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第三十九話 普通に出港できるはずもなかった

 お世話になった人々に見送られ、短艇で沖合の巡洋艦に乗り込んだ僕たちは、まずファッザーニ提督のいる艦橋に案内された。



「両舷前進微速、進路そのまま」

「両舷前進びそーく、進路そのままー」


「岸壁に注意、安全距離を維持」



 そして、艦は出港命令とともに港湾の出入口を目指して動き始めた。


 エスクラディエ港は外洋側を迫り出した岸壁に囲まれ、今は大型の巡洋艦が通り抜けることから、他の船舶の通行は止められているようだ。


 外洋への出口が近づき、進路が安定したところで提督は僕たちに体を向ける。



「このようなところで失礼した」


「かまわないわ。わたしたちこそ出港準備中にじゃまをしたわ。同行に感謝している、テレイーズまでの船旅ではよろしく、と乗組員たちにつたえてもらえる?」


「労いに感謝する。姫君が乗艦するとあって全員の士気も高まり、我が竜角に懸けテレイーズまでは無事にお送りすることを約束しよう」


「おねがいするわ」


「ルテリア艦隊旗艦“装甲巡洋艦カルヴァディオ”、乗艦を歓迎する」



 提督はリシィにへつらうこともなく渋面のまま淡々と話し、そんな彼の姿は僕が想像する昔気質の“海の男”そのものだ。


 海軍式敬礼は威風堂々と、僕もつい釣られそうになるけど騎士の礼で返す。


 “装甲巡洋艦カルヴァディオ”……“カルヴァディオ”とは、この時代の言語で“暁”を意味する言葉。

 重巡洋艦高雄に似た鋼色の艦体は、実際に乗り込んでみて僕は“重い”と感じた。いや重量ではなく、海に浮かぶ艦の安定が頼りになるという意味だ。


 背後では、ここしばらく見上げたエスクラディエ皇城が遠ざかっていく。

 いつだって去る時は名残惜しく、それでも未知に期待してしまう。



「外洋に進出し、巡航速度に乗ったあとは客室に案内しよう」

「ええ、それまでは仕事ぶりを見学させてもらうわ」



 大の大人に対等な物言いの幼女は外から見たら違和感があるけど、彼らにもリシィの状態は伝えてあるので、艦橋員たちはむしろ今ので奮起したようだ。


 船速にもよるけど、海上要塞群島イスマイリアまでは一週間とかからない。

 到着してしまえばすぐ戦闘となるはずなので、僕はこの間を利用してあらゆる情報を頭に叩き込み、皆や提督と共に対抗するための戦術を練りたいと考えている。



「十時方向敵性識別! 岸壁上を接近する、あれは……ぽむぽむうさぎです!!」

「なんだと!? 迎撃……間に合わん、全艦戦闘態勢! 白兵戦用意!」


「……っ!?」



 港湾の出口を目の前に、周囲を警戒する見張員が慌てた声を上げた。

 すぐに艦の十時方向を見ると、岸壁を疾走する白くて丸い物体が目に入る。


 岸壁の上にも港湾警備の騎士隊はいるけど、それを巨体で器用に避けながら、明らかにこの艦を目指してぽむぽむうさぎが近づいているんだ。


 あれは……まさか……。



「カイトさん! 私が迎え撃ちます!」

「いや……ファッザーニ提督、迎撃中止! あれは大丈夫(・・・)です!」

「クサカ殿、何を……。心当たりがあるのか?」


「……マブダチ」



 突如として襲来するぽむぽむうさぎの迎撃対応を始めた艦橋内で、アサギがアサルトライフルのスコープを覗きながら呟いた。


 やはりそうか……!



「提督、僕が対応します! サクラは一緒に来て!」


「はっ、はいっ!」

「任せよう。全艦に通達、合図があるまで待て」


「カ、カイト!?」

「リシィたちもここで待機!」

「わっ、我も主様と共に行くぞっ!」

「仕方ない、空から危険を感じたら援護を!」



 咄嗟に指示を出し、すぐにサクラと傾斜梯子ラッタルを駆け下り、僕たちが甲板に下り立つと同時に接近したぽむぽむうさぎも岸壁の端から跳躍した。



 ――ドシャアアアアアアアアアアアアアアッ!!



「にゃああああああっ!!」



 ――ゴロンゴロンゴロゴロゴロゴガンッ!!



「にゃあっ!?」



 その丸い巨体は、僕の目の前で華麗に着地したと思ったら、態勢を崩して甲板上を転がり、第ニ主砲塔に頭をぶつけてようやく止まった。


 武器を手に駆けつけた乗組員にも取り囲まれ、妙な沈黙が流れる。



「にゃ……にゃあっ」



 そうしてぽむぽむうさぎは体を起こし、まるで「問題ない」とでも言うように体を振り、あの時(・・・)と同じく僕に向けてグッと親指を立てた。


 その腕には、確かに僕が斬りつけた傷痕が今も残っている。



「おまえ……あの時の……?」

「にゃあっ!」


「えーと……なんでこんな無茶をしたんだ?」

「にゃ、にゃにゃにゃにゃ、にゃにゃっ!」


「そうか、君も一緒に行きたいんだな……」

「にゃっ!」


「カ、カイトさん、ぽむぽむうさぎの言葉がわかるのですか……!?」

「……わからない」

「えっ!?」

「いや、だけどなんとなく気持ちが伝わるんだ。彼は悪さをしに乗り込んできたわけではなく、僕たちと一緒に行きたかっただけみたいだよ」

「そ、そうなんですね……カイトさんには驚かされるばかりです……」

「はは、僕もビックリしたよ」



 僕は近くにいる乗組員に、ファッザーニ提督に連絡するよう伝えた。

 一緒に行きたいとは言っても、許可もない乗艦が許されないのは当然だ。


 しばらくしてリシィと共にやってきた提督に、僕は改めてことの次第を伝え、ぽむぽむうさぎも一緒に乗せてくれないかと頼んだ。

 帰れと言ったところで、港湾から出たばかりの艦を戻してこの巨体を聞き分けさせる一手間は、かなり無理があるのではないかとも判断したからだ。



「ぽむぽむうさぎの幼体か……クサカ殿の逸話は聞き及んでいるが、常識では計り知れない話の数々は、の状況を鑑みるに頷くしかあるまいな」


「ど、どんな逸話が広まっているのでしょうか……」

「聞きたければ航行中にお話しよう。姫君、許可を出しても構わないか?」

「ええ、かまわないわ。おどろかされたけれど、わたしの騎士がやったことだもの、ぽむぽむうさぎになつかれるくらいはいつものことよ」


「そうですね……カイトさんですものね……」

「主様は自覚なく常識を超えてしまうからな。こんなこともあるだろう」

「ふわわぁ、もっふもふふわですぅ~。あなたも一緒に行きたいですぅ~?」

「……私も……触っていい?」



 大した、というか妙な評価をされたものだけど、僕の申し出なら問題ないだろうと結論づけられたようだ。



「ならば、艦尾格納庫を提供しよう。狭いだろうが我慢してもらうよりあるまい」


「ファッザーニ提督、感謝します。乗っていいそうだ、良かったな」

「にゃあ~んっ!」



 そうして僕たちは、予感もしなかった再会を経て外洋に進出した。


 かなり広がっているけど、元は地中海だった海域を巡航速度で南へと向かう。

 直掩の駆逐艦ニ隻に前後を挟まれ、よほどの特大型墓守に遭遇しない限りは、この時代で唯一の鋼鉄の艦隊を阻むものは存在しないだろう。


 とりあえずは彼に名前をつけないとな。



「えーと……安直だけど、名前は“ポム”でいいか?」


「にゃあっ! にゃああ~っ!」



 き、気に入ったのかな……?




 ◇◇◇




 私たちはひとまず荷物を客室に置き、“ポム”がいる格納庫を訪れている。


 内部はダンスホールくらいには広いけれど、短艇などが収納されて狭まり、その一角に布を敷き詰められた彼……彼女かしら……ポムの居場所が用意されたの。



「もふぅ~、もふふぅ~、やわわぁ~ですですぅ~」

「テュルケは気にいってしまったのかしら……」

「恍惚の表情を浮かべているね……。リシィはいいのか?」

「わたしはいいわ。べ、べつに興味なんてないものっ」

「そ、そう……?」



 犠牲者はすでに三人……テュルケとノウェム、アサギまで。


 あぐらをかいて座るポムの真っ白な毛皮に埋もれ、誰も離れようとしないの。

 宿処にあったソファも離れ難かったもの、天然のものはきっと驚異となるわ。



「なんか、今まで聞いていたぽむぽむうさぎの印象とはずいぶん違うけど、実はかなり人懐っこいんじゃないか?」

「そう見えますね。ですが、あのように見えて幼体ですから、まだ人に対する警戒心が薄いのかも知れません」

「なるほど……。個体数自体も少ないんだっけ」

「幼体となるとまず見られませんね」


「姫さまぁ~、気持ちいいですぅ~。一緒にもふもふふしますですぅ~」


「わっ、わたしは……」



 ううぅ……本音はあのふわふわの毛に飛び込みたいわ……。

 け、けれど、カイトの前ではしゃぐなんて……主として……主として……。


 なぜかポムは私をつぶらな瞳で見ているけれど、釣られないんだからっ……!



「リシィ、大丈夫そうだよ。挨拶のつもりで撫でるくらいはいいんじゃないか?」


「んぅ、けれど……しっ、しかたないわねっ! カイトがそう言うのならっ、わたしとしては興味なんてないけれどっ、少しくらいはふれてあげてもいいわっ! ほ、ほんとうに興味があるわけではないのっ、そこのところを勘違いしないでよねっ!」


「うん、それで構わないよ」

「んぅぅ……」



 けれど、この小さな体のせいもあるのか私の我慢は限界だった。


 カイトの勧めるまま、テュルケに誘われるまま、真っ白なふわふわに私の脚は勝手に駆け出して飛び込んでしまったの。


 こっ、これは……言葉を失ってしまうほどに……。



「ふにゅ……ふわふわぁ……」



 うぅ……恥ずかしい……。

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