第二十九話 “エスクラディエ騎士皇国”
丘陵を下り、草原を縦断する舗装された石畳の上を進み、エスクラディエ騎士皇国の外壁が近づいてくる。
それはルテリアの防護壁と比べても遜色のない重厚さで、違うとしたらその赤茶けた色が汚れと合わさり、燃え盛る炎のようにも見えることだろう。
ルテリアは神力の青色を神聖なものとしていたけど、エスクラディエではそれが赤色、あの剛毅な真紅の皇女様を知っていると、その理由も何となくわかる。
「ここも墓守のしゅうげきを受けたようね……」
リシィは相変わらず隣にちょこんと座り、周辺の状況を口にした。
彼女の視線の先には、彼方まで広がる草原の至るところに多くの墓守の残骸が存在する。
これまで、【重積層迷宮都市ラトレイア】にしか存在しなかった墓守は、【天上の揺籃】が浮上したことにより世界中に散ってしまった……。当然、ラトレイアにほど近いエスクラディエでも激しい戦闘が行われたんだ……。
「良く見ると、壁も所々が崩れて復旧作業中みたいだ」
「エスクラディエ騎士皇国には世界有数の騎士団があります。白兵戦力だけならルテリアを上回るほどですから、ご覧ください、巨兵も討滅しているようです」
「本当だ……。シュティーラに比肩する存在もいるんだろうな……」
「彼女以上の方もいらっしゃいますからね」
「騎士皇か……」
サクラの示す先には、外壁に手を伸ばしたところで袈裟斬りにされた巨兵が壁にもたれかかっていた。
陸戦サイズでは最大の【イージスの盾】と重装甲を持つ巨兵を、それごと一太刀にしているなんて……シュティーラ以上の存在がいるなら納得もできる。
巨兵と比較すると壁の高さは三、四十メートルほどと、見上げる威容はだからこそ墓守の襲撃からも街を守る結果に繋がったんだ。
「長い行列ですぅ~、今日中に入れますでしょうかぁ」
馬車を操るテュルケが手綱を引いて馬を止めた。
目の前にはエスクラディエに入るための馬車列が存在し、壁門まではまだまだ遠く、四、五キロの長い行列は遅々として進んでいないようだ。
門は四つ、馬車用と人用が入口と出口の二つずつあるのは直ぐにわかった。
そのうちの入口側が、馬車も人も長い行列で足止めされてしまっている。
「エスクラディエに入る時はいつもこんなものなのか?」
「どうでしょうか……。大陸中からルテリアに人が集まっているそうなので、臨検を強化したとも考えられますね」
「ああ、正規の貿易路を使って密輸する手合いもあるのか……」
「おい、もう少し前に詰めてくれ。通行許可証はあるか?」
サクラの言う臨検か、ただ列を整理しているだけか、騎士の一団が僕たちの馬車の左右に二人ずつ回り込んできて告げた。
「はい、こちらでよろしいでしょうか?」
直ぐにサクラが対応してシュティーラの短剣と証書を見せたけど、騎士は詳しく確認することもなく、一目見て兜の隙間から見える顔色を変えた。
「こっ、これは……はっ!? ということは……はっ!?」
騎士は僕たち一人一人を見て、御者席のリシィと幌から顔を覗かせているノウェムを見たところで、今度は何やら慌てて仲間の騎士たちと相談を始める。
だけどそれも一瞬で、また直ぐに僕たちと向き合った。
「こ、これは失礼いたしました。連絡は受けております。我々が誘導いたしますので、どうぞこのままお通りください」
「え、普通に並んで通り抜けますよ」
「そうはいきません! 光翼の姫君と龍血の姫君を待たせたとあっては家門の名折れ! 我が一世一代を懸けお通り願います!」
「おわっ!? 声が大きい! お忍びだから、穏便にお願いします!」
「は、はい、でしたらどうぞこちらに……」
騎士はそう告げて他の騎士たちと共に誘導を始めた。
しまったな……。これまではよほどのことがない限りは通行許可証だけを出していたのに、サクラもついだったのか僕と同じくしまったという顔をしている。
そして、行列の脇を優先して通されるのはどう都合良く見ても目立ってしまい、突き刺さる人々の視線は訝しげなものが大半だ。
馬車は改装されたものの、外見は偽装も兼ねてボロのままなので、まさか内部に王族の姫君が乗っているとも思わないだろう。
「ちゅうもくされているわね……」
「我が光翼を展開し先導すれば誰も文句は言えぬぞ」
「それは目立ちすぎるから、穏便に行こう……」
「ごめんなさい……お待たせするわけにはいかないと……」
「うん、待たなくて良くなったし、今ばかりはシュティーラの恩情に与ろう」
こうなった以上は、せめて何ごともなく通り抜けられたら良いのだけど……あろうことか騎士たちは無駄に張りきっているようで、対向車まで「退け退けい! 端に寄れ、邪魔だ!」と蹴散らしている。
「あ、あの、もう少し目立たないように通らせてください……」
「はっ! ご心配なく! 外壁門警備隊総出で送り届けさせていただきます!」
「それはやめてください!?」
行列の先を見ると、いつの間に呼んでいたのか三十人を超えるほどの騎士たちが、こちらに向かって怒涛の勢いで駆けてきていた。
ただ街に入りたいだけなのに、面倒事はできれば抑えて欲しい……。
―――
「危なかった……」
「ほんとうに……。ナタエ……エスクラディエにはそうぐうを避けたい人がいるから、皇城にまで通達がいかないことをいのるわ」
「念入りにお願いしましたが、リシィさんとノウェムさんにお目通り叶えたと、どの方も心ここにあらずでしたね」
「だから我は力尽くでも恐怖を植えつけようと……」
「穏便にお願いします!」
ひとまず、僕たちは壁門を通り抜けて街中に入れた。
リシィがこの状態だし、騎士皇との謁見は避けるつもりでいたから、壁門警備の騎士たちには念には念を入れて内密にと伝えたんだ。
ついだったとはいえ、サクラの犬耳は凄絶なまでに垂れ下がっている。
「うん、だけど時間に余裕はできたから、案内を頼むよ、サクラ」
「は、はい! 汚名返上とさせてください!」
「はは、汚名なんてことはないよ」
僕は何となく、サクラの犬耳を撫でながら立たせてみた。
「あ……カイトさん、ありがとうございます」
「んぅ……」
「おわっ、リシィ! 長旅お疲れさま、やっと着いたね!」
続いて、頬を膨らませたリシィの頭も適当な理由をつけて撫でた。
幼女になってからは素直に応じてくれるので、今も体をぷるぷると震わせながら、離すなという意思表示か僕の手に自分の手を重ね頭を押さえている。
「ぐぬぬ……」
「おにぃちゃん……」
「ほわっ!?」
ええい! こうなったらもうヨーシヨシヨシ祭としようではないか……!
ヨーーシヨシヨシヨシヨシっ! ヨーーーーシヨシヨシヨシヨシヨシヨシ……。
……
…………
………………
エスクラディエ騎士皇国の街並みは、ルテリアと比べてかなり古びれた趣のある雰囲気を醸し出していた。
壁門を通り抜けて続く大通りは本来なら二車線ありそうだけど、多くの露天が通りまで侵蝕して人通りも多く、馬車で通ろうとすると無理矢理になってしまう。
だから、僕たちはまず外壁沿いに左右へと伸びる路地に入り、街を迂回するような進路で進んでいる。
建物の合間から仰いで見えるのは、皇城となる“E.F.S. エスクラディエ CVSAー13”の威容と、今までの町や村では絶対に見られない景観だ。
増設された大部分が石造りになっているようだけど、元々は双胴の艦体を持つ航宙艦だったのは確かで、半ば朽ち果てた主砲が騎士皇の御印代わりの権威を空高く見せつけていた。
高台に行かないと全容はわからないけど、おそらくはあの艦を中心に城下町が形造られ、曲がらずに大通りを進んでいれば皇城に辿り着いたはずだ。
「さすがは皇都だ、ルテリアに負けじと繁栄している」
「はい、そうですね。正門は貿易港となる海側ですから、皇城を挟んだ向こう側はさらに洗練されたものとなっていますよ。私たちの向かっている場所です」
「エスクラディエに住む日本人か……。ずっと会ってみたいと思っていたんだ」
「実は、彼女の保護監督官が私の母なんです。久しぶりに会えるので、柄にもなく興奮してしまいまして……そのせいで先ほどは失敗を……」
「そうなのか、それは楽しみだね。あれはもう気にしないで、僕も止めなかった」
「は、はい、ありがとうございますっ」
エスクラディエで待たせている人というのが、この時代に訪れた当初に話の中でだけ聞いていた日本人だ。
当然サクラとは旧知の仲らしく、ルテリア艦隊と合流するまでの数日間は、その人の家に滞在させてもらうこととなっている。
もう直ぐ船出と理由は違うけど、興奮するサクラの気持ちも何となくわかるな。
そうして、所々を真紅に彩られたエスクラディエ騎士皇国の街を馬車で進む。
この先で、どんな出会いや出来事が待ち受けているのかはわからないけど、いまだ最悪を想定してしまいながらも、僕はそれ以上の夢を描きたい。
今の地球がどう変わってしまったのか、旅路の中でこの目に焼きつけるんだ。