今は頷いてくれた。
彼女には嫌われていると思っていたけれど……頼ってもいいのかしら……。
なんにしても皆の前で話すしかないものね、覚悟を決めるわ。
「今、テレイーズでは国が……正確には執政を司る貴族が二分しているわ」
「“国”と“民”でないのはましと言うべきか……。それでも辛い立場にはあるな」
「ええ……その最たる原因は、今は私のうちにあるこの“龍血”にあるの」
そう、どうしてもすぐに話せなかった理由はこのことにある。
これを話すことは、私の選んだ人が明確になってしまうから……は、話せるわけがなかったの……。先に、胸に秘めた想いを伝える必要があったのよ……。
カイトは、皆は私の次の言葉を待ってくれている。
「私たち代々の“龍血の姫神子”は、子をなすことで龍血の内にあるとされた“神器”を次代に継承するわ。けれど、私の曾祖母の代からその力が失われ始めているの」
「え? だけど、今はリシィが神器を……」
「ええ、今はまだ継承できているわ……。ただ、これまで第一子に必ず受け継がれてきたものが、曾祖母の代で第二子、祖母の代で第三子、母の代では第五子と徐々に数を重ねるようになり、次の代で持ち直したけれどそれでも私は第二子だったのよ」
「原因に心当たりがあるとすれば、神器を【神魔の禍つ器】として破壊しようとしたエウロヴェによる干渉のせいだ。それはもう気にすることではないんじゃないか?」
カイトは一瞬だけノウェムを見て、ノウェムも私を見て頷いた。
「ええ、今だからそうと判断することはできるけれど、当時は誰もが慌てた……。濃くなりすぎた血が神器の顕現を妨げていると、まことしやかに噂されたの」
「そうだな……。因縁が生まれたあとでは、双方に有益となる落としどころを見つけなければ収まるものも収まらない……。つまり……」
カイトの表情が、いつもの推測が及んだ顔になっている。
これだけを話しただけでも、彼はまたも察してくれたんだわ。
「おそらくはカイトの察した通りね……。このことで貴族たちは、それでも“純血を守り続ける”一派と、外から“新たな血を呼び込む”一派に分かたれてしまったの」
「なるほどな……“保守”か“革新”か、いつだってどこにでもある対立構造だ。それが“龍血”に端を発し、今もなおテレイーズの国を争いの渦中に陥れている」
「解決の難しいお話ですね……。今回の場合は、エウロヴェの干渉であったのなら時間が解決することとは思いますが、それを証明するためには……」
サクラもこの話の要点を理解してくれたようで、視線をカイトに向けた。
そして、カイトもしばらく考え込んだあとでサクラの言わんとしたことに結論が及んだのか、急に慌て始めて何か言いたげな視線を私に向ける。
考えないようにしていたけど、要するに証明のためには……その、つまりあの……か、彼と……そういう関係……に……と……。
「え、あっ!? リシィが前に話してくれた『新たな風を吹かせたい』というのは……まさか、こど……いや、“龍血の継承者”をということ……!?」
「んにゅっ!? はっ、はっきりと言わないでっ! ちっ、ちがうわっ、そんなことがあるわけないじゃないっ! い、いえっ、決していやではな……ああーーーーっ!!」
んうぅぅ……だっ、だから話したくなかったのっ!
私が彼との、こっ、こどもを望んでいるように思われてしまうからっ!
い、いえ、決して嫌だとかそういうわけではないけれど……ちっ、違うわっ、今はそんなことを考えている場合ではなくてっ!
だ、大事なことは、まず国を平定させることよ……!
「なんだ、そういうことならば遠回しにせず、ここではっきりと告げてしまえばよいではないか。『私と子作りをして欲しい』とな」
「おわーーっ!? ノウェムーーーーッ!!」
「きゃーーっ!? ノウェムーーーーッ!!」
「ノ、ノウェムさん! それでは解決になりませんよ! 革新派に龍血の姫が自ら肩入れすることになりますから、争いが表面化することになりかねません!」
「わかっておる。からかっただけだ、許せ。くふふふふ」
うぅーーーーっ! いつもノウェムはすぐにからかうんだからっ……!
「でもでも、姫さまとおにぃちゃんのお子さまなら、きっとすっごくかわいいですぅ~。おねぇちゃんって呼ばれながらお世話するのは幸せな時間ですですぅ~♪」
「……っ!?」
「……っ!!」
なんてことなのっ……!
ノウェムと違ってテュルケの願いが込められた言葉には、さすがに私もカイトも言葉を失ってしまった。
彼女は本当に幸せそうに純粋な気持ちで笑っているから、その夢を私から壊してしまうような反論はどうしたところでできそうにない。
うぅ、テュルケ……味方だと思っていたのに恐ろしい娘……っ!
「と、とりあえず話が逸れたから戻すけど……そうだな、要するに“新たな風”というのは、停滞する状況を動かすための方策のことか。ごめん、勘違いした」
「え、ええ、わたしの目的はなによりもまず国の平定だから、かんちがいはしないで。……か、かんちがいでもなぃけれごにょごにょごにょ……」
「うん……?」
「にゃっ、にゃんでもないわっ!」
「ただ、討滅すればなんとかなる墓守と違ってこればかりは困難だ、人の心ほど容易く覆せないものはないのだから。だけど、もしも状況を好転させる要因があるとするのなら、それは間違いなく……」
「ええ、神龍テレイーズ……。かのじょの存在をもって証明とすれば、どのような強権を持つ貴族だろうと国の平定に口をはさむことはできないわ」
皆は顔を見合わせ、最後に揃って再び私のことを見る。
「リシィ、その案で行こう。細かい方策は航海中に考えるとして、僕たちはまず神龍テレイーズが落ちた地を目指す。彼女を僕たちの手で救い出すんだ」
そうして、カイトの言葉とともに皆も頷いてくれた。
それでも、貴族を……何よりもお兄様を納得させるのは困難だわ……。
けれど、カイトの目指した平穏に辿り着くためには成さなければならない……。
だから私は心より願う……。
「皆、お願い。わたしと、わたしの故国のために力を貸して……!」