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EX8 モリヤマの慕情 中編

 翌日、俺はニティカさんの元に向かうため駐屯地を足早に出た。


 馬車に揺られて小一時間、彼女との待ち合わせ場所は居住区の一角にあると聞いた教会だ。

 教会といっても、今この世界では信仰が揺らいでしまっているらしく、半年前の震災、墓守との戦闘で両親を失った子どもたちを保護する施設なんだそう。


 まあ、孤児院だな……。


 瓦礫の撤去はだいぶ進んだが、再建はまだこれからの住宅街を進む。

 周囲の家屋はほとんどが倒壊し、その向こうに見える教会は原型を留めているが、天井部は抜け落ちてしまったようで屋根に布が架け渡されている。



「モリヤマさん、よう来てくれはりました」


「……可憐だ」



 彼女は教会の目前、敷地の角に佇んでいた。


 今日は給仕のエプロン姿ではないがやはり和服を着ていて、上は色、袴は紺色とサクラさんよりも落ち着いた色合いを好むようだ。


 表情も愛想のない鳳翔での印象と違い、どことなく和らげに見える



「はい?」

「いえ! おはようございます!」

「はい、おはようさん」


「ニティカさん、俺に会いたいと言う子はやはりこの前の……」

「そやな。近所の子なんやけど、被害の酷かった区画でな」



 ニティカさんは話しながら教会の入口に歩き始めた。俺も追従する。



「先日モリヤマさんが見つけてくれた時、あの子な、両親を探しに出て迷子になっておったん」


「あの子の両親は……」



 ニティカさんは首を横に振る。



「しゃーない。あれだけの災害でなくとも、探索者をやっておったらいずれはな」



 返す言葉が見つからない。


 自衛隊員として、自国を脅かす敵と戦う覚悟はしていたが、実際に【鉄棺種】なんて化け物を目の当たりに恐れを抱いたのは事実だ。


 それが、この街では今も間近に隣接する脅威として存在している。

 いくら実入りが良くとも、常に命の危機にまで晒されるのは洒落にならねえ。



「モリヤマさん、そない顔せんといて。あの子らの前では笑ってな」


「はっ、はい! モリヤマ二等陸曹、任務を完遂します!」

「あははっ、モリヤマさんはおかしいなあ」



 ニティカさんがまた笑った……この笑顔はもっと見ていたい……!


 それにしても、クサカの諸元はおかしい。あいつはわずか数ヶ月でこの世界の言語を話せるようになったらしいが、俺は半年が過ぎても、翻訳器を頼りにしないとこうして話すことも覚束ない。

 ニティカさんの話し方は関西弁のような抑揚があるが、翻訳器を通し俺がそうイメージしているだけらしく、実際はこの世界の言語でそれも方言だそう。


 そのうち、自分の言葉で彼女と話してみたいもんだ。



「モーリィ!」



 ニティカさんに続いて教会の敷地内に入ると、女の子が飛びついてきた。


 先日、雨の中で路地裏にうずくまっていた子どもだ。


 この女の子もケモミミだからよく覚えている。銀髪に猫耳、アーモンド型の大きなツリ目は幼いながらも利発そうで、将来が楽しみな美人さんなんだ。



「モーリィ? 俺のことか?」

「うんっ! あんね、あたしがリーリィ、モーリィはモーリィ」

「リーリィか、いい名前だな」


「えへ、リーリィ、モーリィのおよめさんになりたいって、ニティおねえちゃんにおねがいしたんだぁ~。つれてきてくれたぁ~」


「そうか、そいつはよかっ……俺の嫁!?」



 俺は思わず脇に佇むニティカさんを見る。



「モリヤマさん、この子が泣いてる間ずっと励ましてたやろ。子ども心にええ男に見えたんやろな」


「そ、そうなのか……?」

「リーリィのあたらしい家族になってくれるって思ったの!」

「そうか……そいつは……」



 何とも言えんな……。


 失った家族を取り戻したいとでも思うのか、さすがに無下にはできない。

 相手は小学校に入るか入らないかくらいの年齢で、これがたとえおままごとだとしても物心がつくまでは向き合うべきか……子どもは苦手だ。


 クサカならこんな時も上手くやるんだろうな……。あいつは憎らしく思ってしまうくらいの正義の味方(ヒーロー)気質だから、迷うこともなさそうだ。



「あんたらもこっちおいで。今日はモリヤマさんに遊んでもらうとええ」



 見ると、教会の玄関口から覗く数人の子どもたちが他にもいた。


 なるほど……話が上手すぎるとは思ったが、トントン拍子に進展してニティカさんといい関係になれるなんて、考えが甘かった。だよなあ。


 まあ、だが自衛隊員の前に男として二言はない。この任務、完遂する!



「おう、乗りかかった船だ。今日は全員まとめて相手になってやる!」


「わーっ!」

「お兄ちゃんだーれぇ?」

「かくれんぼしよーっ!」

「ねーちゃんもあそぼ~」

「おいおっさん! ニティねーちゃんに近づくな!」


「いってぇ! 蹴ったなボウズ、上等だオラァッ!!」



 雪崩出る数人の子どもたちに、俺だけでなくニティカさんまで揉みくちゃだ。

 どさくさに紛れてスネを蹴られたが、日頃の鍛錬を舐められてたまるか。


 ニティカさんと二人きりで出かける夢は叶わなかったが、まあ焦ることはない。

 繋がりができたと思えば、迷宮での任務から帰るため気合いが入るってもんだ。


 せっかくの休日、今日はとことんこいつらと遊び倒してやろう!




 ―――




「つ、疲れた……。なんで子どもはあんなに元気なんだ……」



 教会に訪れたのは朝七時、それから昼過ぎまでぶっ通しで子どもたちと遊んだ。

 昼食をご馳走になり、腹が膨らんで眠くなったのか、全員が昼寝に入ったところでようやく俺は解放された。まだ半日と経過していないんだがな……。


 今は教会内の食堂で机に突っ伏して回復中だ。



「モリヤマさん、お疲れさん。お茶でも飲んでゆっくりしたってな」


「ニティカさん……ありがとうございます。これは隊の訓練以上に大変ですね」

「あの子らも男性を相手によう甘えたんよ。いつも以上にはっちゃけて、なんや気に入られたな、モリヤマさん」


「そいつはよかった。こんな崩れた街なかで、少しでも子どもたちの気晴らしになったのなら、日本国自衛隊員として自分はうれしく思います」


「……」



 隣に座ったニティカさんは、どこか憂いを帯びた表情で押し黙ってしまった。



「ニティカさん?」


「来訪者……あんさんらは不思議なお人や。普通、こんな波乱だらけの世界やし、自分のことだけで精一杯で人様に気を向ける暇なんてあらへん。ほんまに、クサカさんとええ、自衛隊のお人らとええ、不思議と優しいお人らやなあ」


「それは、少なくとも日本は平和な国でした。戦乱の世を越え、他人に目を向ける余裕ができましたが……それでも俺は自分のことで精一杯ですよ」


「それですわ。謙虚なとこも来訪者……いや、日本人らしいやな」



 ニティカさんはお茶を口にしながらどこか遠くを見ている。


 理由はわからないが、孤児院と関わりがあって何か思うところのある様子は、彼女もまたここにいる子どもたちと似たような境遇だったのかも知れない。


 内に墓守、外には魔物、力を持たなければ生き難い世界なのはたしかだ。



「ニティカさん……俺に守らせてくれませんか」


「はい?」


「いや、その、街が復興するまでの間だけでも……ニティ……いや、この教会を俺に守らせてくれませんか!」



 ……どうしてそこで率直に「ニティカさんを」と言えなかったのか!

 そもそも俺は定期的に護衛任務で迷宮に入る、その間はどうするんだ!


 ニティカさんは特に表情を変えず、無感情なように俺を見ている。

 その表情の意味はわからず、必要ないとも取れるものだ。


 相手の事情もよく知らずにやっちまったか……。



「ほんま、不思議なお人や……。ここにはうちもおります、無理せずともあの子らの相手してくれるだけでもええんで?」


「ん? それは、また自分がここに来ても……」

「かまへんで、うちもここの者も大いに助かりますわ」



 な、なんだかわからんが……継続的な繋がりを手に入れたぞ……!



「うおっしゃああああっ!! 自分、できるだけ顔を出しに来ます!!」


「あははっ、モリヤマさんはおもろいなあ。そない気張らんといて」



 うおああああっ!! ニティカさんの笑顔だけで俺は有頂天……。



 ――ドゴォオオオオォォオオォォォォォォォォォォッ!!



「うお!? なんだ……!?」



 喜んだのも束の間に、突如として教会の外から爆発音が聞こえた。

 暴風が窓を軋ませ、衝撃が届くほどの距離で何かが起きたことを示す。



 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……



 地響き……この近辺はたしか、調査で地下遺構が迫り上がったと……。



「ニティカさん! 子どもたちを起こして今すぐに逃げろ!!」



 こんな時、俺にもクサカのような力があれば……!

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