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プロローグ

 ――夢……。



 これは、またいつもと同じ夢……。



 暗い、暗い、無機質な部屋の片隅でうずくまる、もう一人の“私”。



 けれど、いつもとは様子が違う……。


 “私”を形作る淡い光の輪郭が、消えそうになっては再び灯っている。



 彼女は……神龍テレイーズ……。



 私が見た最後の彼女は、食い千切られて半ばまで白骨化した姿だった。


 もう、あまり時間は残されていないのかも知れない……。



「ねえ、テレイーズなのよね? お願い、貴女の居場所を教えて欲しいの」



 私の問いかけに、頭を上げた“私”は涙を溜めた瞳で首を横に振った。



「どうして教えてくれないの? このままでは、貴女は……」


『いた……い……いたい……』


「体が痛むのね……。すぐ助けに行くから知っていることを教えて……」


『くらい……くらい……うろのそこ……だれも……いない……』



 “私”は私を見上げ、怯えたような眼差しで何かを訴えかける。




『カイ……ト……いない……。いなく……なる……』




 そうして、私と、“私”の瞳から、一滴の涙が床にこぼれ落ちた。




 世界は黄金に色付き、すべてを飲み込んでしまう光の大海原が、私を――。





 ……


 …………


 ………………



「――あっ……! はぁ……はぁ……はぁ……。ここ……は……?」



 訳もわからずに夢から覚めると、そこはやはり暗い室内だった。


 けれど、“私”がいた無機質な空間とは違う、生活感のある部屋だわ……。



「よかった……ここはスグのやしきなのね……」



 昨晩、眠りに落ちる前から何ひとつ変わることのない、エスクラディエ騎士皇国の新市街区、優理スグリ 宮都ミヤトという名の来訪者の屋敷。


 私はさらに、そうであることを確かめようと、仰向けのまま見上げる天井から横を向いたところで驚いてしまった。



「ふにゅっ……!? カカカカカイトッ……!?」



 慌てて今の状況を認識すると、私とカイトは同じベッドで寝ている。

 そ、それも、カイトは私を抱き締めているから……やっ、やーーーーっ!


 どうしてこんな……あっ、わ、私が昨晩、わがままを言ったせいだわ……。


 なんだか悲しくて……一緒に寝たいと無理を押し通してしまったの……。



「う……ん? リシィ……どうかした……? まだ暗いじゃないか……」



 私が身動いでいるせいでカイトまで起こしてしまった。


 彼は目を擦りながら暗い室内を見回していて、私を抱き締めていることには気がついていないみたい。

 わっ、私としては満更でもないけれどっ、しゅ、淑女として婚姻関係にもない男性と寝屋をともにするのは、はしたなっ……ううぅ……今さらね……。



「ん? なんか体が熱くないか……リシィ、どこか具合が……」

「ちっ、ちがうわっ! カイトがわたしを抱きまくらにしているから……」

「……ほわっ!? ごごごごめんなさいっ! 気がつきませんでした!」

「あ……べ、べつにすこしくらいならごにょごにょごにょ……」


「え……?」

「なんでもにゃいわっ!」

「はいっ!?」



 うぅ……自分からねだっておいて、この反応はないわよね……。


 おかげでまだ夜明け前だというのに目は覚め、カイトが傍にいる嬉しさと恥ずかしさで全身が熱を帯びてしまい、もう一度は眠れそうにない。



「まだ朝の四時か……。起きるには早いけど、ゆっくりと眠れたね」

「ええ……ひさしぶりのベッドでの睡眠はここちよかったわ……」



 カイトの温もりに包まれていたせいもあるのかしら……。

 夢の内容は気になるけれど、現実にはあまり影響がないみたい。


 カイトはもう眠る気がないのか体を起こしたので、私も彼に倣って起き上がった。

 海がすぐ近くだから、開いた窓から潮の香りが漂ってきて悪くない寝覚めだわ。


 部屋はベッドがひとつだけしかない客間で、私たちの他には誰もいない。



「リシィ、まだ寝る?」

「いいえ、目がさめてしまったもの。おきるわ」

「それなら、少し散歩でもしないか? 周辺の地理を確認しておきたい」


「ええ、いいわよ。けれど、こんな早朝からわたしをつれ歩いて、ゆうかいとかんちがいされないかしら?」

「えっ!? それは困るなあ……」


「じょうだんよ、わたしが弁明するもの。そのかわり、しっかりと手をにぎって離さないでよね。カイトはすぐまいごになるんだから、べ、べつにっ、わたしがして欲しくてそうするんじゃないのっ! かんちがいしないでよねっ!」


「はは、もちろんリシィの傍は離れないよ」

「ん……」



 私とカイトは皆を起こさないように身支度を整え、屋敷を後にした。




 ―――




「きれい……」

「展望台があることを聞いておいて良かった。リシィの瞳のような鮮烈さだ」

「わっ、わたしのっ!?」

「うん」



 展望台には、スグの屋敷を出てから徒歩三十分ほどで到着した。


 エスクラディエ新市街区の海側城壁、その一部が一般人でも通り抜けできるようになっていて、壁の中階に海と港を一望できる公園が併設されていたの。


 壁門を通り抜けて一面に広がったのは、海の青を目映く染める鮮烈な朝焼け。

 まだ朝も早いのに、すでに港湾では人と多くの船が行き交い、その先には地平線の彼方まで遠く広がる大海原があった。


 カイトはこの光景が私の瞳のようだと言うけれど、こんなにも美しくは……。



「ね、ねえカイト……わたしの瞳をさいしょに見たとき、どう思ったの……?」


「うん? 言った通りだよ。今は朝焼けだけど、赤と橙と黄で彩られた鮮烈な夕陽色だと思ったんだ。思えばあの時に一目惚れだったんだろうな」


「んにゅっ!?」



 一言が多いわっ! 瞳の印象を聞いただけなのにっ、嬉しいけれどっ!



「リシィはこの海を渡ってきたんだよな」


「え、ええ、来たときは竜角をとりもどしたくて必死だったから、こんな光景をながめるよゆうなんてなかったの。おしいことをしていたのね……」


「そうか、だけど今は一緒に見られたから、良かった」

「……」



 カイトは本当に、すぐ真っ直ぐな気持ちを向けてくれるんだから……。

 私ばかりが、いつだってこんなにも胸を締めつけられてしまう……。


 ん……カイトも私と同じように感じ入ってくれるのかしら……。



「手摺りがじゃまでよく見えないわ。カイト、抱っこっ!」


「ええっ!?」

「イヤなの……?」

「いえっ! 騎士の本懐でありますっ!」



 そうして、カイトは私を抱き上げてくれた。


 今回ばかりは、自分の意思だけでお願いしてしまったのは確かだわ。

 こんなことで、彼がいつだってくれる想いに報いれるとは思わないけれど、せっかくの二人だけの時間なんだもの、できれば大切な思い出にして欲しいの。



「いつまでも、こんな時間がつづけばいいのに……」

「なら繋げるさ、この先でどんな未来が待ち受けていようとも」


「ん……カイト、わたしの黒騎士、いなくなるなんてゆるさないんだから」



 朝焼けの光を受け、カイトは首を傾げながらも当然だと頷いた。


 “私”が伝えるあの夢を、私は決して正夢にはしないわ。

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