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第五十一話 楽園と地獄の水着回

「けしからん……」

「けしからんっスね。マジで」


「艦の風紀を乱す原因にはなったりしないのかな……」

「後部甲板は立入禁止にされてるっス。カイトさんたちは、自分らと違って船旅に慣れてないじゃないっスか。提督の粋な計らいってやつっスね」


「立入禁止なら、テッチはなんでここにいるんだ? 非番?」

「ウェアッ!? 班長に資材表を届ける途中だったっス! やっべ、まーたどやされるっス……。カイトさん、そんなわけで失礼するっス!」


「あ、ああ……」



 僕の誰に向けてでもない呟きに、いつの間にか隣に立っていたテッチが相槌を打ち、今は慌てて艦内に戻っていった。


 ここは装甲巡洋艦カルヴァディオの後部甲板、僕は第三主砲塔を背にする形でいたたまれなく体育座りしている。

 原因は艦が赤道付近を航行中のため、高くなった気温にリシィとノウェムが体調不良を起こし、慣れない航海の息抜きもついでにプール(・・・)に入っているからだ。


 上陸の時も使った短艇《布ボート》に水を張っただけだから、プールと呼べるほど上等なものではないけど、火照った体には気持ちいいだろう。

 驚いたことに、真水は特に制限なく使える。今の時代、海水の淡水化能力者は長旅に必ず同行するとのことで、アディーテも同じことができるそうだ。



「カイトさん、水浴びをしなくても本当によろしいのですか?」

「ああ、日本人にとって高温多湿は慣れ……おわーーーーっ!?」



 サクラの声に、僕はテッチを見送って後ろを向いていた視線を戻すと、突如として視界いっぱいに弩級お胸様が飛び込んできた。

 彼女は「どうしましたか?」と首を傾げているけど、その姿はナタエラ皇女殿下に頂いた白いワンピースなんだ。しかも濡れた肌は太陽の下でしっとりと艶めかしく、目の前で膝をついて前屈みなもんだから、僕の理性が風前の灯だ。


 機会と思って自分から想いを告げたものの、あの日以来どうも意識してしまい、サクラの姿を見るたびに胸が跳ねてしまうんだよな……。


 今は水着姿だから余計に……。



「あ、いや、近かったから、少し驚いたよ……」


「あっ……ご、ごめんなさい……。あの、先日のことがあって……カイトさんに遠慮がなくなっているのかもしれません……。気をつけますね……」



 サクラはそのままペタンと甲板に座り込み、胸に両手を抱え込むようにしてしょんぼりと視線を逸らしてしまった。犬耳と尻尾も淋しげにみるみる萎れる。



「いや、むしろ遠慮はしないで欲しいんだ。驚いだと言うのは、サクラの水着姿が魅力的で……その……な……」


「え……あ、ありがとうございます……」



 途端にサクラは照れて身を縮こませるけど、肌は太陽の熱もあって赤く染まり、視線は僕を上目遣いに見て尻尾はわさわさと荒ぶっている。


 これはいけません、理性が崩壊しそうです。彼女の柔らかそうな肢体は、場所が場所でなかったら手を出してしまいそうなほどに僕を誘惑してきます。


 深呼吸をして速る動悸を落ち着かせ、抱く御魂ソウルはあくまで紳士の心……。


 そ、そう、今はまだ……。



「主様ーーーーっ!!」

「ぎゃーーーーーーっ!?」



 サクラの様子にドギマギしていると、案の定ノウェムが突っ込んできた。


 皆の水着も皇女殿下に頂いたものだから、彼女は例によってコスプレにも見える和風デザインの水着だ。全体的に淡い翠色は、ノウェムのパーソナルカラーか。



「ここ数日、妙にサクラとよい雰囲気を醸し出しおってからに! ぐぬぬ! 我という者がありながら! 我という者がありながら!!」



 ノウェムは倒れ込んだ僕の上で馬乗りになり、ここぞとばかりに体を密着させるけど、僕はパーカーを着ているのでささやかな感触はあくまでも布越しだ。


 僕はこの、紳士力《GP》をゴリゴリ削られる突発イベントを回避する術がわからない。



「ノウェム! どさくさでカイトに密着しないでっ! テュルケ、ひきはがすわよっ!」

「姫さま、かしこまりましたですっ! えいやーっですですっ!」



 そして、リシィとテュルケも慌てたようにプールから跳び出て参戦した。


 リシィのフリルたっぷりの青いビキニ姿は可愛いけど、破壊力的な意味では今の彼女こそ目の保養だ。異性というよりも父親的な心境で。

 だけどもっともまずいのはテュルケで、リシィと同じデザインの薄紅のビキニ姿は、いろいろと収まらずにノウェムを引っ張りながら揺れている。



「あわわ……み、みんな、落ち着いて……」

「カイトはだまっていなさいっ! これは尊厳をかけた戦争なのっ!」


「それでしたら、人数合わせのため私はノウェムさん側につくべきでしょうか?」

「サクラ!? それはややこしくなるからダメ!!」


「ぐぬぬぬぬっ! 離さぬっ、離さぬからなーっ!」

「離してーーーーーーっ!?」


「私がおにぃちゃんとノウェムさんの間に入って押しますですっ!!」

「やめろおおおおおおおおおおおおっ!!」


「アサギ! ポム! 助けてーーーーーーっ!!」

「……(スンッ)」

「……にゃんっ」


「やる気なし!!」



 彼女たちが自ら落ち着くまで僕に救いはない。


 そもそもアサギは、最初から参加せずに第三主砲塔の上から遠巻きにするだけだし、ポムも最近になって覚えた石鹸で体を洗うのに夢中だ。


 こうして赤道を進む炎天下、僕は揉みくちゃにされながら理性を試されている。

 これは果たして何者が与えた試練なのか、彼女たちの肢体と飛び散る汗は眩しく、だがしかし修行僧のごとく我欲に流されまいとする僕にはなんとも忍び難い。


 楽園と、地獄は、同時に存在するものだったんだ……ガクゥ……。




 ―――




 ひたすら南下を続けた装甲巡洋艦カルヴァディオと駆逐艦ハシュターは、赤道を越えた辺りでようやく東へと舵を切った。


 大アルダナ海……かつてのインド洋を進むわけだけど、この大海は北側が【ダモクレスの剣】の対地攻撃により、無数の大渦が船の進入を阻む遺構の墓場となってしまっているんだ。

 その様子はだいぶ離れた場所から見せてもらえたけど、船どころか町を丸ごとひとつ飲み込んでしまう大渦がいくつも存在する危険な海だった。かつては陸にあった神代の構造物が流れ着き、浮き沈みしながら渦の中を揺蕩う、まず進入しようとすら思わない海洋最大の難所なんだ。


 この場所のせいで、陸も海も長くに渡って東西に分断されていたと聞くから、恐れずに進み続けた探検家と遺構探索者たちのおかげで今の世界はある。



「大渦を避けて南下したはいいけど、南は南でおかしくないか?」

「そっスね。比べてマシってくらいで、少し航路を逸れたら仲間入りっスよ」

「そ、その辺りは信頼しているけど……海中はどうなっているんだろうな……」



 プールイベントの日からは三日、今日もいつにも増して蒸し暑く、またしてもプールイベントが開催され僕とアサギ以外は水着姿で水浴び中だ。

 先日よりも多少マシなのは、いつの間にかテッチが僕たちの案内係になっていたようで、今は彼から周辺海域の説明を受けているせい。



「インド洋といったら、水深は三、四千メートル級……。最深部は一万メートルに迫るくらいはあったと思うけど……いくらなんでも、海底が海面近くまで隆起したとはとても考えられないな……。神力の結晶化で海底山脈でも……気になる……」


「カイト? わたしたちにもわかるように説明して?」

「あ、いやごめん。なんで海上に突き刺さって(・・・・・・)いるんだろうなと……」



 大アルダナ海南部、そこは海上で無数に立ち並ぶ(・・・・)航宙艦の墓場だ。


 オーストラリアはさらに東だから、大陸がなかったはずの付近で墜落した航宙艦が深海に沈まない理由を考えたら、どうにも思考が止まらなくなってしまっていた。



「調査隊とか、探索者とか、やっぱりみんな興味あるようなんスけど、ここらの【神代遺構】は近づけないんスよ。なんか、グワーッでバキーッらしいっスよ」

「グワー? バキー? 防衛設備……いや、重力制御が機能している……?」


「主様よ、気になるのは仕方がないとしても、この辺りは例の海賊が出没する海域だと聞いたぞ。今は他に考えねばなるまい」

「そ、そうだった……ノウェム、さすがは年の功だね」

「それは褒められておるのか……?」


「というか、なら余計に水着姿は目を引くのでは……」

「くふふ、むしろ誘き寄せすべてを一網打尽よ」



 海上に突き立つ航宙艦の残骸は、目視できる範囲だけでも数百におよぶ。


 海賊はその陰に隠れ根城を構えているらしく、東西を往復する船団が最近は頻繁に襲われるとのことだ。

 陸地から遠く不便なこの地で海賊をするのは、やはり大渦を迂回するためにどうしても必要な航路で、さらには征伐艦隊を差し向けるのも一苦労だからだと聞く。


 とはいえ、明らかに様相の異なる鋼鉄の巨艦を狙うほどに愚かだろうか……。



『全艦戦闘態勢! 繰り返す、全艦戦闘態勢!』



 愚かだったようだ……。

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