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第四十九話 彼の平穏はやわらかい

 ファッザーニ提督と今後の日程について話し合いを終えたあと、今度は陛下に呼び出されて私たちは横たわる白鯨モビーディックのもとまで来ていた。



「貴様はどう見る?」

「それぞれが独立したマルチコアなのは間違いないですね」

「まるちこあ、とは? 貴様の世界の言葉か?」


「あ、すみません。複数の核が連結することで処理能力を向上させる仕組みです。白鯨モビーディック本体のものを主核とし、中型墓守が補助核の役割を果たしていたようです」



 カイトは、【天上の揺籃(アルスガル)】がなくなったことで本来の性能を発揮していなかったのではないか、と予測を立てているようね。

 本来の“白鯨”は海中から揚陸して大部隊を展開する、それこそ【天上の揺籃(アルスガル)】と繋がる“門”の役割を果たすと……。身震いしてしまうわ……。



「ふむ、ならばこれだけの巨体、主核もひとつとは限らぬのではないか」

「ご明察です。それについてはこちらへ」



 私たちはカイトの誘導で、巨大な白鯨の前部に回り込んでいく。


 カイトと陛下の他にはテュルケとサクラとノウェムにポム、他にもアガスティナと護衛の騎士五人が同行し、ゾロゾロと長い列ができてしまっていた。


 私はいつものようにカイトに右手を引かれ、最近では当たり前のように彼と手を繋いでいるけれど、も、もう今さら変な虚勢を張る必要はないわよね……。


 そ、そう、“私”の力を借りずに、もっと自分自身の気持ちを伝えたいの。



「これです」

「なるほどな。俺のニノ太刀が届いたか」



 カイトの指し示した先には、白鯨の前部先端から縦に斬り裂かれた跡、レヴィアタンを止めるために陛下が放ったニノ太刀による斬撃の跡があるわ。



「アサギとの調査で判明した事実ですが、重要防御区画に配された核に直結する電装を斬っていたので不具合を起こしていたようです。本来ならありえない、陛下だからこそなしえた一撃がなければさらに苦戦を強いられていました」


「たわいない。この程度ならば、三ノ太刀で討滅に至ったやも知れんな」

「陛下、右腕を失った状態での三ノ太刀はお命に関わります。ご自身の置かれた立場を弁えていただけるよう具申いたします」


「はっはっはっ! アガスティナの言うことももっともよ!」



 陛下はそうして平然と笑うものの、海風ではためく外套の下には、肩口からその先の右腕が完全に失くなってしまっていた。

 私たちが到着する前にレヴィアタンに対し負った傷、それでも陛下は意にも介さず、まるで何事もなかったかのように振る舞っているの。


 とても見倣うことはできないけれど、国とそこに住まう民を守る同じ立場にある者として、誇り高き彼の姿を胸に刻みつけておくわ。


 故国に帰りたくない思いも、民を思えばどうってことはないもの。



「して、この情報をシュティーラとも共有するが、アーキィルに滞在中のヘルムヴィーゲとやらにも伝えればよいのだな?」

「はい、お願いします。周辺地域では、唯一ルテリアとの通信手段が確立されている街ですから、もっとも早く情報の伝達が行えるはずです」


「ルテリア、アーキィル間の通信か……。その技術、なんとしても都市間……否、国家間にも成立させたいものだ」

「ケーブルの敷設、衛星の打ち上げ、アシュリーンでも困難だとは思いますが」

「だがやらねばならぬ。国に戻り、弔いを済ませたあとは忙しくなるな。カイト クサカ、貴様も再び我らがエスクラディエを訪れた際には意見を聞かせろ」


「はい、旅から戻った時には必ず立ち寄らせていただきます」



 カイトは陛下の要望に対し、迷いもせずにはっきりと返答した。


 日本を訪れて生活を共有したことで、私は彼がどれだけ普通の暮らしにあったのかを体験することができた。

 彼は貴族でも、ましてや騎士でもなく、白銀龍グランディータの龍血が少し交じるだけの普通の人なの。


 だから、こんな戦いには巻き込まれないで平穏な生活の中にいて欲しかった……今でも宿処にいて、サクラやノウェムに囲まれて何事もなく……。



「リシィ、どうかした?」

「え? な、なにがかしら……?」

「足元を気にしているようで……あ、クラァベがいるのか。なんとか上手い具合に汚染を除去して、環境への影響も少なければいいんだけど……」


「これは、“カニ”よ……」

「うん? 日本語では“カニ”だけど、この時代ではクラァ……」

「“カニ”でいいのっ! そのほうがじょうちょあるものっ!」

「えっ!? リ、リシィ……本当にどうし……」


「んーーっ! “カニ”なのーーーーっ!!」

「おわーーーーっ!?」




 ◆◆◆




 レヴィアタン、そして白鯨の討滅から一週間が経過した。


 エスクラディエからの増援艦隊も遅れて到着し、沖合には戦列艦を含む数十隻の帆船が停泊している。

 すぐに撤収といきたいところだけど、島内には動かせない怪我人も多く、まずは物資を揚陸して救援体制を整えるとのことだ。


 ルテリア艦隊はひとまず応急修理を終え、騎士皇からのご厚意でわけてもらった物資を積み込んでいるところ。

 残念なことに、駆逐艦モーリュゲンは航行に支障はないものの、炎上したことでかなり奥まで電装系をやられて兵装の二割が使用不可。ドック入りのため、艦隊から離れてルテリアに戻ることを決定された。


 二隻だけでの航海は、個人的にどうも第二次世界大戦時の戦艦ビスマルクの行く末を想起してしまう。

 まあこの時代には航空戦力もなく、ルテリア艦隊に比肩しうる戦力も墓守しか存在しないので、再び白鯨に遭遇しない限りはどうにかなるようなものでもないだろう。


 その白鯨も、アシュリーンの記録では一隻が建造されたきりだ。



「クサカ殿、出港は二時間後、午前九時となります。よろしいですか?」



 朝の時間、例によってポムに食事を与えていた僕のところに、ヤクマイン副長が出港予定時刻の確認を取りにきた。

 いちおう、ルテリア艦隊の行程に関する決定権はリシィに委任されているはずなんだけど、最近はまず僕に通すことがいつの間にか通例となっているんだ。



「僕たちからは特に何もありません。了解しました」

「では、引き続き出港準備をいたします」

「お願いします」



 とはいえ、そうする原因はあれ(・・)もあるかな……。



「ふにゅ……ふわふわぁもこもこぉ……」

「ですですぅ、やわやわわですぅ」

「我はここに住むぞぉ、止めてくれるなぁ」

「……(コックリコックリ)」



 いつからか、ポムの毛をクッション代わりにしてくつろぐ面子が、テュルケとノウェムの他にも増えた。

 リシィと、微睡んでいるアサギ、どうやら乗組員の中にも暇を見つけては同じようにする者もいるとかいないとか。


 あの気持ちよさそうな様子を見ては、声をかける気にもならないだろう。



「おまえも人気者だな……」

「にゃにゃにゃ……」


「そういえば、ポムに家族はいるのか?」

「にゃ、にゃんにゃにゃにゃん」

「へえ、生まれた時から大変なんだな……」

「にゃん、にゃにゃにゃーにゃ?」

「僕は爺ちゃんが一人、両親は迷宮でね……」

「にゃっ!? にゃーにゃぁーにゃにゃぁ……」

「はは、励ましてくれるのか。大丈夫だよ、ありがとう」

「にゃ! にゃにゃっ!」


「カ、カイトさん……何をお話されているのか、全くわからないのですが……」

「あ、サクラ、今日もお疲れさま。今はお互いの家族の話をね」



 出港間際だけど、サクラは今日も神力治療で回っていたんだ。

 戻ってきたものの、驚いた表情なのは彼女が告げた通りの理由から。



「そうでしたか……。ポムさんは、ご家族と離れて寂しくはないのですか?」


「日本のことわざに“獅子の子落とし”というのがあるけど、まさにそれを実践するのが彼らみたいだよ。生まれた瞬間、本当に谷底へ放り投げられるらしい」


「そ、それは、大変ですね……」

「にゃにゃーあ、にゃにゃんにゃー」

「そうなのか、逞しいな……」

「あの……今はなんと……」


「『楽しかった』って」

「ふ、ふふっ」



 サクラは眉をハの字にして悲しそうな表情だったけど、最後はどうしてか笑った。



「お、おもしろかった……?」


「いえ、ごめんなさい。本当にポムさんのおっしゃっていることがわかるのですね。カイトさんをさらに尊敬……いえ、惚れ直してしまいます……」


「ふぉっ!?」



 サクラは頬に両手を当て、恥ずかしそうに俯いた。

 その様を見て、僕も頬に熱を感じ恥ずかしくなってしまう。


 彼女にもしっかりと気持ちを伝えないとな……。



「んぅ……カイトッ、抱っこっ!!」

「おわっ!? リシィ、いつの間に……」


「ぐぬぬ……最近、我は出遅れている気がするぞ……」

「ノウェムは先走りすぎていたと思うんだ」

「ぐぬんぬ……」


「えへへ~♪ なら私はおにぃちゃんにおんぶしてもらいますですぅ~♪」

「ほわーっ!? やっ、やわらっ……!?」



 そうして僕は柔らかさに包まれ、最終的に揉みくちゃにされてしまった。


 いろいろと大変だけど、やはり平穏が一番だ……。

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