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第四十五話 白鯨迎撃戦

 特攻機も拳魚ドラッケンもまだ完全には掃滅できていないものの、各艦の奮戦でだいぶその数を減らしていた。

 戦闘開始からレヴィアタンに対し、左舷反航だった装甲巡洋艦カルヴァディオは、左回頭から駆逐艦ハシュター、駆逐艦モーリュゲンと合流。今もなお、海上要塞群島イスマイリアの主島に直進するレヴィアタンを左後方から追い上げている。


 主島までの距離は残りおよそ千メートル、すでに戦列艦の射程に入って百門以上のカノン砲が火を吹くも、旧式の火砲では妨げにもなっていなかった。



「発光信号確認!」

「内容は?」


「準備、完了、これより、攻撃、する!」



 戦列艦の上部甲板、明滅する光の横に騎士皇が大剣を担いで姿を現した。

 間近まで迫ったレヴィアタンに臆すこともなく、傍では侍従騎士アガスティナさんと、取り囲む騎士たちも剣を抜き放ち戦闘態勢に入っている。


 主島の施設内で見た彼らは誰もが傷を負い、とても戦える状態ではなかった。

 それでも国を、民を守るために、燃え尽きるその瞬間まで奮い立つんだ。



「全艦衝撃備え、右砲雷撃戦用意」

「全艦衝撃備え! 右砲雷撃戦よーい!」



 レヴィアタンとルテリア艦隊の距離はもう五百メートルを切った。


 間近に迫るのは黒光りする巨大なカバで、その内に潜む墓守“白鯨(モビーディック)”は背中で申しわけ程度にしか船外郭を晒していない。

 ただ、【天上の揺籃(アルスガル)】がなくなったことで転移機能による艦載機の補充がなく、一波を凌いでしまえば新たに射出される特攻機もないようだ。


 そして、周囲の海面は再び墓守の油が浮き、事前の段取り通りに水棲種の水流操作でレヴィアタンを追う流れが作られている。



「サクラ、白鯨が露出したら発火! ポムはもう一度“にゃ”を頼む!」

「はい、お任せください!」

「にゃっ!」


「アサギ、核の位置を確認したら霊子力収束砲ブラスターの全力射!」

「……了解」


「ファッザーニ提督、【イージスの盾】を抜きます。攻撃を合わせてください」

「了解した。全艦に通達、全砲塔照準攻撃用意、合図を待て」


「リシィ、止めを頼む」

「ええ、ただひとふりの神器にすべてをこめるわ。だから、わたしがまた意識をうしなってしまったら、カイトがささえてね」

「ああ、リシィが目を覚ますまで傍にいるよ」

「ん……」



 全艦通達と同時に艦橋には緊張が走り、僕とリシィは右舷側の艦橋外に出て、黒杖を両手で構える彼女を背後から抱きかかえた。

 僕の胸に背を寄せるリシィの鼓動は早い。いつだって大役を任せてしまうのは、どうしたところで神器の有用性から仕方ないけど、だからこそ強く支える。



「とーりかーじ、進路0-2-0」

「とーりかーじ! 取舵十五度」

「各部砲塔、魚雷発射管、射撃用意よし!」



 海上要塞群島イスマイリアからの砲撃は途絶えることのない水柱を上げ、戦列艦の甲板で騎士皇が大剣を構えたと同時に、ルテリア艦隊はレヴィアタンと進行方向を同じくする。

 取舵を切り続け一周を回った追撃からの同航戦。各部砲塔と魚雷の射線を確保するため、艦隊は最適な砲雷撃戦位置に波をかき分けて進む。



 ――プォオオォォオオオオォォォォォォォォォォォォォォッ!!



 レヴィアタンの図体の割には軽い咆哮が大気を震わせた。

 その巨体はもはや戦列艦の間際、すべてを押し潰そうと頭を上げる。


 大型墓守でさえ【イージスの盾】ごと両断するあの技……何より空間に干渉する彼らの血……シュティーラが使えて彼に使えないはずはない……!


 そして、騎士皇は大剣を振りかぶり不敵に笑う。



「喰らうがよい!! 血界燼滅、一ノ太刀【火殫烈刃かたんれつじん】!!」



 海にまで波紋を残すような声が轟と響き、大剣が目にも止まらず血の筋を残すと、レヴィアタンの巨体によってできた高波が海面から斬り離された。



「カァアアアアッ!! 二ノ太刀【焔鬼殺刃えんきころしのやいば】!!」



 さらに騎士皇は、僕の予想だにしなかった二撃目を放った。

 一度は振りきった大剣を、無理やり上体を捻って跳ね上げたんだ。


 横薙ぎにされ、続いて下から上へと振るわれた血剣が、十文字に海を割る。


 レヴィアタンの四肢を斬る赤光と、再び胴体を左右に両断する赤光は空間にまで斬撃の跡を残し、見上げるほどの巨体はその一撃で動きを止めた。



「カイト……!」

「まだだ……!」



 ――ドシャアアアアァァアアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!



 一度は割れた海が海水を押し戻し元の姿に戻っていく。



「サクラ! ポム! 今だ!!」


「全門斉射、撃て()ぇっ!」

「全門斉射、撃て()ぇっ!!」



 ――ドドドンッ!! シュガッシュガッシュガッ!!



 そして、すべての砲が一斉に火を噴き、同時に駆逐艦の魚雷も放たれた。


 騎士皇の一撃で海面は乱れたものの、戻る海流が油をレヴィアタンの元に運び、サクラの放った炎によって辺りは一瞬で文字通りの火の海に変わる。



 ――ズズンッ!! ズンッ!! ゴガアアアアアアァァァァァァァァッ!!



 動かないレヴィアタンは図体の大きいただの的だ。機会を合わせた近接砲撃は一斉に弾着し、滑走した魚雷は海面下から巨体を押し上げるように水柱を上げる。


 衝撃は波を荒げ艦を煽るものの、僕は大揺れの中でリシィを抱き締めて安定を保ち、残された片腕で双眼鏡を覗いた。



「にゃああああああああっ!!」



 さらにはポムの“にゃ”も加わり、赤々と燃える中を青光が蹂躙していく。


 だけど、これだけやってもまだだ……。白鯨の本体が露出さえしていれば、双眼鏡で核の位置を特定できるはずなのに、まだ輪郭すら見えない。


 レヴィアタンは断続する砲撃による爆発と水柱、立ち上る炎の渦があまりにも重なってしまったため姿は見えなくなっているものの、飛び散る肉片と海に流れ出る血の量から、損傷を与えていることだけは確かなようだ。



「カイト!」

「クサカ殿!」


「まだ……まだだ……!」



 その時、燃え盛る炎と水柱の中から、巨大な尾ひれが空高く持ち上がった。

 赤く照らされるのは白銀色の尾ひれ、今度ばかりは輪郭もはっきりと映し出される。


 “UNKNOWN 白鯨モビーディック


 あれだ……だけど……。



「逃げろおおおおおおおおおおおおっ!!」



 僕の叫びは爆音にかき消され、尾ひれは最も近かった戦列艦を叩きつける。


 そうして、最後まで健在だったエスクラディエ艦隊の旗艦オーヴァルクレインは、白鯨の攻撃によって跡形もなく粉砕されてしまった。


 辺り一面の海上は黒煙に包まれ、見るも無残な肉片と木切れや鋼材が残骸として漂い、悪臭が顔を背けたくなるほどに鼻を突く。


 僕たちはその外から、この世の終わりかのような光景を眺め、炎獄の中からは白銀色の巨体が悠然とその姿を現した。



「白鯨……あれが……」



 潜水艦の形はしていない、名前通りの鯨の形だ。


 遠目に見たらただ神々しく、何も知らない船乗りが目にすれば、海の守り神とさえ思ってしまう巨影かも知れない。


 白鯨は、それまで戦列艦があった浅瀬に乗り上げ全身を晒しているけど、底に滑車でもついているかのように滑って海に戻り始める。



「カイト!」

「カイトさん!」

「主様!」

「おにいちゃん!」

「にゃあっ!」

「クサカ殿!」


「……っ!?」



 呆然としている場合ではない……今度こそ双眼鏡で然と確かめる……!



「アサギ! 核は……鯨型鼻孔位置!! 霊子力収束砲ブラスター、撃てぇっ!!」



 双眼鏡のレンズ越しに輪郭として見えた核は、“鼻孔”の直下。


 討滅が可能だとしたら、海中に戻って本領を発揮される前の今だけだ。

 白鯨は全身を青い雷光が駆け巡り、【イージスの盾】を復元しようとしている。



 ――キュアアァァァァッ……キュバッ!!



 アサギは艦橋のさらに上の見張り台からアサルトライフルで狙い、虎の子の霊子力収束砲ブラスターを放った。

 所詮は個人携行用銃器の攻撃力だけど、それでも神代の技術の産物、貫通力だけは【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】にも勝るとも劣らない。



「リシィッ!」


「月輪をすべしもの 天愁孤月をかかげるもの 銀灰をいだくもの 白金龍の血のみぎり うちて やきて またうたん ばんかいに仇するそしん 銀槍をもってうがて 葬神五槍――」



 舌っ足らずはどうしようもないものの航海中の練習が功を奏し、リシィはだいぶ滑らかになった神唱を一息で歌った。


 その間も、アサギは間髪入れずに、ニ射、三射と海に戻ろうとする白鯨を撃つ。


 四射――。


 続いて五射――。


 次で最後、六射目――。



「カイト!」

「今だ貫け!!」


「【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】!!」

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