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第三十一話 出会った頃の思い出

 僕とリシィは展望台をあとにし、スグさんの屋敷まで戻ってきた。


 屋敷といっても、内部はリビングダイニングを合わせて十部屋ほどと、一般的な一軒家よりは広く貴族屋敷よりはこぢんまりとした建物だ。

 この屋敷にスグさんとサクラコさんは二人で住み、他には警護の騎士が数人と、どんなに多くとも人の数は二桁を超えないと聞く。


 通りを歩きながら柵越しに屋敷を眺めると、煙突から白い煙が上がっているので、すでに皆も起き出しているよう。



「君たち、待ちなさい」



 朝の早い時間、大通りから一本外れた裏通りにこれまで人通りはなかったけど、一見すると怪しい風体で子ども連れの僕は声をかけられた。



「お勤めお疲れさまです」


「ああ? 慰労に感謝する。それよりも今この屋敷を見ていたな。ここは特別警護地域で怪しい行動は即牢屋送りだ。子どもを引き連れ何をしている?」



 声をかけ、遠間から近づいてきたのは二人の若い騎士。

 誘拐を疑われたのではなく、どうやら元々が警戒地域だったようだ。



「朝の散歩です。僕たちは昨日ルテリアから到着したばかりで、この屋敷でお世話になっています」



 そう返しながら傍まで来た騎士に向き合うと、彼らは妙な反応で動きを止めた。



「お、おい……」

「まさか、聞いてないぞ……」


「ど、どうかしました?」


「いえ、失礼いたしました。その剣(・・・)を確認したいのですが、構いませんか?」



 ああ、なるほど……。


 振り返ったことで、腰に下げたテレイーズの騎士剣に気がついたんだ。

 僕は騎士剣をベルトから鞘ごと抜いて持ち上げ、彼らは手に取ることもなくそのまま観察する。そして、僕の背後に隠れ頭だけ出しているリシィも見た。



「白金の竜角……テレイーズの近衛騎士剣……本物のようだ……」



 ややこしくなりそうだな……リシィが幼女だから余計に……。



「おしのびだから身分はあかしたくなかったけれど、わたしは“龍血の姫”リシィティアレルナの実妹……リティよ! かれはわたしの近衛騎士、よろしくて?」



 お互いに困っていると、リシィが事前に用意していた設定・・を早速告げた。



「はっ、ははぁっ! 誠に失礼いたしました!」



 そして、それを聞いた二人の騎士はその場に勢いよく跪いてしまった。


 存在しない妹の権威か……。“テレイーズ”の威光は、同類のエウロヴェが人に弓を引いたところで、今もなお変わることなく人々の中に息づいているんだ。



「姫の御前とはいえ今はお忍び、頭を上げて欲しい」

「「ははぁっ!」」



 ちょっと楽しくなってきちゃった……。



「二人共、このことは内密に頼む。リティ姫は、ゆえがありまだ公にはされていない存在なんだ。君たちは運がいい」


「そうであられましたか! そのようなお方の拝謁に賜われたこと、心より光栄に存じます! この記憶、公にされるまでは胸に秘めさせていただきます!」


「た、頼む」



 こうまで喜ばれると罪悪感も……。



「人通りが出てきた。そんなわけだから、すぐに立ち上がってくれないか」

「はっ、これは失礼いたしました!」

「姫は散歩から帰る途中だったんだ。二人共もう行っていい」


「はっ、ははっ! お呼び止め申しわけありません! ご滞在中はよき縁が巡りますよう、心よりお祈り申し上げます!」



 時刻は六時を周り人通りも増えてきたことで、僕は慌てて解散を要求した。

 それでも、そそくさと屋敷の敷地内に入る僕たちに、若い騎士二人はそれはもう見事な敬礼をしたまま見送ってくれている。



「うーん……変に隠す必要はあるのかな……?」


「あるわ。わたしにも“龍血の姫”としての体裁があるんだからっ! それに、こんなすがたでもしかのじょ(・・・・)の目にとまりでもしたら……たっ、たいへんなのっ!」


「エスクラディテに知り合いがいるのか?」

「え、ええ、いちおうね。まちなかにはいないと思うけれど……」


「口止めはしたけど、今の二人が思わず話してしまわないことを祈るよ……」


「んっ!?」




 ―――




「あっはっはっ! 見てたよぉ~、ずいぶんと困ってたねぇ~」

「二人で抜け駆けしおってからに、我も誘わぬから罰が当たったのだ」


「勘弁してください。朝も早かったから、起こしたら悪いと思ったんだ」



 屋敷に戻ったあとは、食卓を囲んで朝食ができるのを待っていた。

 食卓にはノウェムとスグさん、他にアサギもいるけど座ったまま寝ている。



「まあ、その姿で“龍血の姫”と言い張って、怪しまれるよりはましかねぇ~」

「んぅ……はやく元のすがたにもどりたいわ……。このすがたでも、悪いことばかりではないけれど……」

「何かいいことでもあったのか?」

「ふにゅっ!? なななんでもにゃいわっ! カイトのバカッ!」

「なんでっ!?」


「あっはっはっ! この二人は見てるだけでも飽きないなぁ~」

「おぬしもわかるか。見てのとおり、下手な芝居よりも見どころがあるぞ」

「うんうん、趣味の薄い本にも活かしたいところだよぉ~」



 ノウェムとスグさんが何やら意気投合している……。



「それはそうと、ルテリア艦隊から入港日の連絡があったよぉ~」

「え、まだ海の上ですよね? 通信機があるんですか?」


「ルテリアから無理を言って持ち出したのさ。神代遺物を改修したものだから、いまだ残存する衛星経由でも長距離は無理だけどねぇ~」


「そんなものが……。それで、艦隊はいつ頃の到着に?」

「順調に航海してあと五日くらいかね、その間は観光でもするといいさぁ~」

「出港準備期間を考えたら、余暇は二週間といったところですか」

「長旅になるから、船員にもそれなりの休みを取らせると思うしねぇ~」

「ですよね」



 なんにしても、しばらくはゆっくりと休める。

 変なトラブルに巻き込まれるのは避けたいけど、せっかくエスクラディエを訪れているのだから、皆と一緒に観光気分で街を回りたいものだ。


 あとは、スグさんからこの世界の知識を学ぶ時間も欲しい。

 テレイーズの地が元日本らしいとはわかったけど、位置関係からして現在地は地中海辺りか、ヨーロッパ風ではなく本当に元ヨーロッパだったんだろう。


 とすると、予定航路は元スエズ運河……地図上で運河は跡形もなくなり海になってしまっているけど、大陸を南側から迂回することには変わりない。

 世界地図には、街どころか国ひとつを丸飲みにしてしまうようなクレーターまで点在していて、僕の知る地球の大陸はもうどこにもなかった。


 人の業は大地をえぐり、いまだに消えない傷跡として残っている。



「とりあえず、僕たちもいろいろと買い足そうか。今日は皆で市場に行こう」


「ええ、ながい船旅では寄港できるばしょもかぎられているから、とちゅうであわてないように必要なものをそろえましょう」


「僕は初めての船旅だから、頼りにしているよ」

「私も初めてなので、リシィさんにお任せしますね」



 今日の予定を決めていたら、サクラが朝食を手押し車に乗せてやってきた。

 ここまでずっと案内してくれた彼女も、海に出てしまえば未知の領域となる。


 道先案内人がいるとはいえ、未知を行くのはまさに探索者の在り方だな。



「ええ、こんどはわたしが案内するばんね」

「はい、お願いします。それでは、出かける前に腹ごしらえとしましょう」

「朝が早かったからさすがにお腹が減ったよ。テュルケとサクラコさんは?」

「お二人もすぐに食事を運んで来ますよ。張りきって作りすぎました。ふふ」



 サクラは朗らかに笑い、これまでよりもいっそうの親しみを感じる。

 最初から親近感はあったけど、母親のもとでさらに開放されたようだ。


 少し幼さが現れたというか、こんなサクラもわるくない……。



「あ、手伝うよ」

「ありがとうございます。朝食はテトロエリュミュニエントウラティエルンのムニエルになります。エスクラディエの近海でだけ穫れる希少な魚なんですよ」

「……テロ……なんだって?」


「テトロエリュミュニエントウラティエルンです」



 僕は思わずリシィを見た。

 これはダメなやつだ、確実に舌を噛むこととなる。


 だけど問題ない。


 日常の中で、唐突に用意された罠は別に踏む必要もないからな。



「長い名前だね。僕では舌を……」

「かむものね。わたしと出会ったときのように」

「う、うん、リシィも思い出したんだ」

「わすれられないわ。とてもおかしかったもの」



 そのせいなのか、あれから僕の運命は変わってしまった。

 あの出会いがなければ、今ここにこうしていられなかったかも知れない。



「はは、今となってはいい思い出だ」



 ――ドバアアァァァァンッ!!



「ごめんなさいですっ! 遅くなりましたですですっ!」



 テュルケが大慌てで、勢いよく扉を開け放って室内に飛び込んできた。

 その手にはフォークやナイフを持ち、重そうなお胸さまがゆさりと宙で揺れる。


 ……あ、わかった、思い出とやらも確実に僕を殺しに来ているね?


 その直後、テュルケは何もないところで足を突っかけ、ほら見たことか僕の頭上にフォークやナイフが雨あられと降り注ぐ。


 ……!?!!?



「おわああああああああああっ!?」


「カイトーーーーーーッ!?」

「カイトさーーーーーーーーん!?」

「あうじしゃまーーーーーーーーっ!?」

「あわわわわわわ……ごめんなさいですーっ!!」


「あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」



 笑いごとじゃない。

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