第五十ニ話 海賊襲来 対艦対白兵戦闘用意
『全艦戦闘態勢! 繰り返す、全艦戦闘態勢!』
航路が制限されているとはいえ、大海原で海賊に遭遇する確率は高くない。
それでも、唯一“航宙艦の残骸が林立する”この海域だけは別だ。
隠れ潜む場所があることから、機会さえあってしまえば襲撃を受ける。
『右砲戦、対艦対白兵戦闘用意!』
艦内に戦闘態勢が発令され、装甲巡洋艦カルヴァディオと前方を航行中の駆逐艦ハシュターの砲塔が右舷側に旋回を始める。
砲の向く先には、航宙艦の残骸から次々と姿を表す無数の帆船。黒い海賊旗はこの時代でも同じようで、ただ描かれているのは人ではなく龍の頭骨だ。
思えば、赤道を越えた辺りから連日のように水浴びを勧められたけど、ノウェムの言った通り、水着姿で海賊を誘き寄せる囮にされたのではないだろうか……。
ファッザーニ提督はそれを自らよしとする人格ではないから、命令を下すとしたらシュティーラかナタエラ皇女殿下だ。
邪推だけど、あの人たちならやりかねない。
「カイト!」
「ああ、まずは艦砲に任せる。小型船が多いようだから、僕たちは艦に乗り込んでくる相手に対する。リシィ、テュルケ、防御を。サクラ、ポム、迎撃に専念。アサギは射撃指揮所まで上がって狙撃を頼む」
僕の指示で、皆はそれぞれの立てかけてあった武器を手に取った。
水着姿のままなのは海賊を前に隠したいところだけど、すでに銃砲は射撃を始め、噴煙を吐き出す主砲がその暇もないことを告げている。
「予測された以上に艦数が多いようっスね!」
「残骸の陰にまだいるな。ノウェム、空に上がって全域警戒」
「あいっ!」
状況は、無数の航宙艦の残骸が柱や山となって海上の視界を遮り、その陰から百隻は下らない大小様々な帆船が、右舷方向からこちらに向かっている。
艦の左舷側に残骸はないものの、数時間も航行すれば大渦の影響下に入ってしまうため、海域から退避するような進路は取れない。
だからこそ、この海域が海賊の根城になっているんだ。
貿易を糧にする周辺各国では目の上のタンコブだっただろうな……。やはり、ルテリア艦隊が東進するついでに、裏で海賊征伐を依頼されていてもおかしくない……。
「これ、本当に海賊か!? どう見ても戦力が多すぎる!」
「海賊っスよ! 背後には諸島連合ラバガーンがいるっスけど!」
「は!? 国が相手なのは聞いていないぞ!」
「ならず者国家っス! 国全体が盗賊山賊海賊みたいなもんっス!」
諸島連合……確か地理を勉強した時にあったな……。
“諸島”とは名ばかりの、いつ沈むとも知れない海に浮かぶ残骸を国土とし、大陸国家とは歴然とした国力の差があることから歯牙にもかけられないと。
それでも、こうして実際に目の当たりにすると数の上では軍隊に等しい。
見える範囲で戦列艦が四隻、それよりも小さいフリゲートが二十隻は存在し、艦隊の大多数を占めるのは中型船のブリック。
そして、魚群のように数百隻で迫るのが、クラブクロウセイルと呼ばれる特徴的な帆と補助胴を持つ……確か“プロア”とかいう種類のヨットだ。
小型で機動性に優れたプロアにはカルヴァディオの艦砲でも追従しきれず、あまりの数の多さに銃座も数が足りない。
そうして右舷側から徐々に取り囲まれる様は、まるで追い込み漁だ。
「ここは本当に貿易路か!? おかしいだろ!?」
「マジやばいっスね! 海賊同士いがみ合い上等な連中が手を組んだせいで、奴ら気が大きくなってるんじゃないっスか! ここまでの大艦隊は聞いたことないっス!」
「マ、マジやばいっス!」
「真似しないでくださいっス!」
「カイトさん、乗り込んできます!」
サクラの声に海上へ視線を向けると、すぐ傍を並走するプロアが目に入った。
しかもそれだけでなく、海中にも潜航する水棲種がいることを確認する。
つまり、周辺には目に見える以上の海賊が……。
――ザパァァアアァァァァァァッ!!
「シャークッ! 鮫牙四天王が一番槍、“折れた角”ブルーキル様参上!!」
「そこは牙じゃないのか! 折れてるし!」
「なんだきシャーまは! このブルーキル様に楯突くとはいい度胸シャーク!」
ついつっこんでしまったけど、勢いよく乗り込んできた数人の海賊の中で、ひときわ体の大きい鮫型の水棲種が一人、名乗りを上げたんだ。
その姿は、海賊船長のような格好をしたどう見ても手脚の生えた鮫でしかない。
「シャッ!? シャークッ!! こいつはいい、たゆんたゆんのべっぴんが二人と将来が楽しみな小娘が一人……。さっさとさらってお楽しみとシャーーーーーークッ!?」
「あ……」
「「「あ……」」」
――ボチャーン……!
ご丁寧に名乗ってくれたけど、なんだっけ……確か“シャーク”が、リシィやサクラに値踏みするような下衆な視線を向けると、特に気にすることもなく傍にいたポムに殴られて吹っ飛び、離れた海に水飛沫を上げて落水した。
シャーク以外の海賊たちの視線はしっかりとポムを追っていたけど、何もせずに見ていただけなので、結果として隊長格?が艦上から排除されたことになる。
「ヘッ……バカがいなくなったジェ……。野郎ども、俺たちの時代ジャンッ! 女も子どももお宝もすべて奪い去り、男は皆殺しだジェーーーーーーッ!!」
「「「イェアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」
今度はシャークの後ろに控えていた男がカットラスを掲げ、いかにもな海賊らしい煽りを声高らかに上げた。
その蛇面は僕が命を奪ったジャゴを思い出し、あまりいい感情は湧かない。
だけど、だからこそ騎士として何より人として、暴挙を許すつもりはない。
「サクラ、テュルケ、背後を頼む。ポム、僕と一緒に前方を制圧する」
「はい、お任せください。彼らの卑しい視線は耐え難いです!」
「ですです! この人たち、私のお胸ばっか見てて気持ち悪いですですっ!」
「にゃ、にゃにゃにゃにゃんにゃーっ! シャーーーーーーッ!!」
「げぇっ!? ぽむぽむうさぎだジェ!? なぜこんなところに!?」
今さら気がついたのか……ひょっとして間抜けなのか……?
「リシィ、与えられた神器の恩恵を試させてもらう」
「ええ、わたしの騎士。おもう存分に力をふるいなさい!」
僕が騎士剣を抜くと、黄金色になった義手からリシィと同じ金光が漏れ出す。
彼女がくれた新たな力の使い方はわからない。
以前の神器そのものだった時と比べ、語りかける者も見える記録もないから、今の右腕がどういったものなのかは実践で確かめるしかないんだ。
それでも、リシィそのものに思える暖かな感情が流れ込んでくるのは感じる。
「海賊ども、自らの命を欲するのであれば引け! 僕は龍血の姫に仕える“銀灰の騎士”カイト クサカ。姫に危害を加えようとする者はひとり残らず処断する!」
「そうっス! この人こそ宇宙に浮かんだ大要塞を破壊し、神がごとき邪龍の討滅まで成し遂げた“軍神”カイトさんっスよ! 控えおろうっス!」
テッチ、余計なことを……とは思ったけど、ハッタリが通じるならそれでいい。
「おい、『ぎんかいのきし』ってなんだ……?」
「『そらにうかんだだいようさい』も知らねえぞ……?」
「プヒューッ! 『軍神』だって、ちょっとダサくない? キモ」
「俺たちを処断するってよ。この数を前に威勢がいいなあ、おい」
「それよりも『龍血の姫』って言わなかったか? どいつ? あの美幼女?」
「「「……………………」」」
後部甲板の僕たちを取り囲む海賊たちは、すでに数十人にまで及んでいた。
戦闘はそれだけでなく甲板上の至るところで起きているようで、武器を打ち合わせる金属音や能力による爆発音、続く砲音もやむことなく轟き続けているんだ。
そんなけたたましさの中で、海賊たちは揃ってリシィを見た。
「「「イェアアアアアアッ!! 最高級のお宝だああああああああああああっ!!」」」
ひそひそと僕に対した散々な言われようは、“龍血の姫”がいると認識した段階で狂気とも呼べるほどの歓声に変わった。
人までお宝としか考えていない価値観に、体の奥底から怒りが湧いてくる。
「カイト、きたない言い方だけれど、かれらの価値観に反吐がでそうだわ。わたしの名のもとに、ぜんいんを海の藻屑にしてしまいなさい」
「同感だ。だけど、だからこそ、こいつらは自分の意志で退けるよ」
僕が騎士剣を向けると同時に、僕たちを逃すまいと取り囲む壁になった海賊たちも一斉に武器を構える。
密集陣形とまではいかないものの、無数のカットラスがこちらに向けられる様子は針山のようで、墓守を相手する以上の圧迫感だ。
だけど怯みはしない、背後のリシィには髪の毛の一本も触れさせるつもりはない。
そして互いが互いを牽制し合い、どちらからともなく一歩を踏み出した。