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第五十話 月が綺麗ですね

 出港後、僕たちは遠く離れる海上要塞群島イスマイリアを艦尾から眺めていた。


 結局、騎士皇は右腕を失ったにもかかわらず、最初から最後までただの一瞬も苦痛の素振りを見せることはなかった。

 それがどれほどの困難か、かつて実際に右腕を失った僕にはよくわかる。痛くて泣き出しそうで、それでも痛すぎて涙することもできない。


 彼は、別れ際まで不敵に笑っていた。



「あれが騎士皇……騎士の中の騎士か……」

「シュティーラともよく似ていたわ。おもだちも、たちいふるまいも」

「もう見えなくなってしまいましたね。すでに人と陸地を恋しく思います」


「しばらくは海の上だね、無事の航海になるといいけど……」

「主様よ、それは主様がよく口にする“ふらぐ”と言うものではないのか?」

「あっ!? い、いや、エウロヴェはもういないんだ。そ、そう簡単に拾い上げられないだろう……拾い上げられないよな……?」

「我に問われても……」


「今度また襲われても、私が海の上を走ってえいやーっするですです!」

「にゃっ、にゃにゃんにゃーっ!」

「ですです!」


「え、テュルケもポムの話すことがわかるのか?」

「なんとなく、一緒にえいやーって感じだと思いましたです!」

「野生の勘かな……?」



 テュルケの言う通り、彼女はここしばらく海の上を走る(・・)練習をしていた。


 “金光の柔壁(やわらかクッション)”を一歩ごと連続して足場にすることで、本当に海上を走るんだ。

 これによって、テュルケは海上においても小型船以上の機動力を持ち、遊撃手としてサクラと並んで非常に頼もしい存在になった。


 実際に活用できるかは、防御と遊撃の切り替えを必要な時に正しく指示できるかにもよるから、僕自身も彼女たちに負けない力をつけていきたいところだ。



「あ、あのあの……お、おにぃちゃん……」

「え? おわっ!? ご、ごめん、無意識だった……」



 なんてことだ……また思考の内にどっぷりと入り込んでしまったせいで、僕は無意識でテュルケの猫耳を撫でていた。

 彼女は頬を赤らめて身を震わせ、胸元で手をギュッと握り締めていることから、もうなんか、腕に持ち上げられ挟まれたお胸様がむにゅもにゅんしてしまっている。


 破壊力ばつ牛……抜群だ……。



「本当にごめん。また考えごとで意識がどこかに行っていた」

「大丈夫ですです! おにぃちゃんに撫でられるのは嬉しいですです!」

「それは良かっ……ほわっ!?」



 しまった、ここには駄々っ子さんもいた……。



「うにゅぅぅ……」

「ぐぬぬ……」

「ふふ……」



 な、なんか、今回はサクラまで目に変な光が宿っているけど……。



「んーーーーっ! テュルケばかりずるいわっ!」

「今ばかりはリシィに同意する! 我もご褒美を所望するぞ!」

「それでは私は……カイトさんさえよろしければ、以前は途中になってしまった尻尾を梳いていただけたら、あの、嬉しいのですが……」


「……っ!?」



 にじり寄る三人娘の圧力が半端ない。



「じゅ、順番にね……」




 ―――




 結局、僕は出港直後から昼食ができるまでの二時間を、彼女たちとの他愛ない時間として過ごすことができた。

 そのあとは、カルヴァディオの乗組員と親睦を深めながら艦のことを学び、日が落ちてからは一人で甲板に出て物思いに耽っている。


 この広い海、途中で墓守や海魔獣に遭遇しなければ、今日と同じなんでもない穏やかな日々が続くだろう。


 だけど、平穏な日であればあるほど、どうしたところで身構えてしまうんだ。



「困難な状況に身を置きすぎた弊害かな……」


「ウェイッ、カイトさんじゃないっスか! ちっすちっす!」


「うわっ!? ど、どちらさま……?」

「やだなー! 自分、整備班の“テッチ”っスよ! 挨拶したじゃないっスか!」

「ああ……あれ、挨拶した時はもっと硬い印象を受けた気が……」

「班長が厳しいんで、勤務中はちょっとまじめ気取ってる、みたいな?」

「そ、そうなんですか……」


「カイトさん、自分と歳も同じくらいっスし、タメ口でいいっスよ!」

「そ、それなら、そうさせてもらう」



 艦の夜間灯と月明かりだけが頼りの暗い甲板上で、妙に軽い乗組員の男性が話しかけてきたことで、僕は少し驚いてしまった。


 その理由は、彼が“幽幻種”だから船幽霊でも出たのかと思ってしまったんだ。


 ラッテンと同じく透けた体を持ち、にもかかわらず質量があって触れることもできると、多くの種の中でも特に不思議な存在が彼ら幽幻種。

 外見はひょろ長くともがっちりした体格の青年で、幽幻種の特徴なのか目尻が下がった三白眼と、その片目だけを隠すように長い白髪が垂れている。服は普通のツナギで、艦の整備員なのは格好で一目瞭然だ。



「カイトさん、こんな時間に甲板で何してるっスか? 自分、海ってか船が好きで、特にこのマジ美人のカルヴァディオの整備員に選ばれたことは、マジ自慢なんス!」

「それは僕も思う。僕の国にも似た艦影の艦があったから」

「ウェイッ、マジっスか! なら自分らもうマブダチっスね! いやー、カイトさん一目見た時から、この人マジだ……と思ってたんスよー!」

「よ、よくわからないけど、ありがとう……」



 テッチの言葉で、海を背に改めてカルヴァディオの檣楼を見上げる。


 ずんぐりとそびえ立つ様は秘密基地めいた存在感を放ち、やはり重巡洋艦高雄型ではないけど、どこかでその命脈が息づいていることを感じられ、さらには離れた日本まで思い出し懐かしさが込み上げてきてしまった。



「自分、カルヴァディオが傷つけられるのがマジいやっス。だから、アルダナ海に抜けたあとはマジのガチで警戒しましょうっス! 自分らで守るんスよ!」


「ま、待った。アルダナ海は航路上で最大の海だよな? 警戒とは?」


「カイトさん、まだ聞いてないっスか!? どうも最近あそこの海は、墓守に対抗するため海賊どもが寄り集まって大海賊が誕生したって話なんスよ! マジパネェっス!」


「ええ……海賊が出没するのは聞いていたけど……」

「それも神代の船まで見つけたって噂で、やばくないっスか!?」

「そいつは、軍艦じゃないことを願う……。他の戦力は聞いている?」

「戦列艦を含めた数百隻くらいはあるんじゃないっスかね? まあそれでも、こっちには“軍神”のカイトさんがついてるから、航海の無事は保証されたも同然っスよ!」

「僕はいつから“軍神”に!?」


「ウェアッ!? 話の途中っスけど、野暮はいけないっスね! 自分、これで失礼するんで、気が済むまでしっぽりしてくださいっス!」


「どういうこと!? 待テッチ! 違う、待てテッチ!」



 結局、テッチは意味深に言い残すと浮遊して檣楼の向こうに消えていった。


 不穏な情報は得られたけど……最後のはなんだったんだろうな……。



「月が綺麗ですね」


「おわっ!? サ、サクラか……」



 驚いた、テッチの話に注意が引かれサクラの接近に気がつかなかった。

 見上げる月は本当に綺麗なので、彼女がその言葉を告げたのは偶然だろう。


 た、たぶん……。



「お話中でしたか?」

「いや、一方的だったかな……。サクラはどうしたんだ?」

「はい、昼間のお礼を、ありがとうございました」

「前は邪魔されたからね。喜んでもらえたのなら良かった」

「はい……」



 サクラは普通に返答するも、どこか気落ちしているようで様子がおかしい。

 視線もいつもは僕を真っ直ぐ見詰めるのに、今は宙を彷徨っている。



「他にも、何かあるんだね……?」

「……あの。実は私、聞いていたんです」

「な、何を……?」


「カイトさんと、お母さんとの話を……聞くつもりではなかったのですが……」



 ……


 …………


 ………………


 お母さん……サクラコさんとの話……。



「ま、まさか……どこからどこまで……」


「最初から最後まで……。実は、お母さんに呼ばれ、カイトさんの部屋の前で待機するように言われていたんです……。申しわけありません……!」



 あの人……マジか……。



「う、うん、それはサクラコさんの娘を思う母親としての行動だったんだろうな……。サクラが謝ることではないよ……」


「ありがとうございます。ですが、知らぬ存ぜぬを通そうと思ったのですが……最近のリシィさんやノウェムさんの姿を見ていたら、どうにも……」



 そのうちとも思っていたし、やはり今も誰よりも我慢させているだろうサクラには、僕から面と向かって伝えるべきだろう……。


 うん、いい機会だ。



「サクラ、ここまで来たら隠さずに伝えるよ。その、日本人的な感覚からしてみたら不誠実なんだけど……」


「は、はい……」


「僕は……君が好きだ。リシィに向ける想いと同じくらい、僕はサクラのことも異性として愛情を込めて想う。だから、不安には思わないで欲しい」



 僕の言葉にサクラは動きを止め、しばらくすると泣き出してしまった。

 だから僕は、静かに涙する彼女を大切に思いながら抱き締める。


 いつか、彼女たちとの穏やかな日々が訪れるようにと願いながら。

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