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第三十三話 へんしつしゃ が あらわれた!

 エスクラディエ皇城に向かい、僕たちは双胴の艦体の合間を進んでいる。


 改めて近くから見上げる艦……いや、城はやはり巨大だ。

 この分だと全長は千メートルに達し、双胴部だけでも全高は百メートルを超えそうなものの、周囲を取り囲む構造物が隠してしまい本来の形状はわからない。


 その威容は他者を圧するだけの存在感があり、ただ城の北側は当然巨大な艦体の陰となっているため、住居などは東西に距離を空け区画整備されているようだ。


 ルテリアより南下して気候はだいぶ暖かくなっているけど、城の陰に入ると冷えた空気が肌を撫で通り過ぎていく。



「この馬車は城に向かっているんですね」


「騙したようですまんな。エリッセからの手紙で頼まれたが、俺にもここでの立場がある。見たところテレイーズの近衛騎士剣を持ってるようだが、何者だ?」



 シュティーラにしてもエリッセさんにしても、いろいろと取り計らってくれているようだけど、誰が誰にどう伝えているのかまったく情報がない。

 それでも現状を整理するとなると、エリッセさんからは探索者ギルドに、シュティーラからは皇城に、なんらかの連絡を入れているのは間違いなさそうだ。


 馬車内では片側の椅子に皆で座り、対面のダレッジマンさんと向き合っている。



「ん……カイト、もういいわ。隠していてもためにならないもの」

「いいのか? リシィが会いたくなかった相手に……」

「ここまで来たらいずれは見つかってしまうから、今さらよ」

「それは、確かに……リシィがそう言うのなら……」



 僕たちの会話に、ダレッジマンさんが訝しげな視線を向ける。



「わたしの名はリシィティアレルナ ルン テレイーズ。このような姿で失礼するわ」


「何を言ってる? “龍血の姫”といえば十代も後半のはず。名を騙ると……」


「こやつはテレイーズの姫で間違いないぞ。我が保証する、納得せよ」



 ダレッジマンさんの反応は当然のもので、さらに疑いを強めた彼に対し、ノウェムが光翼を展開して自らの証明も同時にした。



「おっ!? セーラムの……!?」


「とある【神代遺物】の暴走で彼女はこの姿に。まあ、本人が恥ずかしいと隠していただけで、それ以上の他意はありません」


「んっ!? カイトッ、それはないしょにしてっ!」

「あっ、ご、ごめん……」



 リシィは僕の余計な一言で頬を膨らませ拗ねてしまった。



「……姫君に対し非礼を詫びる。エリッセも伝えてくれればいいものを……半年前に起きた一連の騒動で功績を上げた探索者、としか書いてなかったからな」


「わたしのこの状態も公にはできないものだったから、気にしなくてもいいわ。それよりも、皇城にむかっているということは……」

「探しているのは皇女殿下ですな。面識があると聞き及んでますが」


「そう、やはり彼女なのね……。危険だからできれば素通りしたかったわ」

「き、危険……なのか……?」

「彼女はスグと同類といえばわかるかしら?」

「ああ……」



 要するに、その皇女殿下も小さい子が好きなのかな……。




 ―――




 エスクラディエ皇城、内部は至って普通でSF色はなくなっていた。

 普通・・の西洋風な石造りで、白を基調に赤が差し色となった普通・・の城内だ。


 少し残念……。


 そんな城内を、僕たちは騎士と侍女に先導され、美術品よりも武器や鎧の類が多く飾られた廊下を奥へと進んでいく。

 入った早々に、おそらくは謁見の間に続く大廊下からは外れたので、いきなり騎士皇の前に連れて行かれることだけはなさそうだ。


 やがて、いくつかの階段を上って高層階の一室まで辿り着き、侍女のノックのあとで両開きの扉が開け放たれた。



「あっ……ああーっ! 待っていたわっ! 待ちくたびれていたわっ! あはぁーっ! なにっ、これはどのような神龍の思し召しなのっ、最高だわっ、最高だわっ! もう離さないわっ、わたくしのものになりなさいっ、じゅるり……あらはしたない、まずは共に浴室に参りましょうっ! ええっ、そうしましょうっ!」


「……」



 へんしつしゃ が あらわれた!



「うにゅうぅぅ……やーーっ! はなしてぇっ! カイトッ、たすけてぇっ!」



 僕たちが扉から室内に踏み入った途端、リシィは何者かに勢いよく抱き着かれ揉みくちゃにされてしまったんだ。

 顔を真っ赤にしたリシィに助けを求められるものの、おそらくはこの変質者が皇女殿下なんだろうと察し、僕はおいそれと手を出せずに困惑する。



「あの、リシィが困っているので……」

「やめんかーーーーーーーーーーーーっ!」


「あっはっはっはっ! 見ているだけでおもしろい!」



 結局、僕がリシィを抱き上げ、ノウェムが変質者を引っ叩いて制した。

 部屋の奥では、こちらの様子を遠巻きにしたスグさんが大笑いしている。


 皇女殿下(変質者)の頭を引っ叩けるとか、唯一できるとしたらノウェムだけだよ……。



「うぅ、酷いわ……可愛がっているだけなのに……。わたくし、お父様にも打たれたことないのよ……いったい何者が……じゅるっ……」



 その女性は豪奢なドレス姿のまま床に伏せ、「よよよ」と泣き崩れたと思ったら、今度はノウェムを見てヨダレを垂らした。


 これは完全に、かつていなかったやばい人で間違いない……。




 ―――




 場所を移し、皇女殿下の私室。



「わたくしはエスクラディエ騎士皇国、第一位正統皇位継承者、ナタエラ リオル エスクラディエ。どうかお見知りおきを。セーラムが地上に下りたとは聞いていましたけれど、まさかまさか、リシィと共にわたくしのもとにお出でくださるなんてっ、ハァハァ……は、鼻血が……はしたないわ。それもこれも、ふしだらなわたくしのもとにこのような純粋可憐な美少女ばかりがなんたらかんたら……」



 このお方がへんた、皇女殿下らしいけど……彼女は自己紹介を始めたのも束の間に、すぐ陶酔状態となりまったく話が進まなくなってしまった。

 さらには、あろうことか本当に鼻血を出し、侍女にティッシュと呼ぶには硬そうな紙を鼻孔に突っ込まれている。



「皇女殿下なんだよな……?」

「ええ……むかしからあのままよ……」

「小さい女の子が好き、と……」


「その通りよ。わたしは幼いころから目をつけられ、『このままの姿で永遠の檻に閉じ込めてしまいたいわ』とも言われたことがあるの」


「うわぁ……」



 “騎士皇国”と言うくらいだからそこに住まう人々は根っからの武人、まさにシュティーラのような印象を抱いていただけに、目の前で恍惚の表情を浮かべる皇女殿下の様に僕は度肝を抜かれてしまった。


 見た目だけならシュティーラにも似て、赤い瞳に燃え上がるような赤いウェーブヘアー、それにドレス自体も白を基調に赤で彩られ、額には鬼の角が二本。

 剣を携え騎士団を率いて戦場の際に立てば、戦乙女もかくやというような見目にもかかわらず、今はだらしなくヨダレを垂らして目も当てられない。


 これで皇位継承者……大丈夫なのか、この国……。



「殿下が正気を取り戻すまで、しばらくお待ちいただけますか」


「ええ……いつものことだわ……」



 室内にいる数人の侍女の中でもっとも上役と見られる女性が、ソファに座る僕たちに紅茶を差し出しながら告げた。


 皇女の部屋だけあって室内はダンスができるほどに広く、僕たちが座るソファも全員で座って余りあるほどだ。

 今は片側のソファに、僕とサクラで挟んでリシィとノウェムが座り、対面のソファにはスグさん、テュルケに至っては広い部屋の隅に退避している。



「それで、スグさんもいるということは……」


「ごめんごめん、リシィちゃんがお忍びがいいと言うから、私は一言も話してなかったんだよぉ~? だけど、シュティーラから書簡が届いたようでね、君たちの現状は粗方が伝わってたみたいなんだよぉ~」


「んぅぅ……なぜシュティーラはそんなことを……」


「それはほら、ナタエラはこう見えて、エスクラディエの貿易関連のほぼ全てを掌握してるからさ。無理やりでも繋いでくれたんじゃないかなぁ~」



 スグさんは我が家でくつろぐようにソファでふんぞり返って言った。


 彼女はこの場所にいて特に緊張もなくリラックスしているので、家庭教師というだけでなく公私ともに皇女殿下とは親しいのだろう。



「なるほど……。現在の外洋における魔物の生息域の変動や、さらに頼るのなら、神龍テレイーズの行方についても情報を得ているかも知れない……。と、シュティーラが考えてのことですね」


「どうだろうねぇ、シュティーラにしてもああ見えて驚かせるの好きだし」


「……」



 そう言うスグさんは僕たちを見て楽しげだ。


 ま、まあいい……考えたところで結論は出ない……。

 今は何より、外の世界の詳しい情報を得ることが先だ。


 そのためにも、まずは皇女殿下が正気に戻るのを待たないと……。

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