第四十ニ話 全艦戦闘態勢
カイル……因縁を感じてしまうけど、偶然以上に測るものは何もない。
騎士皇は右腕を犠牲に消耗しているにもかかわらず不敵に笑い、その様はどことなくシュティーラと重なり、ナタエラ皇女殿下よりはよほどらしい。
「ご期待に添えるかはわかりませんが、全力で立ち向かいます」
「はっはっはっはっ! 話には聞いていたが、神を滅しようと目論み、言葉通りにそれを成し遂げてしまう能力と剛胆さ。まさに我がエスクラディエにこそ欲しい逸材よ! リシィティアレルナよ、どうだ?」
「ダ、ダメよっ! たとえ陛下からの公式なもうしいれがあったとしても、カイトはわたしの騎士なんだから、だれにもわたさないわっ!」
以前に見たやり取りだな……。
「それは残念だ。将軍に引き立て、ゆくゆくは……そうだな、シュティーラの婿にでもと思ったのだが……。ずいぶんとリシィティアレルナに気に入られたとみられる」
「んっ、んぅ……わたしにとって……とても、たいせつな人だもの……」
リシィはもじもじと視線を泳がせ、それでもはっきりと告げた。
最近の甘えは幼女化したことが原因かと思っていたけど、エウロヴェ戦のあとで昏睡から目覚め、彼女に告げられた言葉はやはり夢ではなかったのか……。
この先、お互いにどんな答えを出し、どんな未来を選択するのか今はわからない。
だけど、だからこそ現状の困難を乗り越え、望む選択肢を選んでいくんだ。
やることはわかっている。
「許せ。俺も無理強いするつもりはない、試しに言ってみただけよ」
騎士皇は途絶えることなく不敵に笑い続ける。
多くの犠牲を出した戦場のただ中で、その有様はまさに“剛胆”だ。
これが騎士皇国を統べる騎士の中の騎士、カイル イーミル エスクラディエ。
『苦しい時こそ笑え』と言った祖父の言葉を思い出す。ひょっとしたら、僕とエスクラディエの人々が持つ信念の袂は同じところにあるのかもしれないな……。
――ゴォンッ、ゴゴォォォォンッ……
――ズズズズズズズズズズズズズ……
「なんだ!?」
「現れたか、海上要塞群島の要塞砲が発砲する衝撃だ。ルテリア艦隊の到来に奴も慌て動き出したとみられる。半日振りの開戦に我が騎魂も奮えるわ! くはは!」
「そんな悠長な……!」
「これが我が国の武、我が国の矜持! 如何な相手にも引かず、臆さず、剣をこの手にできなかろうとも、この身ひとつを剣となす!」
騎士皇は血で染まった重そうな外套を引き摺り、ゆるりと立ち上がった。
背後からの物音に気がついて後ろを見ると、扉もない部屋の外では、先ほどまで意識すらなかった体の欠けた騎士たちまで立ち上がっている。
「まさか、あの状態でまだ戦おうと……!?」
「我ら“剣”、民を守るのであれば、皇とて一振りの剣であればよい」
――ザムッ! ザムッ! ザムッ!
騎士皇が踏み出すと同時に、騎士たちも踵を踏み鳴らし剣を抜いた。
それを受け、侍従騎士アガスティナさんが壁に立てかけてあった真紅の大剣を掲げると、騎士皇は残された左手で受け取り、やはり不敵に眼光鋭くニヤリと笑う。
「リシィティアレルナ、その騎士カイト クサカ、カルヴァディオ副長ヤクマインよ、俺たちに力を貸せ! ここより先は何者だとて通さん、すべてを燼滅する!!」
「カイト、やるわよ!」
「ああ、騎士の矜持、僕自身もこの心に!」
「我らルテリア艦隊、レヴィアタン討滅がためここに参戦す!」
――ゴォンッ!! ズズンッ!! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
――ザムッ! ザムッ! ザムッ! ザムッ! ザムッ! ザムッ!
砲音と施設を揺らす振動、そして勇猛な騎士たちの行進が重なり、これまで静寂の中にあった海上要塞群島は突如として戦場と化した。
いや、僕たちが訪れた最初から、ここは戦場のただ中にあった。
―――
「両舷前進微速」
「両舷前進びそーく!」
僕たちは装甲巡洋艦カルヴァディオの艦橋に戻り、艦が動き出すのを待った。
レヴィアタンの姿はまだ見ていない。海上要塞群島の主島は海岸線長が百キロメートルに迫り、最大幅は十キロもあるため、その端とはいえ停泊していたカルヴァディオはまだ島影にいるからだ。
断続する小さな砲音は、戦列艦オーヴァルクレインによる百門以上のカノン砲だろうか、その合間で一際大きく大気を震わす砲音が要塞砲だ。
海を隔てた遠くを見ると、大小様々な他の島々にも砲煙を確認できる。
「あなた方はあくまで客人だ、海上ではなおさらできることも少ない。上陸したまま、安全な場所で見守ることも許される立場で、それでも戦うと?」
ファッザーニ提督が僕たちに問う、要するに最終通告だ。
「ええ、ナタエラから正式な依頼をうけたのはわたしたちなの。おめおめとひきさがってただ趨勢をみまもるだけでは、これまで命をかけた無数の英霊にしめしがつかないわ。わたしは、こんなすがたになってしまったけれど、“龍血の姫”なのよ」
「了解した。ならば、共に戦えることを誇りとしよう」
「なにより、艦隊の奮戦にきたいするわ」
「第一戦速」
「第一せんそーく!」
「全艦戦闘態勢」
「全艦戦闘態勢!」
カルヴァディオは少しずつ速度を上げ島影から出る。
そして艦橋から左舷側を遠く望むと、初めてその巨体も見えた。
レヴィアタン……かつてエスクラディエの港湾に甚大な被害を与え、一度は討滅された大海魔獣だ。
まだ遠く距離感がわかり難いけど、夾叉する砲弾が上げる水柱と比較し、かなり巨大だということだけはわかる。
驚いたことに、その見た目は想像した水龍ではなく、“カバ”だ。
ただその外見に対しての驚きは半分、もう半分は騎士皇によるものだろう、一度は真っ二つに両断され斬り裂かれた部分を墓守が補っていたこと。
そう、遠目にどんな墓守かはわからないけど、左右に両断されたレヴィアタンを繋ぎ合わせるよう、“肉”の合間で白銀の装甲が見え隠れしている。
元々の墓守……【対亜神種用装甲機兵】にそんな機能はないため、エウロヴェによる生体組織の移植があのような異貌を生み出したんだ。
「カイト、わたしを支えて。近づいたらできるだけ攻撃をしかけるわ」
「わかった。だけどまずは艦砲と要塞砲に頼る、力はできるだけ温存して欲しい」
「ええ、このからだではあまり無理はできないものね……」
「サクラ!」
「はい!」
「レヴィアタンに対し、海上の油を引火させた攻撃は届くか?」
「あまり遠くまでは無理ですが、乗組員の方と協力できれば……」
「ファッザーニ提督!」
「火系能力者を上甲板に集めよう。ファラウェア殿、指揮を頼む」
「はい、おまかせください!」
「テュルケは金光の柔壁で艦の防御を!」
「はいですです! 別に倒してしまっても構わんのだろうですです!」
「ど、どこで覚えたんだ……。あの巨体だから【イージスの盾】も堅牢だ、防御のついでに一撃を加えられるのなら構わない!」
「やってやるですですっ!」
サクラは艦橋から飛び下り、テュルケも外部の傾斜梯子で待機する。
ノウェムは僕たちが主島上陸時から上空哨戒を続け、あとはすでにアサルトライフルのスコープを覗いているアサギと、甲板で待機するポムだ。
「アサギ! 霊子力収束砲モードで何発撃てる?」
「……六発。……それ以降の実弾は、たぶん効かない」
「わかった。墓守の核狙いで温存を、無駄弾は撃たなくていい」
「……(コクリ)」
「ポームッ!」
「にゃあっ!」
僕は艦橋から体を乗り出し、檣楼下に来ているポムに声をかけた。
どれだけ人の言葉が通じているのかはわからないけど、今はポムの野性的な強さも頼りにし、少しでも【イージスの盾】を抜くための攻撃力にしたい。
「“にゃ”は撃てるよな!?」
「にゃっ!」
「肉弾戦は砲撃に巻き込まれるといけない、艦上から“にゃ”を頼めるか!?」
「にゃにゃあっ!」
ポムは相槌を打つも、伝わっているのかはやはりよくわからない。
それでも大きな体で太い腕を振り回し、「了解」と言っているような気がする。
あとは僕だけど……遠距離手段はハンドガンのみで、神器の恩恵をほとんど失ってしまった今は、たとえリシィが銀槍を顕現したところで満足な攻撃はできないだろう。
皆を支え、観察から的確な攻撃手段を見いだし、最適な指示を出すしかない。
二つ名通りの“軍師”の役割か……足りないと卑下しないでやってやるさ。
「第ニ戦速、進路そのまま」
「第ニせんそーく!」
「進路そのまま、よーそろー!」
「左砲戦用意、目標レビィアタン」
「左砲戦用意! 目標よし!」
そして、装甲巡洋艦カルヴァディオの主砲が旋回を始めた。
距離はまだ遠いけど、的としては大きすぎる巨体が徐々に近づいている。
本来なら素人には手出し無用の海上戦闘が、今始まる。