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第三十二話 買い物に出ただけなのに

 ――エスクラディエ騎士皇国、新市街区商業街。


 朝食後、外出した僕たちが訪れた場所はアーケードを備えた商店街だった。



「凄いな、これほどの規模の施設があるのか……」



 アーチ状の天井はガラス張りで、通り沿いに建ち並ぶ両端の建物と中央部の柱によって支えられ、逆側の出入口が小さく見えるほど遠くまで連なっている。

 それでいて二階建ての商店が建ち並ぶ路の幅は二車線ほどと、ヨーロッパに古くから存在した商店街がこんな雰囲気だっただろうか。


 さらに内部は馬車での乗り入れも禁止されているため、行き交う人々で足の踏み場もないほどにごった返していた。



「エスクラディエにはこのような商店街が三つ、露店街が九つ存在しているそうで、騎士団の存在もあって安全な商取り引きを行えるそうですね」


「なるほど……武力だけでなく、貿易港としても発展しているわけか」

「何よりの特産品が、【重積層迷宮都市ラトレイア】からもたらされる遺物ですから」

「だからかつては、ラトレイアの所有を巡って紛争が絶えなかったと……」

「はい……ですが、それ以上に敵対的な存在があの場所には存在しました」


「墓守……【鉄棺種】……」


「変な話ですが、周辺各国は墓守の存在があったからこそ協力関係を築き、一国が独占しないことを条件に条約を締結したのが、この地域の歴史です」



 そして、セントゥムさんの所属するテランディア神教国も、中立の立場としてラトレイアを共同管理下に置いた……というのがルテリアの成り立ちとのこと。



「国の利権に絡む話はなくならないもんだな」

「仕方ありませんね……。誰もが己の利を第一に考えますから」


「そうだね……。それはそうと、サクラは僕たちと一緒で良かったのか? 航海に出てしまえば、サクラコさんとまた当分の間は会えなくなるけど……」


「カイトさんのお傍は離れません。無理をしないようお目付け役です」

「は、はは……ごめんなさい……」



 僕たちは人混みの中を歩きながら、あてどもなく店を見て回っていた。


 船旅のために必要なものの一覧を作り、張り切ったテュルケが率先して買い揃え、今も意気揚々と雑貨店に突入しては何やら店主と交渉している。


 僕はと言うと、店内の商品を適当に眺めながら、迷子になってはいけないと腕にしがみつくリシィとノウェムのお守り役だ。


 サクラも傍に、アサギは来て早々にいなくなり、たぶん迷子。



「リシィよ、おぬしはいつも必ず主様の左側・・におるが、生身の手を欲してではあるまいな……」

「んにゅっ!? しょっ、しょんなことはにゃいわっ!」

「盛大に噛んでおるが……ならば交代せぬか? 義手の腕は硬……」

「やっ!」

「おぬし、やはり狙っておるではないか! ずるいぞ変われ!」

「やーーーーっ!」

「変ーわーーれーーーーっ!」

「やーーーーーーーーーーっ!」


「ふ、二人とも……店内ではお静かに……」



 何ごとかと、店員も他の客もこちらに視線を向けている。


 そういえば、リシィは以前から大体が僕の左側にいるけど……そうなのか?

 今でこそ右腕は一般的な甲冑の様となっているけど、神器だった頃は尖っていたから、僕自身もリシィの右隣に並ぶようにしていたんだ。刺さるし。


 なんにしても、今のリシィはわがまま言い放題の駄々っ子姫さまで、大人しく言うことを聞いて譲るとは思えず、案の定ノウェムのほうが引いた。



「えへへ~♪ おまけしてもらえましたですぅ~♪」


「お、取り引きお疲れさま。ここでも宅配を頼めるんだね」

「ですです! でもでも、許可がいる地域みたいで少し遅れるそうですっ」

「そういえば、騎士が特別警護地域とか言っていたな」


「スグさんは騎士皇預かりの客人となっていますからね。あのように見えて、エスクラディエでは要人としてもてなされているようです」


「以前、教師として招かれたと聞いたけど……その相手は……」

「第一位皇位継承者、皇女殿下と聞いています」

「そんな人の屋敷に僕たちが出入りしていて大丈夫かな……」

「ご本人は気にすることないと言っていましたが……」



 これは、先手を打ったほうがいいかも知れない。


 『人の口に戸は立てられぬ』と言うくらいだし、早ければもう僕たちの情報は然るべきところに伝わっている予感さえする。

 いきなり捕縛されるなんて事態にはならないだろうけど、いざとなったらシュティーラの短剣と証書、後はノウェムの存在でゴリ押しだ。


 むしろ、神龍テレイーズの情報が欲しいから、リシィには我慢してもらって国の協力を仰ぐ必要もあるかも知れないな。



「ひとまず、予定通り買い物が終わったらギルドに行こうか。迷子のアサギにしても、探すよりは待っていたほうがいいだろう」


「はい、そうですね。何かあれば私が……」

「穏便にね……」



 そのあとは、人混みに揉まれながら各商店を経由し必要なものを買い揃え、当初の予定に組み込んでいた通り探索者ギルドを目指した。




 ―――




「はい、国際通貨証明ですね、承っております。ルテリア探索者ギルドの証書が必要となりますが……ありがとうございます。すぐに確認を……えっ!?」



 探索者ギルドにやって来た僕たちは、貿易港ともなるエスクラディエのギルドでしか受け付けていない、“国際通貨証明証”の発行を申請した。


 それは、一言で説明するなら“クレジットカード”のようなものだ。

 加工不可の特殊な鉄板に情報を刻むらしく、遠隔地を目指す場合はこうして資産証明を発行してもらい、各地のギルドで同様の金額を下ろせるとのこと。


 まあ、もちろん距離に応じた手数料は取られる。



「えとっ、あのっ……おっ、お時間をいただきますっ! しばらく待合室でお待ちくださひぃっ!」



 僕たちを対応してくれた兎獣種の女性職員は、最後は悲鳴のような声を上げ大慌てで奥に行ってしまった。



「金額が多かったんじゃないだろうか……」

「あれでもかなり減らしたつもりなのですが……」


「カイトはともかく、サクラは意外ね」

「私はルテリアの外については疎いので、国際的な相場がわかりません……」


「リシィとテュルケが旅に出る時は、どのくらいの持ち合わせがあったんだ?」

「わたしたちは飛び出してきたようなものだから、足りなくなったら遺物をさがして売るのよ。見つからないときは、なんにちもお腹をすかせたものだわ。ね、テュルケ」

「はいですです! エレビアの遺構に入った時は大変でしたぁ~」


「人の数だけ物語はあるか……」



 僕たちの資産は、これまでの功績のおかげで潤沢にある。


 国際通貨証明証には保険もあるそうだけど、やはり落とした時が洒落にならないので、ルテリアでの証書は総額の一割以下で発行してもらったんだ。


 それでも、あの反応をされた。



「世界各国の金銭相場については後回しにしていたからな……ここに来て世間知らずが露呈するとは……」

「私も少しは勉強しておくべきでした……」


「案ずることはない。金銭の概念自体がなかった我でも、二年以上に渡り世界中を旅することはできたのだ。心して頼るがよいぞ。くふふ」


「本当にリシィとノウェムが頼りだよ」

「私もいますですです!」

「ああ、テュルケも頼りにしている」

「えへへ~♪」



 そんなことを話していると、先程の職員が上司と見られる男と戻ってきた。


 男は二十代後半くらいで、比較的地球人類種に近い外見をしているけど、腰まで伸ばした灰色の髪がぼんやりと発光しているので、どこか神秘的だ。


 男はこちらを一瞥し、嘆息しながら口を開いた。



「俺はここのギルドマスター、ヴィルム ダレッジマン。挨拶はいらん、エリッセから手紙を受け取ったが……おまえさんら、なんかやらかしたか?」


「え? なんの話ですか……?」

「騎士団が探してるぞ」


「えっ!?」



 やらかしも何も、到着したばかりでスグさんの屋敷で一夜を明かし、朝はリシィと展望公園に行っただけで、特には……はっ!? そういえば、外壁門警備の騎士が『連絡は受けております』とか言っていたような……。


 ルテリアから出立する前、シュティーラにはお忍びの旅とはっきり伝えておいたけど、まさか彼女が皇城に連絡を入れているなんてことは……。



「とりあえず俺の部屋まで来い、全員だ」



 と、奥の部屋に行くと見せかけ、僕たちは馬車に乗せられてしまった。

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