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第五十五話 被害報告“鼻血”

 僕たちは海賊を掃討しながら、“海神の井戸”と呼ばれるこの海域の深部まで進出し、遠いに真っ黒な穴が空いている光景を目にする。

 付近では穴を中心に雲が吸い込まれる流れを作り、航宙艦の残骸が宙に浮いたまま停滞していて、この現象がどういったものかは憶測することすらできない。


 やはり、この海域にはなんらかの空間か重力の異常があるのだろう、神代で行われた世界を変容させてしまうほどの戦いの痕跡というわけだ……。



「カイトさん、掃討を完了しました」

「えへ~、らっくしょうですです~っ!」

「にゃにゃっ、にゃにゃんにゃーっ!」


「サクラ、テュルケとポムもお疲れさま。こっちも終わったみたいだよ」



 僕たちは海賊船を追い、海域の深部で根拠地を発見した。


 それは航宙艦……いや、元からある海上要塞なのかもしれない。

 神代遺構を継ぎ足して造られたものらしく、状態は赤茶けたサビや潮の浸蝕を受けてあまりよくなかったけど、この場所を前哨基地として船舶を襲っていたんだ。


 海上に露出した砦のような構造物を中心に、外部を幾重にもなった剥き出しの足場が組まれた程度だから艦砲射撃を凌げるはずもなく、カルヴァディオとハシュターの砲撃で瞬く間に破壊されてしまった。

 海賊根拠地は至るところから黒煙を上げ、今ももっとも高かった見張り台が倒れ、海賊たちを足場ごと巻き添えに海へと落下していく。



「皮肉なものだな……」

「海賊はじごうじとくよ、罪の報いをうけるのはとうぜんだわ」


「あ、いや、相手が墓守だと、どれだけの手練だろうと苦戦を強いられるんだ。だけど、その墓守があってこそ持たざるをえなかった武力は、外に出てしまえば海賊の大艦隊が相手だろうと一方的になれる。そんな状況が皮肉だなと」


「そうですね……。ですが、その墓守が世界中に散ってしまったことで、これまでは抑えられていた知識や技術の拡散も少しずつ解禁されていきます。私たち人が、自ら使い方を間違えないようにしなければいけません」



 一年や二年ですぐに大きな変化があるわけではない。だけど、これまでなかったもの、特に未知の情報に対しては誰もが獲得しようと躍起になるものだ。


 すでに風化したものが多いと聞く【神代遺構】や【神代遺物】とは違い、墓守はいまだに稼働する活きのいい(・・・・・)知識と技術の塊だから、せめて悪用されないように新たな枠組みをこれから設けなくてはならないんだ。



「思っていた以上にやることがおおそうね……」

「リシィ?」


「はやく元の姿にもどって、国どうしの協力関係をきずきあげなければいけないわ。シュティーラもナタエラも、騎士王陛下の協力もとりつけたもの。とてもたいへんなことだけれど、わたしたちにはその責任があるの」


「そうだな……。これからも人同士が争い、今以上に世界が荒廃してしまえば、それこそエウロヴェが復活するなんてこともあるかもしれない」

「主様よ、それもまた“ふらぐ”というのであろう。冗談でもよしておくれ」

「お、おお……。そうならないためにも頑張ろうか」

「あい、主様と我らが共にな」



 それはそうと、慣れないことをしたせいで一人だけ疲労が濃いようだ。



「テュルケは、頭が揺れているけど大丈夫か……?」

「ふぇ、やわらかクッションをいっぱい出しすぎましたぁ……」



 テュルケはそう答えながら前のめりに倒れ、僕は咄嗟に体を滑らせて彼女を抱き止めようとしたけど……そうだった、まだリシィを抱きかかえたままだった……。


 そうして、僕は見事にバランスを崩してすっ転んだ。


 ……


 …………


 ………………



「……どうしてこうなった」



 べ、別に狙ってやったわけじゃない、咄嗟だったんだ。


 テュルケを支えようとして転んだ僕、転んだ僕を支えようとしてかサクラまで手を伸ばし、結局は皆で甲板上に転がってしまった。



「ううぅ……きゅうにうごかないで……」

「ごめんなさいですぅ……ぐるぐるしてしまいましたぁ……」

「ご、ごめんなさい、私も踏ん張れませんでした……」


「……」



 僕は硬直して動くことができない。


 なぜなら今の僕の状態は、リシィが頭にしがみつき、テュルケは体の上に覆いかぶさり、サクラに至っては下半身の上に倒れ込んでいるから……なにこれエロゲー?


 視線を下げると、まず真っ先に僕の胸板の上で押し潰されるテュルケのやわらかクッション(本物)が飛び込んでくるから、もう理性値が吹き飛んでしまいそうです。

 今のリシィのささやかさはともかくとして、サクラとテュルケのやわわでたわわな感触が非常にまずい。逃れようにも逃れられず、触れられているところだけ敏感になってしまったようで、彼女たちが身動ぐたびに血流が……。



「ふぇっ!? おにぃちゃんっ、鼻血が出てますですっ!」

「あっ、わたしが打ったのかしら……ごめんなさい!」

「大変! カイトさん、すぐに止血しますね!」


「あわわ……」



 そうして僕だけが寝転がったまま、彼女たちが心から心配そうに覗き込む状態にまで追い込まれてしまった。


 想像してみてください。たわわな美人さんたちが、水着姿で頭の上から覗き込む光景を……。絶景かな、絶景かな……だがしかし、この状況は男にとって別の意味で危険な状態で、特に仰向けはどん引きされても仕方ない充血を……。



「ごふぅっ!?」


「ノウェム!?」

「ノウェムさんっ!?」

「ふえぇっ!?」



 全員じゃなかった……ノウェムだけ巻き込んでいなかった……。


 そのせいで、おそらくは「ぐぬぬ、我だけ出遅れた」とか思ったんだろう、彼女は僕の空いた腹の上に勢いよく飛び込んできたんだ。



「ごほっ、ごほっ……ノウェ……」

「ぐぬぬ、我だけ除け者はいやなのっ!」

「別に除け者にはしていないし、そもそも戯れているわけじゃ……」


「そうよ! すぐにカイトのうえからおりなさい!」

「いやなのっ! 除け者は嫌なのぉーーーーっ!」


「ぎゃーっ!? 僕の上で暴れるのはやめろぉっ!!」


「ああ、出血量が……。カイトさん、触れる面積を増やします!」

「おにぃちゃんっ、死んじゃいやですぅーーーーっ!!」


「死なない! 鼻血じゃ死なないから! おわーっ、やっ、やわらかっ!?」



 なんということでしょう。僕の上ではリシィとノウェムがキャットファイトを始め、テュルケはなぜか本気で泣いている。サクラに至っては最高の神力治療を施そうとしてか、僕の頭を抱え込んだから堪ったもんではない。


 唐突なやわわでたわわでごりごりな感触は、まさにこの世の天国と地獄だ。

 ちょっと転んだだけでどうしてこうなってしまったのか、ポムもテッチも助けてくれないし、サクラのヘッドロックは相変わらず強固で自力での脱出も不可能。


 艦の外では海賊たちが漂流しているはずだから、こんなことをしている場合ではないのだけど、だからこそお互いの無事を確認してのことなのか。



 天国と地獄は、遅れてやってきたアサギがつっこむまで続いた……。




 ―――




 ――装甲巡洋艦カルヴァディオ、会議室。


 海賊としては再起不能なほど海賊船を破壊し尽くしたあと、ルテリア艦隊は海域を離れて被害の程度を調べていた。

 今のところ、白兵戦による重軽傷者が両艦合わせて八名と命に関わるものはなく、艦自体も砲戦による損害は傷跡以上のものはないそうだ。


 ただ、さすがに残弾が底を尽きかけているとのこと。



「事前に伝えなかったことを謝罪する。誠に申しわけない」



 少し空気の重い会議室では、ファッザーニ提督と士官たちが深く頭を下げた。



「頭を上げてください、シュティーラからの命令なら皆さんに落ち度はありません。彼女の言動ならある程度は予測もできましたから」


「そうね。いちおう聞いておくけれど、どんな命令がおりていたの?」



 リシィの問いに、ヤクマイン副長が神妙な表情で顔を上げた。



「『万が一にも海賊と遭遇するならば、艦隊の総力をもって一網打尽にせよ』との命が下りていました。まさかあのような大艦隊になっていようとは、客人を、特に両姫君を危険に晒すことは我々の本意ではありません」


「そう……命令というよりは、かかる火の粉はじぶんたちで払えということよね。シュティーラは立場なんて気にしないから、とてもらしいわ」


「お心遣いに感謝いたします。あとのことは国同士でのやり取りとなりますから、我々は補給を受け、当初の予定通り皆様をテレイーズまでお送りすることになります」

「補給を受けられるのですか?」

「はい、こうなることは予期され輸送船で資材や弾薬を運んでいます。長い航海になりますから、せめてもの支援とサークロウス卿の指示です」


「なるほど……艦隊を遠出させるついでに海賊殲滅とは、本当にあの人らしい目算だ……。それで、補給のための停泊地はどこになりますか?」


「南方大陸の航路中間地点、港湾都市オルディラに寄港となります」



 そこは、神代の戦争で国土の半分近くを削り取られた元オーストラリアだ。


 シュティーラにはいろいろと文句を言いたいけど、それは再びルテリアに帰るまでお礼と共に胸にしまっておこう……。


 なんにしても間もなく航路の半分が過ぎ、僕たちは引き続き東進を続ける。


 テレイーズ真龍国……元日本まで、ようやく半分のところまで来た。

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