第五十三話 ドキドキ☆動物ランド(海賊編)
「ぎゃっ!」
「げひっ!」
「ほげぇっ!」
「ぎょぎょっ!」
「あばたーっ!」
背後から悲鳴がひとつ上がるたびに、遠く離れた海上でも水柱がひとつ上がる。
サクラの鉄鎚とテュルケの金光の柔壁で弾き飛ばされ、カットラスを振るう間も能力を使う間もなく甲板上から姿を消しているんだ。
一見するとわからないけど、この時代の種の中でも優位存在となるのがアグニール高等焔獣種と獣竜種だから、彼女たちを相手に数を揃えたところで無駄だろう。
「ジェ……!? 女二人に何やってるんだジェ! 役立たずどもだジェ!」
「よそ見している暇があるのか……?」
「ジェ……?」
蛇面の“ジェ”男の傍に、またしてもポムが普通に歩いて近づいた。
こいつらあれだな……上役を蹴落とすためにわざと見逃しているんだろう。
自分が成り代わるために、敵でさえも利用するどうしようもない連中だ。
「ぽむぽ……ジェーーーーーーッ!!」
――ゴンッ! ボチャーン……!
ジェ男はポムに殴り飛ばされ、遠いブリックの帆柱に接触して海に落ちた。
それを見送る他の海賊たちはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていることから、確実に仲間を仲間とも思っていない心根から下衆な奴らなんだ。
そしてまた、今度はもっとも巨体を持つ象面の海賊が前に出てきた。
「ゾッゾッゾッ、邪魔者を排除していただき感謝いたしますゾウ。彼らはなんとも品位がなく、義侠を重んじる私たちの面汚しでしたゾウ」
「……“ドキドキ動物ランド”って感じだな。珍獣大集合だ」
「どき……? この私に向かって『珍獣』とは……そちらこそ、牙もなく鼻のひとつも長くない珍妙な小僧ですゾウ……。まあいい、すぐ魚の餌になるんだゾウッ!!」
名乗りを上げた点では、最初のシャークがもっともらしかった。
ゾウさんは丁寧な言葉遣いを装っているようだけど、実際は品位も義侠もなく、僕の適当な一言で灰色の皮膚に血管が浮き出るほど激昂したようだ。
大の男ほどもある大鉈を振り上げ、今にも突進しようと構えを取る。
――ドギュッ……
「ゾッ……!?」
だけど、ゾウさんは脚から血を噴き出して甲板に膝をついた。
アサギのライフルによる狙撃、こんな図体だから狙い放題だろう。
「ゾウさんさ」
「ゾウッ……!?」
「その図体だと、泳げないよな」
「きさっ……ゾウーーーーーーーーッ!?」
――ドボーンッ!
自重があるため、先の二人ほど遠くまでは飛ばなかったけど、やはり他の海賊に見逃されるポムに殴り飛ばされて海に落ちた。
海賊たちはどいつも互いの足を引っ張るばかりで、数が多いだけの最低限の連携すらするつもりのない烏合の衆のようだ。
敵は獲物、そして成り上がるためには味方までもが敵、その卑しい笑みが自らに向けられたものだということにも気がつかない。
所詮は寄せ集めでしかないのであれば、こいつらは敵ではない。
「ギョーッ!! やっちまえだギャーーーーッ!!」
「「「イェアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」
だけど、さすがにここまで反撃されて自らの危機を認識したのか、海賊たちはサンマのような男の掛け声で一斉に飛びかかってきた。
「きんこうよたてとなりはばめ!」
リシィがそれに対し、五枚の光盾を甲板上に並べて進路を制限する。
「きんこうよやとなりうがて!」
「にゃぱんちっ!!」
もちろん海賊たちは光盾を飛び越えようとするも、端から光矢に撃ち落とされ、またポムの握り締められた剛腕で甲板に叩きつけられ今喋らなかった……!?
「にゃーっ!!」
「気のせいか……」
「どこを見てやがる、小僧! 大海賊団“深海の踊りクラゲ”の用心棒、このタコが相手だ! タコの十本刀がおまえの足りない手脚をさらに足らずにしてやろう!」
「喋りは普通なのに、一人称が“タコ”は間抜けじゃないか?」
「きっ……さまっ……!! ぶち殺してやる!!」
「茹でられなくても赤くなるんだな」
リシィがわざと一人分を空けている光盾の合間から、タコそのままの頭部を持つ水棲種がのそりと前に歩み出た。
髭のように伸びた触腕は八本、両腕を含めたすべての腕にカットラスを握り締め、自ら腕を斬りつけてもおかしくない出で立ちになってしまっている。
この海賊たちは、こんな敵船に乗り込む要員までそれなりに羽振りがいいらしく、ほぼ全員がジュストコールを羽織り……要するに海賊船長の様で、それが余計に互いの足を引っ張る要因となっているのだろう。
船の上、海では規律と上下関係を独裁だろうとも徹底しないと、ほんの些細な切っ掛けさえあれば反乱が起きてしまう。ならず者ならなおさらだ。
「タコさんさ」
「タコッ……!?」
「十本も手があるのなら、剣ばかりでなく銃も持てばいいのでは?」
「そいつはいい……。だが、まずはおまえの減らず口を叩き潰すのが先だ!」
「それはどうもっ!」
タコさんが自分の触腕を見た瞬間、僕は一歩を踏み込んでいた。
なんでもない適当な意見に釣られ、こちらから視線を外した時にはもう遅い。
僕は騎士剣を振るい、もっとも長いカットラスを持つタコさんの右腕を斬りつける。
「ぎゃひっ!? きっ、きさまああああああああああっ!!」
僕の斬り上げは、防御しようとするカットラスごとタコさんの右腕を断ち切り、それは自分でやったにもかかわらずなんとも手応えのない斬撃だった。
これには自分自身も少し驚き、それをなした原因が、振り切ったあとでオォン……と鳴動する黄金の右腕のおかげなのだと気がつく。
神器の加護が戻っている。以前ほど絶対的なものではないけど、人が相手なら充分なほどに身体能力も戻っているんだ。
そして何度となくした覚悟は、リシィやサクラにノウェム、皆の支えもあり、人を斬ることにも心を蝕むほどの躊躇いはなく済んでいる。
「死ねクソがっ!!」
「僕は……!」
――ガキンッ!
「正義を……!」
――ヒュカッ!
「騙るつもりはないけど……!」
――ギィンッ!
「人に仇なす存在があれば……!」
――ドシュッ!
「自らの正義で一方的に断罪する!!」
――ズンッ!
「タコォッ……」
縦横無尽に振るわれた相手の剣閃を避け、時に弾き、隙を見ては触腕の一本一本を斬り落とし、彼の告げた通りに足らずとなったあとで胴を斬りつけた。
タコ頭の海賊は両膝をつき、そのまま後ろに倒れて死んだ。
「ピコルビッチがやられた……!?」
「最強のピコルビッチさんが……!?」
「そんな……ことが……!?」
「クソッ! やっちまえ、仇討ちだ!!」
「ほげあっ!? ぽむぽむうさぎが邪魔だ……!」
「ぐっ、飛び越えられねえ……!」
ピコルビッチ……そんなへんてこな名前だったのか……。
多少は人望があったようだけど……もう終わらせた命だ……。
「きんこうよしゅううとなりうがて!」
僕が自ら殺した人の名を胸に刻んだ時、海賊たちの頭上に金光の雨が降った。
数えきれないほどの光矢が降りしきり、貫通するほどの威力はないようだけど、当たりどころが悪ければ昏倒し、堪らずと甲板から海に飛び込む者も現れる。
そうして金光の雨がやむ頃には、辛うじて立っている海賊は両手で数えられる程度、それもサクラやポムの追撃によって次々と意識を奪われていく。
「リシィ……」
「言ったはずよ、カイトにばかり背負わせないんだから」
「リシィさんのおっしゃる通りです」
「サクラ……!?」
「甲板上の掃討は終わりました。続く海賊たちも、今の様子を見て乗艦を諦めたようですね、遠ざかっていきます。カイトさんは私たちが支えます」
「ですです! 悪い人たちには絶対のぜーったいに負けませんですですっ!」
「にゃにゃにゃっ! にゃーっ!」
「みんな、ありがとう……」
やはり、こんな時に彼女たちの存在はありがたい。
サクラの言う通り、これまで艦を取り囲んでいた海賊たちは遠ざかっていく。
だけどそれは白兵戦を諦めただけで、これまで遠巻きにしていた中型以上の艦船がこちらに舵を切り始めた。
カルヴァディオの砲撃に晒されてもなお諦めないのは、この装甲巡洋艦自体の鹵獲を狙っているんだろうな……。奴らにとっては類を見ない戦闘艦でさえ、お宝だ。
そして、海賊が発見したと事前にテッチから聞いていた“神代の船”……出してくるのなら白兵による制圧を諦めた次の段階で……。
「みんな、砲戦が激しくなれば僕たちにできることは少なくなる。リシィとテュルケは引き続き防御、サクラとポムは近接警戒、おそらく海賊は次の手を打ってくる……!」
その時、僕のすぐ傍に転移陣が開き、ノウェムが顔を覗かせた。
「主様! 艦の真下に何かおる!!」
「真下……!?」