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第三十七話 ルテリア艦隊の寄港

 ナタエラ皇女殿下に招かれた日から一週間が経過した。


 その間は目立った動きをするでもなく、ただ体を休め、他にも魔物と世界、何より歴史についてをスグさんの元で勉強している。彼女はすぐに笑い出すけど、アケノさんよりは話になるから会話形式でいろいろと学べるんだ。


 そして今日は、ルテリア艦隊の係留されている港に行く予定。

 到着が予定より遅れたものの、特に何事もなく巡洋艦一隻、駆逐艦二隻がまだ太陽も昇りきらない明け方に入港したそうだ。



「サクラ、ジャマイゴンの皮は剥いたけど、あとは一口大に切るだけ?」

「はい、お願いします♪ リシィさんのお口に合わせていただけたら♪」

「う、うん」



 ここに来てから……いや、もう少しあとからか……最近のサクラは、僕にまで嬉しそうな感情が伝わるほど、どうしてか楽しげに声音を弾ませている。


 やはりサクラコさんが傍にいるせいか、幸せな親子の関係は何よりだと思う。


 ひとまず、僕は言われた通りにジャマイゴン……ジャガイモのような食材をできるだけ小さめに切っていく。今はサクラと並んで朝食の準備をしていて、ジャマイゴンは身の形をそのまま残したゴロゴロポテトサラダにするらしい。



「痛っ!?」

「カイトさん!?」

「指を切った……」



 しまったな……サクラの横顔があまりにも嬉しそうだったから、包丁を使っているにもかかわらずつい横目で眺めていたらこのザマだ……。


 切ったのは人差し指で、滴る血が流しの底で水と混ざり合って滲んでいる。



「見せていただけますか!?」

「ご、ごめん……。深く切ってしまったようだ……」


「すぐに治療します!」


「ふぉっ!?」



 サクラはそう言うと、ためらいもせずに僕の人差し指を自らの口に含んだ。


 彼女は舌で血を舐め取ってくれているようで、暖かくもぬめりと絡みつく感触と、不意に訪れたこの状況に僕の心臓は速鳴るどころか止まってしまいそうだ。


 こ、これは柔らかすぎる……。



 ――チュパッ



「ん……はぁ……」

「あわわ……」



 さ、さらには、飲み込んだ指が舌から離れる水音と、艶かしく吐かれる彼女の吐息に、僕はもう堪えることもできずに姿勢を前屈みにされてしまった。


 なんでこうまでしてくれるのか……と、とぼけるのもいい加減にして、僕は先日サクラコさんにした誓いを本人の前で思い返す。


 本当にいつも僕のために……。



「サクラ……その、ありがとう」


「はい。気をつけてくださいね、カイトさん」



 サクラは棚から絆創膏を取り出すと傷口に貼りつけ、かえって嬉しそうに目を細め極上の笑顔を見せてくれた。


 だけど、最高の笑顔を目の前にしながら、僕はいまだに前屈みだ……!




 ―――




 朝食を済ませたあと、僕たちは目的の港まで足を運んだ。


 港湾を目の前に振り返ると、皇城の威容をすぐ傍から見ることができる。

 皇城は海側からだと航宙艦としての外観はなく、白を基調とした所々の赤が映える城壁に囲まれた石造りで、火砲が海を睨みつけるよう各所に配されていることから、外敵に対する備えは申し分ないだろう。


 奥行きのある港はそこかしこに大きな倉庫が建ち並び、降ろされた荷とそれを運ぶ荷車、船乗りと商人と騎士、溢れ返った人々が所狭しと行き交っていた。



「へえ、街を警備していた騎士とはまた装備が違うんだな」

「何かあった時に、金属製では海中で行動することもできませんからね」

「なるほど、革製が目立つのは文字通りの“海兵”でもあるからか」



 騎士の装備は所属や配備場所でかなりの差があるらしく、内陸側の街ではサーコートの金属鎧、ルテリアに近づくにつれて全身鎧フルプレートアーマーが多かったように思える。

 そしてこの場所、港を警備する騎士のほとんどは革鎧で揃えているようで、どうやら一部の隊長格のみが金属と皮の複合鎧となっているようだ。



「ふわぁ、珍しい品物がいっぱいですです! 姫さま、あれはなんでしょうかぁ?」

「なにかしら? ただの箱のようにも見えるけれど、用途がわからないわ」


「主様っ、主様っ、甘い匂いがするのっ! 食べていかぬかっ?」

「うん、いいけど、先にルテリア艦隊と合流してからね」

「あいっ!」



 港を歩きながら、皆は商店に並んだ数多くの珍しい品物に興味津々だ。

 辺りに漂うのは潮を含んだ海の香りと食べ物の匂い、商品は日曜雑貨から用途不明のものまで、世界各地から集ったもののようで僕も興味はある。


 リシィとテュルケが眺めている箱は僕も始めて目にするものだけど、なんか見覚えのある家電メーカーのロゴが入っているような……まさか、ゲーム機?



「……プレイターミナルZ……お父様も持っていた」



 その箱を僕も一緒に見ていると、アサギが背後からポツリと呟いた。



「やっぱりか、僕の時代ではまだ“4”だったな……」

「カイトさんがご存知のものですか?」

「僕もこれの旧型なら持っていたよ。いちおうは【神代遺物】だと思うけど、こんな無造作に置かれているものなんだな」


「届け出は必要ですが、専門店でなければ機能の失われたものしか扱えないため、これは骨董品として愛好家に買われることを目的としていますね」


「ああそうか、もう動かないのか……ちょっと残念……」



 つまり、今となってはただの古美術の類でしかないのだろう。

 なんにしても、僕にとっては懐かしいばかりの感傷の込められた遺物だ。



「カイト、見て。いぜんわたしたちがルテリア湖でみた船よ」



 そして埠頭に抜けたところで、リシィが沖合に停泊する大きな艦影を指差した。


 周囲が帆船ばかりの中で、二隻の駆逐艦は離れた岸壁に停泊しているけど、さすがに巡洋艦は場所がないらしく一隻だけ沖合で錨を下ろしているようだ。

 その姿は、以前リシィとルテリアの湖岸で見たものと同じく、かつての連合海軍重巡洋艦高雄型に酷似した艦影で非常に目立ってしまっている。


 周囲の岸壁に視線を送ると、鋼鉄の艦の様子を観察している人々も結構な数がいるけど、遠く眺めたところで建造できるような代物ではないだろう。


 そう遠くない将来、技術が開示されたあとで帆船に取って代わるのは確かだ。



「教えられた仮宿舎はあちらのようです」

「あ、うん。へえ、赤レンガ造りなんだ、趣があるね」

「カイトさんとリシィさんと一緒に訪れた横浜の街を思い出します」

「うん、焦っていたとはいえ、もう少しゆっくり見て回れば良かったよ」

「それでも、私にとっては大切な思い出ですよ。ふふっ」


「ぐんぬぬ……我も一緒に行きたかったの……」

「お、おお……これからは一緒に世界を見て回ろうな!」

「絶対だからな! 絶対の絶対に約束なの!」



 僕たちは人波をかき分けて埠頭を進み、ルテリア艦隊の乗組員が仮宿として宿泊する赤レンガ造りの建物に向かう。

 西洋的なデザインのため、リシィとサクラと一度は行った……というよりは通り抜けた、横浜の赤レンガ倉庫を思い起こす外観だ。


 艦隊が到着したばかりで出港はまだ先だけど、僕たちはまず顔合わせをするため建物の入口に近づいていく。



「ノウェム メル エルトゥナン様、リシィティアレルナ ルン テレイーズ様、カイト クサカ様とその御一行様ですね。お話は伺っております、どうぞこちらへ」



 近づいただけで、僕たちに気が付いた守衛の青年が声をかけてきた。

 そのまま先導され、外の喧騒とは裏腹なモダンな廊下を角部屋まで案内される。


 青年は扉をノックして内部に声をかけ、僕たちは特に何もすることがない。



「提督、お連れしました」

「待て」



 扉越しのくぐもった声のあとで室内を足音が近づき、やがて扉が開いた。


 内部にいたのは、白い海軍礼装の来訪者……ではなく、よく見ると耳の上部から後頭部へと向かう角を生やした、竜種の男性だった。

 精悍な顔立ちは深く皺が刻まれ、全身から醸し出される歴戦の雰囲気は、ただそこにいるだけで見る人を圧倒してしまうほど。赤眼で髪は灰色のオールバック、丁寧に切り揃えられた顎髭は『提督』と呼ばれるに相応しく立派だ。


 その厳しい顔立ちの男性は、僕たちに向かって姿勢を正し海軍式の敬礼をする。



「ようこそ参られた。私はルテリア艦隊司令、ディケウス ファッザーニ。歓迎する」



 僕たちの同伴者、長い船旅で命を預けることになるのが彼だ。

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