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第四十六話 及ばず

 アサギの霊子力収束砲ブラスターによる六射目が白鯨モビーディックの鼻孔装甲板を抉る。



「ノウェム、転……」

「みなまで言うな、わかっておる!」



 ノウェムは僕が最後まで頼む前に、リシィの目の前に転移陣を展開した。


 空間に開かれた亀裂は鼻孔を真上から見下ろし、斜めに抉られた装甲板の下には、少し深まった位置に目標の“核”が見えている。


 生物ではない墓守の鼻孔がどんな役割を持つかはわからない。それがこちらを向いているのは非常に危険だけど、気がつかれる前にやるしかない。



「カイト!」

「今だ貫け!!」


「【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】!!」



 リシィは小さな体で黒杖を振り、銀槍は鼻孔を目がけて転移陣を抜ける。

 本来のものより短くとも、彼女が力を振り絞って顕現した神器だ。それでも充分な速度と神威を秘め、銀槍は狙い違わず核に突き刺さった。


 だけど、破壊するには至らず、穂先で止まってしまっている。


 リシィは顔を真っ赤にして転移陣越しに干渉し続けているようだけど、白鯨はこの状態でもまだ停止せずに海へと戻っていく。


 討滅の機会は今この時だけ、このまま海中に潜航されてしまえば……。



「主様!!」

「ノウェ……」


「構わぬ、行け!!」



 ノウェムが考えあぐねる僕の背中を押した。


 そうだ、これまでの僕は、いつだってどんな時もこうして(・・・・)きた。

 力のあるないにかかわらず、この体そのものを“槍”としてきたんだ。


 自らを“剣”とする騎士皇と騎士たち、それは僕だって何ひとつ変わらない。


 だから僕は、もう一切を躊躇わず転移陣に飛び込んだ。



「おおっ!!」



 装甲巡洋艦カルヴァディオから白鯨までの実際の距離は三百メートル、ノウェムの転移陣を通した距離はわずか三メートル。

 転移陣を通り抜けたことで重力方向が変わったけど、僕は銀槍の柄を握って混乱する思考を抑え、腕の力で無理やり体を反転させて着地した。


 そして、柄に全体重をかける。硬い、銀槍は“侵蝕”の特性を持つにもかかわらず、穂先が何か異常に硬いものに触れているようで少しも沈まない。



「くっ……なんで……貫かない……!」



 ――ガゴンッ……ズンッ……



 僕が必死に銀槍を押し込もうとしていると、白鯨の背中の装甲板が二箇所で開き、見るからに大きな連装砲塔が迫り上がってきた。


 明らかにカルヴァディオの主砲よりも大きい連装二基が四門、こちらを向い……違う、あれは単体の墓守だ……!


 自律砲塔ランドホッパーの系統か、それも艦船主砲を搭載する常識外の墓守。

 迫り上がった時点では砲塔だと思った基部が変形し、重量級の太い八脚を備える文字通りの自立する(・・・・)砲塔が姿を現した。その様は砲を背負うやどかりのようにも見えるけど、そんなコミカルなもので済まないのは確か。


 今ここで推測できるとしたら……白鯨とは、複数の墓守で構成された機動プラットフォームの可能性があるということだけだ……!



「ぐっ……貫け……貫け……貫けええええええええええええっ!!」



 神器の恩恵がなくなってしまったのが悔やまれる。


 今の僕は、ほんの少しの【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】を構成する微小生体素子が体内に残るだけで、以前のようなゴリ押しをすれば確実に命を失ってしまうだろう。


 だけど、新手の墓守が砲口をこちらに定めた瞬間、それでも僕は逃げもせず愚かにも白鯨の“核”を貫くことを選択した。



 ――ドンッ! ヒュカンッゴガアアアアァァアアァァァァァァァァッ!!



 そして連装砲の一門が発砲し、砲弾は左右・・に抜けて爆発した。

 僕は爆風に煽られるも、銀槍の柄を必死に握り締めて衝撃を耐える。



「“神滅の英雄”とも謳われる者がそのようでは、陛下の期待も無意になります。私どもが戦列を支えます、お立ちください、龍血の姫の“銀灰の騎士”よ」


「あ、アガスティナさん……!?」



 いったいどんな技か、艦船主砲用の砲弾を斬り、僕を守るように背を見せるのは侍従騎士アガスティナさんだった。


 その手には柄だけを……いや、異常に薄く透けていて、身長よりも長く細い剣身を持つ槍に見紛うような超長剣を構えている。


 さらには、周囲の浅瀬にいつのまにかエスクラディエ騎士団が展開し、なおも海へ戻ろうとする白鯨を押し留めていた。



「カイト クサカ、退け!!」



 どこからか響いた声を聞き、翻る外套が落とす影を足元に見た僕が咄嗟に後退ると、上方から降ってきた騎士皇が大剣の腹を銀槍の柄頭に叩きつけた。


 と同時に、何かの砕ける音も高らかに鳴り響く。



「リシィティアレルナよ、今だ!!」


「爆ぜよ!!」




 ――ズズンッ! プォオオォォオオオオォォォォォォォォォォォォ……!



 今度こそ銀槍は核の内に沈み、リシィの一声で光槍と同じように炸裂した。

 鼻孔からは銀光の粒子が勢いよく噴き出し、本物の鯨のような様になっている。


 そして、白鯨は完全に海へ戻る前に動きを止めた。



 ――ドンッ!! ドガァッ!! ズズンッ!!



 だけど、戦いはまだ終わりではない。


 再び発砲しようとした連装砲墓守は、アガスティナさんが前脚を斬ったことで傾き、砲弾は明後日の方向に飛んでいって爆発する。


 あの墓守はあくまで砲戦用だ。図体の大きさと鈍さ、そして長砲身が仇となって近接する人に対しては弱く、主砲以外の自衛装備もないようだ。


 一機はアガスティナさんが、もう一機は手負いの騎士たちが取り囲み、増援がさらに増えなければ討滅も時間の問題だろう。



「詰めを見誤ったようだな、カイト クサカ」


「騎士皇陛下、申しわけありません……。ご無事だったのですね……」

「よい。むしろ俺は、少しの落ち度は人間味が見え好印象よ。聞き及んでいた貴様の話は、どうも創られた英雄譚のようで好かんかった。精進いたせ」

「は、はい……!」


「それにな、バカ正直に直進する相手に対し、バカ正直に待ち受ける必要もない。見え透いた攻撃に潰されるほど我らは愚かではないぞ」

「僕は、失うことを恐れるばかりで、まだまだ見えないものが多いですね……」


「はっはっはっ! 神を滅した者が恐れか。貴様はまだ若い、これからよ」

「精進します……!」


「さて、見るがよい、腹からも何か出てきたようだぞ。戦は終わらず、俺たちは真に剣を持てなくなるその時まで騎士で在らねばならん。カイト クサカよ、我らの戦を最後まで見届けよ。そして龍血の姫の……リシィティアレルナの騎士で在れ!」


「……っ! はい!」


「エスクラディエ第六十五代目騎士皇、カイル イーミル エスクラディエ! 燼滅無双、紅威の剛剣を携え、ここに推して参る!!」




 ―――




 ……


 …………


 ………………


 ザアァと静かな波音を聞き、まだ臭気を含んでいるもののだいぶ薄まった潮の香りを嗅ぎながら、僕は海上要塞群島イスマイリアの窓辺から眺めていた。


 視線の先には、激戦が繰り広げられたあとに残る白鯨の巨体。


 戦後になって確認できたことだけど、あれはかなり特殊なマルチコア仕様で、やはり複数の墓守が連結し一体の白鯨を構成していたんだ。


 騎士皇の参戦後、すぐにサクラとポムも駆けつけ守られながら生き残ったけど、何かが少し違っていたら、僕は今この場所でこうしていられなかったかもしれない。


 神器の恩恵は、おそらく思考速度にも影響していたんだろう。



「ふにゅっ……!?」

「あ、良かった。目が覚めたんだね」


「え……え……? ち、ちか……い……」



 僕の腕の中(・・・)で、戦闘終結後にすぐ眠ってしまったリシィが目を覚ました。


 打ちひしがれるほどではないけど、最後の判断を間違えたことで、僕はどうにも彼女から離れることができなかったんだ。


 だからなんとなく、リシィを抱いたままこうして椅子に座っていた。



「カ、カイト……どうかしたの……?」



 リシィは一瞬だけ慌てたものの、さすがに消沈する僕の様子に気がついたようで、瞳色と表情を心配そうに曇らせる。



「……いや、神器の恩恵がなくなったことで、墓守に対するにはゴリ押しだった詰めを変えていかないとダメだなと、今になって気づかされたんだ」


「えと……白鯨の核をぬけなかったときのことよね……。あれはわたしも力がたりなかったんだもの、カイトが責任をかんじることではないわ」


「ありがとう。それでもこれからのことを考えると、失ってしまったものを補うだけの何かが必要だと思ったんだ」



 神器の代わりは、おそらく【神代遺物】だろうと存在しない。


 墓守に対するには、それこそ今以上の知をもって挑まないとダメだろう。

 今回はエスクラディエ騎士団とルテリア艦隊がいたから、なんとかなったんだ。


 思考が深みに嵌まろうとしたその時、不意に僕は甘い香りに包まれた。

 リシィが体を起こし、小さな体で精一杯に抱き締めてくれたんだ。



「リ、リシィ……?」


「カイト、このままでよく聞いて……。いまのわたしでは無理かもしれないけれど……いえ、今一度、あなたの義手を神器にできないかしら?」


「……え?」


「“無”から“有”をうみだす神龍テレイーズの“創物”のちから……。願いが形となるのなら、わたしにも元あるもの(義手)を作り変えることならできるかもしれない……。わたしは、わたしの騎士であるあなたに、新たな“剣”を与えたいの」


「できる……のか……?」


「やらせて。こんどはわたしが、みずからの意志で“剣”をあなたに」

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