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EX9 モリヤマの慕情 後編

 俺とニティカさんは二人がかりで寝ぼけ眼の子ども六人を抱え、状況を確認する間もなく表に飛び出した。


 このボロ教会では、そう何度も地震に耐えられないと自衛隊員としての判断だ。



「お、おい……ウソ……だろ……」



 だが、地響きの原因は地震ではなかった。


 一キロと離れていない場所で、地面そのものが立ち上がった(・・・・・・)んだ。

 ルテリアの一戸建てを、ニ、三軒も押し上げてしまう巨大な何か(・・)



「モリヤマさん、ここはあかん。退避壕に避難しましょ」

「わ、わかった! 案内をお願いします!」



 俺たちは慌てて出てきた教会のシスター三人とも合流し、移動を始めた。



「ふやぁっ! 怖いよぉっ!」

「うええぇぇええええぇぇぇぇっ!」

「ね、ねーちゃん、あれっ! はかもりっ!?」



 ――ゴガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!



 ようやく事態に気づいた子どもたちが泣き出すと同時に、その何か……墓守の振り上げた脚が街を破壊した。



「あかん……」

「ニティカさん! あいつは!?」


陸戦大蟹カルキノス……今まで停止した個体しか発見されてなくてな、ただの遺構の一部とされておったん。なんや、同時に起動するきっかけがあったんやな……」


「同時……?」



 ニティカさんの言葉を受け路地を走りながら遠くを見ると、俺たちが逃げている墓守と同じような巨体が他にも見えた。二体……いや、全部で三体か。


 それにしても大きい。街は倒壊している建物が多いとはいえ、全てを上から見下ろし、その姿は幅が二十メートル以上もある“蟹”だ。

 灰色の巨体からは十本の胸脚が生え、前部二本が鉗脚。甲殻類を模していることから全身は装甲で覆われ、遠目に見ても堅牢だと判断できる。



 ――ギィイイィィィィイイイイィィィィィィィィィィィィッ……



 だが、逃げられる。


 その巨体はサビだらけ、なぜ起動したのかはわからないが、長年放置され続けたそいつは動くたびに軋む悲鳴を上げて鈍重だからだ。



「あっ、退避壕が……」



 先行したシスターが、角を曲がったところで動揺する声を上げた。

 追いつくと避難する人々でごった返す退避壕が見え、入る隙間もない。


 そりゃそうだ、街なかに突然あんなものが現れたらな……。


 そして、最悪なことに陸戦大蟹カルキノスは確実にこちらへと向かっている。



「クソッ、このままだと……。ニティカさん、子どもたちを頼みます」


「モリヤマさん!?」


「自分は護国の戦士です。日本を離れた今、俺にとっての国はこのルテリアであり、守りたいのはここに住まう人々だ。だから、俺が守ります」


「待ってな! あんさんら来訪者は……!」


「自分の名前は“マコト”。誠心を込められたこの名を人々のために」



 俺は敬礼し、止める声を無視して走り出した。



「モリヤマさんっ!!」




 ―――




 ニティカさんのもとを飛び出し、かれこれ一時間。



「はぁ、はぁ……なんてことはねぇな!! カニさんよぉっ!!」



 その間、俺は陸戦大蟹カルキノスの眼前で注意を引き誘導に成功していた。

 一歩は大きいが、あの鈍重さでは街の瓦礫が邪魔して追いつかれることはない。

 仮に銃砲の類があったとしても、本体と同じく錆びついていると考えたんだ。


 このまま、増援が来るまで逃げ回っていれば問題はない。



「だが遅い……ほとんどの部隊が大きな亀裂に集中しているからな……」



 外壁を守っていた騎士団でさえ今は大断崖の近くに配され、現在進行で亀裂の封鎖作業中ともありってこの街はいまだに防衛戦力が足りていない。


 まさか足元にこんな奴がいようとは、これではおちおち夜も眠れ……



 ――ゴガアァッ!! ドンッゴッドドンッズンッ!!



「ガッ!?」



 油断した……。


 ここまで逃げ回れたことで……油断しちまった……。


 破砕音が響き、続く背後からの衝撃を受けて俺は路上を転がる。

 降り注いだ石つぶては、奴が巨大なハサミを振るって飛散させた瓦礫だ。


 俺はそいつの直撃を背に受け、石畳の上を無残にも転がってしまった。



「ぐああっ……いってぇっ、クソガアアッ!!」



 それだけで、ただの一撃で、俺は立ち上がることすらできない。

 下半身の感覚が一切なくなり、それでも腕の力だけで逃げようと這う。


 どれだけ鍛錬しようと……人はこんなにも脆いのか……。


 正義の味方(ヒーロー)は、こんな時こそ駆けつけるもんだろう……なあ、クサカ……。



「グッ……ちくしょう……。だが、ニティカさんが無事なら……俺はそれで……」



 ……


 …………


 ………………



 ――ドパンッ!! ガィンッ!!



 だが、正義の味方(ヒーロー)なんざ来なかった。

 代わりに来たのは、どうにも見慣れた連中だ。



「イシバシ、シラキ、モリヤマを退避させろ! 10式戦車(ひとまる)は進出、次弾目標は露出した関節部!」



 俺の這いずる先に現れたのはゴトウ隊長。


 それと、共に地球から来た仲間たち……自衛隊だ。


 駆け寄るイシバシとシラキの頭上を、百二十ミリ滑空砲の砲弾が越える。

 地面に倒れたことで伝わる、10式戦車の走行音がこんなに頼もしいとはな。


 俺の仲間……クサカ、悪い……おまえよりも遥かに頼りになる仲間たちだ。



「モリヤマ、しっかりしろ! 傷は浅い、すぐ安全な場所まで運んでやる!」


「よく……ここがわかったな……」

「わかるも何も、外出許可を得るに居場所は書いただろ。墓守の現出区画と重なったからこれでも慌てて駆けつけたんだ! 隊長に感謝しろ!」


「そうか……武器をくれ」

「おい、モリヤマ!? おまえまだ!」


「俺にだって、守りたい女性ひとはいるんだ……行かさねぇよ……!」



 ――キュラキュラキュラキュラ……ドパンッ!! キイイィィィィィィィィィンッ



「おわあっ!? バッカ野郎!! 撃つ場所を考えろ!!」



 進出した10式戦車がすぐ間際で主砲を撃ちやがった。



「悪い、そうも言ってられなくてな。モリヤマ、下がらないと踏み潰されるぞ」



 車長がキューポラから体を乗り出し、謝りながらも告げた。


 見ると、陸戦大蟹カルキノスは砲撃に怯むことなくこちらへと確実に進んでくる。

 剥がれ落ちた装甲の隙間を狙って脚の一本は破壊したようだが、それでもだ。



「というわけだ。無駄口を叩かずに運ぶぞ、モリヤマ」

「くっ、肩だけ貸してくれ……。自分で立つ……」



 周囲には部隊が展開し、ここで俺が駄々をこねたら皆にまで危険を強いる。

 情けねえが、これ以上の足手まといにならないためには、頼るしかないのか。


 陸戦大蟹カルキノスには戦車砲だけでなく迫撃砲が降り注ぎ、対戦車誘導弾まで撃ち込まれているが、まず装甲が脱落しなければ大した損害にはなっていないようだ。


 探索者や衛士隊も駆けつけ、俺にできることはもうない。



「クソ……本当に情けねえ……」


「モリヤマ……さん……?」



 そして、自分では立てず引き摺られる俺の前にニティカさんが現れた。



「ニティカさん……?」



 どうしたのか、ニティカさんの周囲はまるで陽炎のように揺らめいている。


 大気の揺らめきは徐々に赤い炎へと変わり、表情は相変わらず無感情に見えるものの、彼女が怒っているのはなんとなくわかった。



「お、おい……あれ、“焔剣ニティカ”じゃないか……?」

「え、“焔獣の崩牙”、ニティカ アルマイレ? まさか……」



 さらには駆けつけた探索者が、ニティカさんを指差して驚いた表情で言った。


 えんじゅうのほう……なんだって……?





 その後のことは俺が理解できる範疇を超えていた。


 ニティカさんが一瞬で目の前から消え、次に背後で炎が噴き上がったんだ。


 天を突く炎の柱……それは彼女が振るった大剣・・らしいとはわかったが、熱波が肌に触れた瞬間、理解が及ぶ前に陸戦大蟹カルキノスダルマ(・・・)になっていた。


 ああなってしまっては、もう動くこともできないただの鋼鉄の塊に……。



 これは……最初から任せておけば……俺が無様な姿を晒すことも……。




 それを成した女性は、周囲のすべてが溶け落ち赤熱するただなかで、どこか悲しげにも見える小さな背中を向けて佇んでいた――。




 ―――




 あれから三日、俺は病院のベッドの上で過ごしている。

 脊椎を損傷していたが、神力による活性化治療で完治はするそう。


 そして、見舞いに来てくれたニティカさんと顔を合わせるのも三日振りだ。



「この三日間、自分の力のなさに悔やむばかりです」

「しゃーない、生まれ持ったものはそうそう変わらへん」


「それでも、何かできると意気込み勇んでこの世界に来たんですが、無謀だったのかも知れません……。俺は……もっと何か……」



 俺は本当にクサカのことを羨ましく思った。

 あいつの、墓守に立ち向かえる力に憧れを抱いたんだ。



「うちな、あの時、少しときめいたで」


「え?」


「モリヤマさんが、うちと子どもらを守るために走り出した時や」

「あ、あれは……進路だけでも変えられないかと……」


「そやな。だから、モリヤマさんは力なくない。ちゃんと進路を逸らしたやないか」

「それは……たしかに途中までは……それでも、その後が……」


「ないものをねだってもしゃーない。でもな、あんさんは初めから“漢気”っちゅうんを持っとるやない。力があっても、心が伴わんなら、それはただ無様や」



 これは……ニティカさんに励まされているのだろうか……。

 俺がどうにも困惑していると、彼女はやんわりと笑いかけてくれる。



「子どもらもな、『にーちゃんかっこよかった』言うねん。そやから、怪我が治ったらまたうちらんとこに来てな。もちろん、鳳翔でも歓迎するわ」


「は、はあ……また行きます……」



 そして、横になったままの俺の手に、ニティカさんが手を重ねてきた。



「ほんまおおきに。うちももう一度、お天道さまに顔を向けなと思ったわ」



 ニティカさんが何を抱えていたのか、俺にはよくわからない。

 だが彼女は、何か棘が抜けたような朗らかな笑顔を向けてくれた。


 もうちょろかったとしても構わない。

 俺は彼女の笑った顔を見たいがためだけに、奮起する。


 力なんてなくとも、この“漢気”だけはクサカにも負けないからな。



「必ず、絶対に、毎日のように行きます」


「はいな、マコトはん(・・・・・)

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