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EX7 モリヤマの慕情 前編

 迷宮探索拠点都市ルテリア――。


 行政府に近い探索区の一角に、俺たち自衛隊の駐屯地がある。


 この世界に来て半年、クサカが旅立ってからはまだ一ヶ月も経っていない。

 慌ただしく行ってしまったが、また戻ってくると言っていたからな、あいつならおもしろいみやげ話でも持ち帰ってくれるだろう。


 俺の名前は守山モリヤマ マコト、陸自隊員で無類のケモナーを自称する者だ。



「ゴトウさん、それじゃ自分は休暇をもらいます」

「ああ、出発の前に英気を養ってくれ。しばらくは迷宮だ」



 駐屯地内の仮設指揮所で、俺はゴトウ陸曹長に断りを入れた。


 来訪者の帰還は今のところ順調に行われ、そう人数の多くない自衛隊は三隊が持ち回りで帰還者の護衛に当たっているんだ。

 帰還門は迷宮下層だから困難に思えるが、探索者とも連携して任務に従事するため、今のところ死者はなく重傷者も出ていない。


 時間はかかるが、帰還希望者は確実に元の世界に送り返せるだろう。



「……ところで、この地図は観測結果ですよね。どうでした?」



 ゴトウさんは眉間に皺を寄せて机上の地図を睨んでいる。



「現状ではどうにもならんことだけは判明したな」

「と言うことは、自衛隊の帰還時に車両は放棄と……」


「そうなるな。調査の結果、“大崩窟”の外壁は脆すぎて縁にクレーンを設置することもできん。アシュリーンさんが発見した輸送機の修復状況次第だが、当面の間は車両の支援なしで護衛任務に当たるよりない。国から預かった10式戦車(ひとまる)だけでも持ち帰れたらありがたいんだがな」


「仕方ないですね。今は朗報を待ちましょう」



 “大崩窟”――その場に居合わせわけではないが、【天上の揺籃(アルスガル)】が浮上した際に大断崖の上部に空いた巨大な縦穴だ。

 こいつは、迷宮内の上層三界層分を丸飲みにしたほどらしく、この縦穴から車両を下ろすことができないかと計画されていたんだ。


 帰還者にしても、下層に直通のエレベーターがあれば楽になるだろうしな。

 だが、墓守が使っていた転移装置ももう使えないそうだし、ゴトウさんの言うとおり、まだしばらくは人力で送り届けるしかないようだ。


 こればかりはどうしようもない。



「まあいい、予定通りなら第ニ分隊の帰還は三日後だ。モリヤマは意中の彼女に告白するんだろ? こんなところで油を売ってる暇はないぞ」


「うお、モリヤマ2等陸曹、これより決死の突撃を敢行します!」



 俺は自分で言うのもなんだが見事な敬礼をした。

 ゴトウさんもまた、ニヒルな笑みを浮かべながら返礼してくれる。


 ここからは一世一代の男を懸けた戦場だ。

 俺もクサカのように、惚れた女のために生きてみたい。


 断じて、ケモミミだけに惚れたわけではない。




 ―――




 日本料理屋【鳳翔】……俺は意を決してこの店の前まで来た。


 あまり気取るのも性に合わないからな、格好は至って普通のミリタリージャケットにジーンズと数少ない地球から持ち込んだ私物だ。


 そして俺は、今日まで何度となく通い詰めた鳳翔の戸を引く。

 この店を訪れるたびに緊張してしまうが、日本料理が食べられる以外にも彼女はここの従業員だから、それはもう週に七日は通うことにしているんだ。


 まあ、毎日とも言う。



「いらっしゃいな~。あらあらモリヤマくん、今日は私服なのね」

「自分は今日明日と非番なんで、任務の前の休暇です」



 まずはユキコさんが迎えてくれた、彼女ともすっかり顔馴染みだ。



「あらあらうふふ、それだと次はモリヤマくんの隊が迷宮に入るのかしら?」

「そういうことになります。帰還門が地上にあれば楽なんですが」

「うふふ、それは仕方ないわね。今日はサービスするから食べていって」

「うっす、ご馳走になります!」



 俺はいつもの席、入口からも近い二人がけの席に腰を落ち着けた。

 自衛隊員としての危機意識か、ここなら何かあってもすぐに対応できる。

 職業病ではないな、自衛隊にそうまでする権限はなく、これは俺の性格だ。


 そして、席に座ってからほんの数十秒でその女性ひとはやってきた。


 少しツリ目がちな目で冷ややかな視線を周囲に向け、お冷やとおしぼりをお盆に乗せてこちらに来る鳳翔の給仕、ニティカ アルマイレさん。


 俺の意中の女性が、彼女だ。



「……」

「……ども」



 ニティカさんは特に何も言わず、お冷やとおしぼりを机の上に置いた。

 彼女はずっとこの調子だ、無口で愛想がなくお客に対してニコリともしない。


 だが俺は、彼女の笑った瞬間を一度だけ見たことがある。


 あれは雨が降った日……日も落ちて辺りは暗闇となり、街灯まで心許ない寂れた路地で俺は迷子を見つけたんだ。

 まだ十歳にも満たないだろう獣種の女の子だった。俺はすぐ傘に入れ、ずぶ濡れのその子の水を払いながら泣き止むまで声をかけ続けた。だがその子は一向に泣き止まず、そんな時に俺の隣にひょいと現れたのが彼女だ。



『モリヤマさん、そない不器用に引きつった顔ではあかん』



 俺はこの時、初めてニティカさんの声と、子どもに微笑みかけた彼女を見た。

 それだけでなく、まさか俺の名前まで知っていて、呼んでくれたことにも驚いた。


 ああ、あの時は運命を感じたさ、この女性ひとしかいないと心が躍ったんだ。


 だから俺は、たとえ玉砕しようとも、いつかこの想いを伝えると心に誓った。



「……」

「……」



 続いてメニューを手渡されるも、相変わらず何も言わない。


 だが、ここで怖じ気付くわけにもいかない。顔に似合わずロマンチックだと思われるかも知れないが、千切れそうな赤い糸だろうと繋がることを信じたい。


 幸いにも、いつものニティカさんはメニューを渡すと机から離れるんだが、今回に限ってはなぜか傍で立ったままだ。

 だから俺はメニューに視線を落としつつ、少しでも心を落ち着かせる時間を作り、そして覚悟を決め彼女に顔を向けた。



「ニティカさん、明日は鳳翔の休日ですよね。俺とどこかに出かけませんか?」



 わ、我ながらスムーズに誘えたのではないだろうか……。


 だけど、突然の俺の言葉にニティカさんは無表情のまま首を傾げてしまった。

 そりゃそうだ……彼女にとって俺はただの客だから、特に親しいわけでもなく友人の関係ですらなく、前触れもない誘いを受けたら困惑するだろう……。


 まずは世間話から始めるべきだったか……。



「かまへんで。うちも、モリヤマさんにお願いしたいことありましたわ」


「……え?」



 一瞬、俺は思考が真っ白になった。

 最初から諦めるのは女々しいが、良い返事はないと思っていたからだ。


 だが予想に反してニティカさんの返事はOKと、しかもお願いがあるとは……。

 

 この世界では神が敵だったと聞いたが、どう考えても神の加護でもなければ色好い返事はありえない。自分で思うと悲しくなるが、きっと日の本の神々が異世界にまで馳せ参じた俺にも加護を与えてくれたに違いない。


 誰に感謝すればいいかもわからないが、今はそう考え、まずは……。



「どないしました?」


「はっ! なんなりとお申しつけください! モリヤマ二等陸曹、誠心誠意、喜んでニティカさんのお供をします!」



 ……やっちまった。


 俺は喜びのあまり勢いよく席から立ち上がり、つい敬礼してしまったんだ。

 当然、他の客や従業員からは注目され、ユキコさんやカウンターの中のゼンジさんはこちらを見て楽しそうだが、傍から見たらただの痛い奴に違いない。


 ニティカさんにも引かれていないといいが……。



「ふっ……あははっ、そない気張らんといてな。モリヤマさんに会いたい言う子がおるだけやで」


「……え……可憐だ」

「はい?」


「いえ、なんでもありません!」



 店内を見回すと、他の客も俺と同じような印象を受けたようだ。

 「ニティカさんが笑うなんて……」、今のを見た人はこう思っただろう。


 無愛想な彼女は、笑えばなんてことない普通の可憐な女性だった。

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