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第三十八話 海を越え遥か東へ

 ファッザーニ提督との面会は航路や行程について、ナタエラ皇女殿下からの依頼にも言及し、二時間ほどで話し合いを終えたあとは屋敷に戻ってきていた。



「君たちがいなくなると寂しくなるねぇ~」

「スグさん、出港まではまだ日数があるんですが……」

「好みの問題さ。残り日数を指折り数えるのは苦手なんだよぉ~」

「それは、確かに……」



 艦隊が入港したばかりで出港日はまだ決まっていないけど、エスクラディエには一週間ほど滞在する予定とのこと。


 この間は、艦の点検や皇女殿下からの支援物資の積み込み、もちろん乗組員たちの休暇も含まれ停泊中は半舷上陸を続けるそうだ。

 航海準備が整ったあとは、エスクラディエ騎士団と魔物、そして墓守が三つ巴となっている戦場、海上要塞群島イスマイリアに向かう。


 今も南の海上では戦闘が行われているのだろうか……。



「お船の上は苦手ですぅ……」

「苦手? 船酔いとかするのか?」

「テュルケはゆれる足場がにがてなの。いざ魔物とのせんとうともなれば、帆柱のうえをとびまわるのにね」


「そうか、今回は排水量の大きい艦だから多少はマシだと思うよ」

「そうなんです? ふぁ~、よかったですぅ~」


「ところでカイト、ルテリア艦隊のふねはなにがちがうの?」



 屋敷の歓談室に備えられたソファで、僕の隣に座ったリシィがテュルケに髪を結われながら首を傾げている。徐々に整えられるツーサイドアップはかわいい。



「技術の世代が違うと言えばいいのかな。各国がいまだ戦列艦を用いる時代に、唯一の近代化艦船が存在するのは異常なことだ」


「せんれつかんは知っているわ。わたしの国にもあるもの」


「最近じゃ戦列艦もようやく装甲化されてきたけど、魔物相手ならともかく墓守には木造の帆船では力不足なんだよねぇ~。その点、ルテリア艦隊は対墓守のために建造を許された鋼鉄の艦だから、あらゆる面で優位なのさぁ~」



 レビィアタン討滅に向かったエスクラディエ艦隊の艦艇の中では、最大のものでも三層甲板式戦列艦となる。

 これは七十メートル弱の砲列甲板を備えた帆船で、前装式カノン砲百二十門を備えているけど、砲門数が多いだけで墓守には効かないだろう。


 そうなってくると頼れるのは人の固有能力だけで、それも海上となると満足に戦えるのは水棲種のみともなる。


 だからこそ、武に秀でた騎士皇国でさえルテリア艦隊に支援を求めたんだ。



「見たところ帆もないようだったわ。アルテリアと似たような仕組みでうごくものと思っていいのね」

「風力でないことは確かだけど、まあ空を飛んだりはしないだろうね」


「そっちは専門外だけど、艦の内燃機関は神代遺物だと聞いたことがあるよぉ~。今ルテリアにいるアシュ……なんとかさんの協力があれば、さらに出力向上も見込めるかも知れないねぇ~」


「ああ、やはり神代遺物なんですね。燃料補給の心配がありましたが……とすると【虚空薬室ヴォイドチャンバー】に繋がっているのか……。それはそれで心配だ……」

「ラトレイアの底にある神力の塊ってやつだね。少しずつ大地に返してるって話だけど、その辺は大丈夫なのかい?」

「今日明日でなくなるものではないので、海上で突然停止するなんてことはさすがにないそうです」

「それなら私も安心だよぉ~」



 スグさんは納得したようで腕を組んでうんうんと頷いた。

 質問したリシィもアルテリアを思い出したのか、「すごいのね」とやはり頷いている。


 なんにしても、海上に出てしまえば僕たちがやれることは少ない。


 そうして夕食の前に情報のやり取りも含めた歓談をしていると、サクラとノウェム、それにサクラコさんが食事を運んでやってきた。



「おおぉ~、モテガキじゃないか! サクラコさん、どうしたのこれ?」

「ルテリア艦隊から分けてもらったものだそうですよ。スグさんの好物ですね」



 スグさんが喜色を現したのは、サクラコさんが手に運ぶ謎の料理だ。


 人の頭大の巻き貝から、無色透明でゼリー状の何かが器の上にでろんと流れ出ていて、国産RPGでよく見たスライムの亜種のようにも見える。


 モテガキ、牡蠣の一種だろうか……正直な気持ち僕は手を出したくない。



「カイトさんもどうぞ。私も始めてですが、珍味だそうですよ」

「あ、ありがとう……サクラ……」



 だがまわりこまれた、にげられない!



「我も手伝ったの。どうぞ、主様ぁ~」

「二つも要らないよ!?」

「うぐぅ……我のは要らないと申すのか……」

「いただきます!」



 ファッザーニ提督が航行中に獲ったとくれたものだけど……これでも栄養価が高いらしく、味はともかく普通に食べられるものと教えてくれた。味はともかく(・・・・・・)


 ま、まあ同じ来訪者、スグさんの好物なら見かけほど酷い味ではないんだろう。


 料理が並び皆が席に着いたところで、全員で一斉にモテガキを口に運ぶ。



「ゴボォッ!? にっがっ!?!!?」

「んにゅぅっ!? やぁぁっ、にがいぃっ!!」

「んんっ!? けほっ! けほっ!」

「きゅぅ……」

「ふえぇぇっ!? やばいですですぅーーーーっ!!」

「……まっず」


「あっはっはっ! 味覚音痴だってよく言われるよぉ~!」


「それを早く言ってください!?」



 もっとプルンプルンかと思っていたら、口に入れた途端に砂鉄を噛みしめる感触が広まり、さらにはこの世のものとは思えない苦味が口内いっぱいに充満したんだ。


 スグさん以外は全員が顔をしかめ、ノウェムなんか一口で気絶してしまった。


 そんな大惨事の中、サクラコさんは何事も経験ですとでも言うように、あらかじめ用意していたらしい牛乳をコップに注いで配っている。



「えぅぅ、カイトォ……あぅ、にがいぃ……」

「リ、リシィ、すぐに口直しを……。これは酷い……」


「んっ、んっ、んっ、んくんくんく……ふやぁ……」



 今のリシィの味覚では余計に耐え難い衝撃だったんだろう、彼女は涙目で僕の膝の上によじ登ってきたので、すぐに抱き上げて牛乳を飲ませた。



「んっ……ありがと……」



 勢いよく飲み干したことで、白くなったリシィの口周りを僕は丁寧に拭う。

 どうも子育てをしているような気分だけど……これはこれで役得だ。



「うぅ……まだ口の中がにがいわ……」


「ふふっ、こんなこともあろうかと、生クリームたっぷりの甘いケーキも用意しておきました♪ 皆さん、食事のあとで食べましょうね♪」



 満面の笑顔で用意周到なサクラコさんも確信犯だな……お茶目か……!


 幸いにも、他はサクラの作った美味しい料理だったので、なくならない苦味を我慢しながら食事を終え、僕たちはようやく甘いケーキを食べこれもにっがっ!?!!?


 冗談はあとに残らないくらいで勘弁して欲しい……。




 ―――




 艦隊入港から八日目の早朝、僕たちは昨晩のうちに出港準備が整ったとの連絡をもらい、後ろ髪を引かれる思いで港まで来ていた。


 乗り込む短艇を前に、僕は見送りのダレッジマンさんから書類を受け取る。



「クサカ、現状でわかってる落下物・・・の落下予測地点だ。近場まで行けば最寄りの人里で詳しい情報があるだろ。こちらで調査できるのはここまでだ」


「ありがとうございます。これでだいぶ範囲が絞れます」



 こちらからの頼みもあり、神龍テレイーズに関連すると思われる現象を、ナタエラ皇女殿下の指示で探索者ギルドが調査してくれていたんだ。


 特に落下物……【天上の揺籃(アルスガル)】から剥離して地上に落ちた物体の情報が主。



「私からはこちらを。ナタエラ様から、お約束の御印でございます。他にはない特注品となりますので、どうか失くさぬようお気をつけくださいませ」


「ありがとうございます。依頼に全力を尽くしますとお伝えください」



 ダレッジマンさんと一緒に来た皇女殿下の侍従長からは、盾の表面に燃える剣が彫り込まれた掌大の金属板を受け取った。

 これは各地の港湾での優遇措置や、他国との交渉をする際にも後ろ盾となる特に重要なものだ。これを失くすということは、皇女殿下の顔に泥を塗るに等しい。


 恩義に報いるためにも、受けた依頼はしっかりと完遂させたい。



「また寄ってねぇ~、先生楽しみに待ってるからぁ~」

「はい、次はもっとゆっくりさせてください」

「絶対だよぉ~」


「お母さん、行ってきます」

「サクラ、カイトさんを支え、しっかりと一人前の監督官としての責務を果たしなさい。そうですね……海上では何かと大変ですから、子どもはまず一人! いいですね?」

「サクラコさん!? 何を言っているんですか!?」


「はい! この身の全てを捧げ成し遂げてみせます!」

「サクラァッ!?」


「カイト、むやみに手を出したらわかっているわね……?」

「リシィ!? さすがにこの旅では手を出さないよ!」

この旅では(・・・・・)……?」


「はっ! 我が主の命に従い、断じて間違いを起こさぬよう誓います!!」


「くふふふふ、愉快な家族よ」

「ですですぅ」

「……船、出る」



 僕たちは大陸を飛び出し、今ここから大海原を東へと渡る航海に出る。

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