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第四十八話 白金龍の眠る場所

 レヴィアタンならびに白鯨迎撃戦の戦没者追悼は、騎士皇と騎士団がエスクラディエに戻ってから大々的に行うということで、簡単な祝賀会のあとは各々が海に祈りを捧げて戦の後始末に戻った。



「ノウェム、本当に体調はなんともないのか?」

「気遣われるのは嬉しく思うが、今回は血を吐くまでは至らぬ」



 僕がもっとも気になっていたことのひとつに、ノウェムの体調がある。


 今は船室に戻り、寝台に横たえた彼女の容態を確認しているけど、あれだけの力の使い方をしたにもかかわらず、少し血色が悪いくらいで本人は平然としている。



「やはり変化がありますね」

「サクラ、どうなっているんだ?」


「はい、ノウェムさんの体内の神脈は、以前よりも淀みの箇所が少なくなっています。神力の流れがよくなり、体の負担もだいぶ軽減されていることかと」


「それは……ノウェムが、セーラム高等光翼種の本来ある姿に戻っていると?」

「どこまで元通りにかはわかりませんが、かなり改善することは確かです」



 ノウェムを見ると、彼女自身が体の変化に驚いているようだ。



「わ、我は……セーラムの力を取り戻せ……る……?」

「白鯨を相手にした活躍を見る限りでは、以前よりもよくなっているね」

「わっ、我はっ、うぐ……あうじしゃま……うぇ、ううぅぅぅぅ……」



 ノウェムはぼろぼろと涙を流し始め、僕は彼女の頭を優しく抱いた。

 船室にはリシィもいるけど、駄々をこねることなく何かを考え込んでいる。



「やはり、ノウェムの障害はエウロヴェが関与していたのかしら……」


「仕込みのうちのひとつだったのは間違いないな。エウロヴェがいなくなったことで、自然と本来あるべき姿に戻り始めたとは考えられる」


「そう……ノウェム、わたしのせいでごめんなさい。謝罪するわ」

「うぐっ……今となっては構わぬ。おかげで……ぐすっ、主様と……愉快な家族たちに出会えたからな……」


「ええ、わたしからも感謝を。カイトを支えてくれてありがとう、ノウェム」

「そこは、主様をしばらく好きにして構わぬくらいは言えぬものか……ぐすんっ」

「ちょうしにのらないでっ! カイトはあくまでもわたしの従者なんだからっ!」

「ならばおぬしも……否、家族は皆共にがよいな。サクラとテュルケも、今晩は皆で主様と寝屋を共にしようではないか」


「私もよろしいのですか……?」

「ふぇ……か、覚悟しますですっ……!」

「ん……そ、それならしかたないわね……」


「待って、僕の意思は……!? 」



 ……


 …………


 ………………


 結局、さすがにあまり広くない船室で、物理的に全員は寝台に無理とうやむやになったものの、危うく唐突な精神的危機が訪れるところだった……。


 なんにしても、ノウェムは徐々に力を取り戻し始め、いつもの『くふふ』笑いも純真さが増し本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


 時は止まることなく流れ、そうして時代は移り変わる。


 僕は自室に戻ったあと、寝台に寝転びながら自身の黄金色に変わった右腕を眺め、できればすべてがよい方向に変わればと明日に願った。




 ◇◇◇




 ――夢。



 今の私は夢を見ているのだと、すぐに気がついたわ。


 だってここは、一度しか訪れたことのない空の上、宇宙・・だもの。

 夢だから怖くもない、主観だけれど客観で眺めるかのような幻よ。


 そして今の私はもう一人の“私”、【天上の揺籃(アルスガル)】から落下している時の記憶。

 宇宙から見下ろしたこの世界、青く美しい“地球”が徐々にその姿を大きくしていく。


 雲を突き抜け、大地は急速に迫り、落下する先にはテレイーズの王城が見える。



 “白樹城カンナラギ”――誰も立ち入ることを許されない聖域。



 私と“私”は城の上を飛び越えさらに西、大龍穴湖に水飛沫を上げて落下した。


 そう……“私”はやはり、テレイーズの地に引き寄せられていたのね……。


 これでもう、行く先に迷うことは……ない……。





「――さま……姫さま」

「んぅ……テュ……ルケ……?」

「です。どうしましたです? 大丈夫です?」



 体を揺すられる気配に目を覚ますと、テュルケが私を覗き込んでいた。

 辺りはまだ薄暗く、彼女と一緒に寝たカルヴァディオの寝台だとすぐに理解する。



「どうかしたの……?」

「姫さまが私を抱き締めてすごく震えてましたです」



 テュルケは他の皆を起こさないように声を潜めて答えた。

 見ると、私は彼女にしがみつき、今もしっかりと腰に手を回している。



「えと……だいじょうぶよ。またあの夢を見たの……」

「もう一人の姫さまの……神龍テレイーズの夢です?」


「ええ、たかいところから落ちる夢だったから、きっとこわくて体がふるえてしまったんだわ。ごめんなさい、起こしてしまったわね」


「私はへいちゃらです。あのあの、私も姫さまをぎゅっとしていいです?」

「え、ええ、いまはわたしのほうが小さいのに、テュルケはあまえんぼうね」

「えへへ~、姫さまをぎゅっとした時の匂いが大好きなんですぅ~」

「んっ……す、すこしはずかしいわ……」



 私たちは今一度、お互いを抱き締めて眠りについた。


 もう一人の“私”、神龍テレイーズの居場所は、エスクラディエを出立する時に得た流星が落下した予測地点の情報とも一致するわ。


 夢で見る以上、“私”は無事だと思うけれど……落下の衝撃で周辺に与えてしまった被害が心配だわ……。航海の途中でさらに詳しい情報を得たいわね……。


 そして、私はテュルケの柔らかさと暖かさに包まれ、微睡みの中に意識を委ねた。




 ―――




 翌日、私は早速カイトに昨晩の夢のことを話した。



「ナタエラ皇女殿下からの情報の裏付けは取れたかな。神龍テレイーズの所在は、目的地“テレイーズ真龍国”であることは間違いなさそうだ」


「にゃ、にゃ、にゃんっ、にゃにゃ、にゃーっ」



 す、少し臭いがあるは仕方ないわ……。


 私たちはカルヴァディオの甲板にいて、今はポムの食事にと近海で獲った魚介類を与えているけれど、丁寧に洗浄しても生臭さが漂ってしまっている。


 それでもポムが美味しそうに食べる横では、テュルケとノウェムがまたふわふわもこもこ~と戯れていて、べ、別に私も一緒に堪能したいわけじゃないんだから……。



「わたしは落下の被害ばかりがしんぱいで……だいじょうぶかしら……」


「さすがに希望的観測はできないな……。ただ、ルテリアの激震でも人々は逞しく復興のために尽力していた。何があろうとも、この時代の人々はきっと乗り越えるさ」


「それならいいのだけれど……」



 カイトはポムに食事を与えながら、何かを考え込んでいるわ。



「今の話にあった“白樹城カンナラギ”はさ、ひょっとしたら【翠翊の杖皇グルニギスリヴォーツェ】で僕たちが創生した巨大樹なんじゃないか……?」


「……えっ!? ……もし、テレイーズが日本なら……そ、そうかもしれないわ」

「あれから数万年に渡って成長を続けたのなら、かなりの巨木になっているはずだけど、どんな状態になっているんだ?」


「それは……期待をうらぎるけれど、もう根本のそれも外皮しかのこされていないの……。白化していて、内部にきずかれたじんだいいこうが城なのよ」

「想像するだけでも凄まじい状態で残ったんだな……。いや、神代の戦争で首都のど真ん中にある巨木が無事だとは思っていなかったから、それはそれで期待を通り越して訪れるのが楽しみだ」


「それならよかったわ……」



 複雑ね……。今のでカイトが考えていることはわかったけれど、楽しみを奪ってしまうようで本当なら連れて行きたくもないの。


 私自身が故郷に帰りたくない理由……あの地はセーラム高等光翼種と同じ、古い因習に縛られた利権を貪る老人たちに支配されているから……。


 テレイーズに到着する前に、この航海で伝えないといけないわね……。



「皆さん、こちらにいらっしゃいましたか」

「サクラ、お疲れさま。疲れていないか?」



 昨日に続き、怪我人の治療に当たっていたサクラが戻ってきた。



「はい、大丈夫ですよ」

「午後は僕も一緒に行くよ。できることは手伝う」

「ありがとうございます。その前に、ファッザーニ提督が駆逐艦の修復日程が確定したとのことで、今後の調整をしたいそうです」

「お、これが終わったら行ってみる。艦長室でいいかな?」

「しばらくは戦闘指揮所にいらっしゃるそうです」

「わかった」


「ところでアサギが見当たらないけど、知っているか?」

「先ほど、要塞砲の電装修理にと技師の方と一緒でしたよ」

「アサギは何気に器用だよな……」



 不思議な気分だわ、戦後処理が焦れったく感じる……。

 故郷には帰りたくないのに、先を急ぎたいとも思ってしまうの……。


 焦らないでひとつずつ……ひとつずつよね……。

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