第四十四話 海鳥が爆ぜ 翠翼は舞う
「主砲弾種対空三式弾、目標敵艦載機」
「主砲弾種対空三式弾装填、目標敵艦載機! 弾幕を張れ!」
「やはりそう簡単にはやらせてくれないか……!」
レヴィアタンの背後に進路を取り、距離が三千メートルまで縮まった辺りで、内部に存在する白鯨の上面から艦載機が打ち上げられた。
格納可能な大きさ的に、大型の猛禽類程度の翼幅を持つ墓守のようだ。
ルテリア艦隊はすぐに対空砲火を上げ始めるけど、的があまりにも小さく、空で炸裂する三式弾の弾子が偶然当たった数機を破壊するだけに留まる。
対空三式弾は、その名の通りかつて大日本帝国海軍で使われたものと同じか、同等の技術で作られたものだろう。墓守を相手に効果があるかは疑問だ。
装甲巡洋艦カルヴァディオから砲煙が空に放たれ、駆逐艦ニ隻も銃砲による対空弾幕を張り、上空では見栄えの悪い花火がいくつもの灰雲を残す。
――ドンッ!!
「駆逐艦ハシュター被弾!!」
だけど、敵艦載機は対空砲火をかい潜り、駆逐艦の一隻に突っ込んだ。
駆逐艦はすぐ回避行動を取るも、直上からも急降下する攻撃に晒される。
「特攻機か……! 提督、駆逐艦に寄せてリシィとテュルケの防御範囲に!」
「了解し……近接防御!!」
――ブオオオオォォォォォォォォッ!! ドパンッ!! ドンッドゴォッ!!
ファッザーニ提督が波間に紛れ接近した特攻機に気がついた。
ガトリング砲が海面すれすれを迫った特攻機を追従し、残り数メートルまで近づいたところで、舷側に配された防御装置から大量の針弾が放たれ迎撃したんだ。
駆逐艦と違い、カルヴァディオには巨鷲戦で力を借りたガドリング砲と、他にも近接防御システムが搭載されている。
これは針蜘蛛の鉄針砲を改良して束ねたもので、三十連装の鉄針を一度に放出するもの。あくまで手動だけど、アクティブ防護システムに近いものがある。
――ドンッ! ゴガァッ!!
「駆逐艦モーリュゲン被弾、炎上!!」
「とーりかーじ、進路1-2-0、合流する」
「とーりかーじ! 取舵十五度」
「三十五式針体拡散発射機、次弾装填急げ!」
戦闘開始と同時に、哨戒に出ていた駆逐艦とも合流する手筈だったけど、拳魚に阻まれ回避行動を取っていたせいで遅れてしまった。
特攻機は小型がゆえに爆発はそう大きなものではないけど、その数は三桁を優に超え一隻を撃沈させるには十分な量が存在している。
これでは、カルヴァディオはともかく駆逐艦がまずい。センサー類がある墓守を相手に煙幕を焚くのも自殺行為、リシィのように面防御できる能力者もそうはいない。
そして、特攻機も容易いほうを把握したのか、上空をこちらに向かっていたものまで反転し、断末魔のごとく対空砲火を上げる二隻の駆逐艦に殺到する。
このままでは、次の攻撃で駆逐艦が轟沈してしまう……!
「カイト、ノウェムがっ!!」
「え? なんであんなところに……!?」
リシィが指し示した先には、駆逐艦を背にする特攻機を阻む位置にノウェムがいた。
広い海原で、不意の敵性を警戒するために上空哨戒をしてもらっていたけど、まさか転移陣で凌ごうとでもしているのか、さすがにあの数は海上で卒倒してしまう。
戦闘中に、拳魚のひしめく海に落ちでもしたら……。
だけど、いくら手を伸ばそうとも届かない。最低でも千メートルは離れている彼女のもとに、リシィの光盾も、テュルケの金光の柔壁も届かない。
ノウェムは光翼を震わせ、遠い横顔が「くふふ」と笑った気がした。
――ゴバアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!
「はあっ!?」
「うそっ!?」
その光景を目の当たりにし、僕とリシィは同時に驚いた。
ノウェムの周囲の海面が広く翠光を帯びたのを目にした直後、駆逐艦ニ隻を守るように“水の壁”が特攻機を阻んで持ち上がったからだ。
これは……“飛翔”の能力で海水を無理やり持ち上げたのか……!
そして、特攻機は水の壁に阻まれ速度を落とし、次々と突っ込む機体と同士討ちになって爆発する。さらに爆発は追突を避けた機体まであおり、その衝撃は多くを巻き込んだ海面を陥没させるほどの大爆発を引き起こした。
「ふわわっ、ノウェムさんすごいですですっ!」
「ああ、あれだけの量の海水を持ち上げるなんて……驚いた」
「あれがセーラムの力……。本艦はこれよりレヴィアタンに接近を試みながら、残存小型飛行墓守を殲滅する。もどーせー」
「もどーせー! 舵中央、進路1-2-0、よーそろー!」
今ので特攻機はその数をだいぶ減らしたけど、残存もまだ多く、次第に崩れる水の壁を迂回して抜け始める。
だけど、今度ははっきりとノウェムが「くふふ」と笑うのが見えた。
「あれは、何をしているんだ……」
ノウェムが舞うと、どういうわけか特攻機の進路が乱れて海に落ちる。
それも、近接による爆発に巻き込まれない絶妙な距離で逸れていくんだ。
妙に思って双眼鏡を覗くと、その理由はよくわかった。
ノウェムの周りを、一定の距離を維持した青色の水球が回っている。
あれは彼女がいつも持っているペンキだ。それを無数の球状にして空中で旋回させ、特攻機の光学カメラを塗り潰しているんだろう。さらにはそれだけでなく、視界を遮った一瞬の隙に“飛翔”干渉し次々と海に落としているんだ。
僕は体が震えた、武者震いだ。ノウェムとも限られた力の中でできることを模索してきたけど、今の彼女はそれ以上の能力の使い方をしているから。
リシィ以上に、ノウェムもまた僕の知らない努力をしていたんだ。
「ノウェム……すごいわ……」
「ああ、ノウェムはセーラム高等光翼種なんて体裁がなくとも、彼女は彼女のままで誰よりも頼りになる存在なんだ……。これまでも、これからも」
「にゃあぁぁぁぁ……にゃっ!!」
そして、駆逐艦に距離が近づいたところでポムが“にゃ”を放った。
まだ遠く、ノウェムからも離れた特攻機の群れを青光のビームが横薙ぎにする。
SFゲームやアニメではよく見る光景だ。空中で次々と爆発の連鎖が起こり、あれだけ大量に存在した特攻機はわずかを残すのみとなってしまった。
「ファッザーニ提督、騎士皇に発光信号を送れますか?」
「無論。クサカ殿の噂に聞く軍師の策か、如何ように伝えるか?」
「策と呼べるものではありません。ただこれ以外にはない……あの状態で酷かとは思いますが、その所以に今一度だけ力をお借りします……!」
「まさか……」
「はい、そのまさかです。内容は――」
―――
カルヴァディオは次々と襲来する特攻機を凌ぎきり、拳魚を迎撃しながらなんとか駆逐艦と合流し、再び進路をレヴィアタンに向けた。
リシィとテュルケの防御圏を活かすために、陣形は巡洋艦中心の単縦陣だ。
「主様ぁ~、我の活躍を見ておったか?」
ノウェムはやり遂げた表情をしながら戻ってきた。
手隙の艦橋員たちが、ファッザーニ提督も含めて敬礼で迎える。
「ノウェム、もちろん見ていたよ、よくやってくれた。体の調子は大丈夫か?」
「くふふ、ならば頭を撫でて欲しいな。不思議と体の変調は少しだけに留まっておる、この程度は他愛ないぞ」
「そうか、それでも油断はできないから少し休んで欲しい。ありがとうな」
「ええ、今回ばかりは感心するしかないわ。ノウェム、わたしからも感謝を」
「ふぬっ……!?」
ノウェムの希望に従って頭を撫でたところ、リシィまで一緒に撫で始めた。
僕だけの時は嬉しそうだったのに、リシィにも撫でられたことでノウェムはどこか挙動不審になり、それでも拒絶することなくもじもじと落ち着かない様子だ。
そんな幼女が幼女の頭を撫でる光景に、艦橋内ではどうにもゆるりとした雰囲気が漂ってしまい、戦闘中にもかかわらず頬を緩めた乗組員までいる。
――ゴンッ! ドシャアアアアァァァァァァッ!!
だけど、甲板では今も乗り上げる拳魚との白兵戦が行われていた。
とはいえ、大体がサクラによる鉄鎚の一撃で粉砕され、ポムの剛腕にも拘束され海面に叩きつけられているんだ。
艦自体もテュルケに守られ、今のところは目立った損害もない。
そして、海上要塞群島の主島も目と鼻の先に迫り、上陸を許してしまえば傷を負った騎士たちからさらに多くの犠牲が出てしまうだろう。
それでも、彼らの民を守る信念は何よりもこの状況を覆す剣となるはずだ。
あそこには彼が、騎士皇カイル イーミル エスクラディエがいる。