第二十七話 大惨事蒸し風呂決壊戦
「お兄さん、どうしテッ!?」
「進入路は封鎖した……こうも容易く……はっ!?」
良く見ると、封鎖に使った用具入れは微動だにせず、その向こう側で扉だけが開いている。
僕は気がついてしまった。封鎖することばかりに意識が費やされ、扉の構造までは考えが及んでいなかったことに。
何ということだ……入る時、僕は確かに扉を引いた。
そう……個室の扉は外開きだったんだ……!!
「カイトさん、いらっしゃいますか?」
「あ、ああ、うん……ちょっと待って……」
表から聞こえたサクラの声に返し、僕は用具入れを元の場所に戻す。
別に嫌とか避けたいわけでもなく、本音を言えばご褒美に与りたいとも思うので、こうなった以上は抵抗もなく彼女たちを招き入れることにしたんだ。
僕とネル、お互いにのぼせてぶっ倒れないことを祈る。
「くふふ、主様よ。我の艶めかしい肢体から逃れようとでもしたのか? 主様は生真面目がすぎていかんなあ、もっと本能に従いあるがまま生きれば良いのに」
まずはノウェムが入ってきたけど、僕とネルは特に反応を示さなかった。
彼女の体にバスタオルを巻いた姿は、あくまでも庇護下に置くべくある意味では安心できる幼女のもので、この状況では心の清涼剤でしかないから。
というかバスタオル……? 水着は全員分があったはず……。
「お二人とも一番奥にいらしたんですね。探してしまいました」
「いやあ、僕たちに気を遣わず思い思いにくつろいでもらえればと……」
続いて入ってきたサクラも体にバスタオルを巻いていて、僕は咄嗟に薄目の精神防壁を張ったものの、直視してしまったネルは全身を硬直させた。
これが一番まずい。男にとって、彼女の裸身に近い姿は対地艦砲射撃に等しいので、直視すると一撃で爆散しかねない凶器なんだ。
だけど、バスタオルの上に肩紐が見えているから、どうやら水着は下に着ているようで助かった……。助かったのか……?
「姫さま~、おにぃちゃんいましたです~。大丈夫ですです!」
「そ、そういうことではないの……。あっ、あまり押さないで、テュルケ!」
最後に、リシィはテュルケに背を押されながら入ってきた。
うん、髪を両サイドでお団子にしたリシィは凄く可愛い……けど、幼女の姿は少し残念だと思ってしまう。いや、元の姿だったら僕の理性が限界突破してしまうので、これは不幸中の幸いと言ったほうが良いだろう。
二人ともやはりバスタオルを巻い……て……おわーっ!? テュルケは、リシィの背中を押しながらぴょんぴょんと飛び跳ねているので、お、おおお胸様がとんでもないことになってしまっている。
彼女は今がいろいろと成長期だから、本当に末恐ろしい娘である……。
「カ、カイト……そんなにみつめないで……」
「はっ、はいっ、見ていません! ごめんなさい!」
どちらかというと、直ぐ後ろを見ていました……!
皆はそうして、入口の間際に座る僕とネルの前を通り過ぎて奥に座った。
僕はL字の椅子の始点にいるので、迂闊に首を振らなければ彼女たちの艶めかしい姿を目にすることはないだろう。
蒸し風呂なのも助かった。のぼせる前にと理由をつけ短時間で脱出できるのは、だからこその利点だ。
L字の終点にはサクラが座り、曲がり角にはリシィ、続いてテュルケ、ノウェム、ネルを挟んで僕となるため、まあ凌げるだろう。
「アサギはいないんだな?」
「はい、アサギさんは入って直ぐの個室に入ってしまいました」
「相変わらずだな……。まあ、一人でのんびりとくつろぐにはちょうど良いかも」
「それにしても、すこしあついわね……。もうくらくらするわ……」
「えっ、蒸気を出しすぎたかな。換気は……できるのか?」
そうか、蒸し風呂は子供が入るのを禁止しているところもあるくらいだ。
大人でも長時間は無理なのに、今のリシィではほんの数分が限度だろう。
とりあえず扉を開けて……。
「カイトさん、失礼しますね」
おわーーーーーーーーーーっ!?
一瞬の思考から視線を上げると、目の前で大きなたわわが揺れた。
サクラがいつの間にか接近し、身動ぐと触れてしまうような距離にいるんだ。
彼女は僕の問いに対して実直に行動しただけようで、続いて直ぐ背後にあった換気用の引き戸を開けてくれた。
こうまで近づかれると、その存在感により薄目もあまり効果はない。
「あ……ごめんなさい、カイトさん……」
「い、いや、ありがとう。教えてくれれば僕が開けたよ」
「は、はい。いけませんね、性分でつい先に動いてしまいました」
「はは、サクラらしい。それよりも、腕の腫れはまだ引かないな……」
サクラはそのまま、椅子の二段目に座る僕の目の前、一段目に膝をついた。
どうしてこの状態になってしまったのか……とも思ったけど、まず目に入ったのは赤紫色に腫れて内出血したままの彼女の右上腕だ。
さすがに今は包帯を外し三角巾で吊っているだけの状態だけど、だからこそ痛々しげな様子が良く見えてしまう。
当初の予定ではニ、三日中に出立するつもりだったけど、サクラの腕が快方に向かうまではもうしばらくアーキィルで静養するべきだろうな。
「大丈夫ですよ、皆さんが支えてくれますから。それに……いつもよりもカイトさんが近いような気がして、私はとても嬉しいのです」
ごくり……サクラは膝をつくどころか、僕の前に腰を下ろしてしまった。
バスタオルからこぼれ出る柔らかな肢体は否応なしに揺れ、見下ろす彼女の様はただただ壮観の一言ではあるけど、ここで暴走するわけにはいかない。
サクラは背を向け上体だけ捻ってこちらを見上げているため、まとめ上げられた髪は白く映えるうなじを見せ、以前のものと同じワインレッドのビキニの肩紐がより良いアクセントとなり、支える豊かな胸元を強調してしまっていた。
さらには、水蒸気で艶めく髪と肌がいつも以上に色気を増強し、今この場に二人きりだったのなら、僕は自分の理性を抑えられなかったかも知れない。
本当に危険すぎる……耐えるには感情のベクトルを変えるべきだ。
「エウロヴェを討滅したことで、これまでは後回しにしかできなかったことを考えられるようになったからね。これからは一人一人に目を向けていきたいんだ」
「ふふ、それは期待してもよろしいのでしょうか」
サクラは妙に淑やかな動きで、僕に熱っぽい視線を向けてくる。
その艶めかしさは極上、僕は思わず何度となく生唾を飲み込んでしまう。
「あ、ああ、邪険にはしない。これまでサクラのことは、保護者というか……恩人というか……そんな目で見てしまっていたけど、しっかりと女性として見るから……」
自分で何を言っているんだとも思うけど、僕の言葉を聞いたサクラは嬉しそうに表情を綻ばせた。魅力的な様はよりいっそう華やいで、さらに魅力を増す。
こ、これは……自分の首を締めていないだろうか……。
「んーーーーっ! わたしはっ!? わたしだってがんばったのにっ! こんなちいさくなってしまってっ! こっ、こどもあつかいされてぇっ! ううぅーーーーっ!」
「えっ!? リシィ!? 大丈夫、子ども扱いはしていないよ!? 誰よりも素敵な淑女なのはみんな知っているから! 泣かないで!?」
サクラと話していたら、リシィがいつの間にか真横で仁王立ちしていた。
彼女は何とも悔しそうな表情で、最後は泣き出してしまったんだ。
「ううぅぅぅぅっ! やーーーーっ! 抱っこーーーーーーっ!!」
子ども扱いは嫌なんじゃ……!? と言う間もなく、リシィは抱きついてきた。
甘えん坊駄々っ子ここに極まれりだ……。言っていることとやっていることが乖離しすぎていて、最早完全に“誰これ”になってしまっている。
僕にしがみつくリシィの細い肩に触れると、彼女の濡れた肌に掌が吸いつくようで、このまま無心にずっと撫で続けたくなってしまう。
だ、だがしかし……。
「あ、あれ……リシィだけ水着を着ていないようだけど……?」
「んにゅっ!?」
「くふふ、当然であろう。元の大きさの水着しかないのだぞ」
「ノッ、ノウェム! だまっていてってっ!」
「くふふふふ。さて、いつの話だったかなあ?」
それを気づかせないために、皆でバスタオルを巻いていたのか……。
とはいえ、すでにリシィは水蒸気と汗に濡れ、僕にしがみついたままバスタオルの背は透けてしまっている。
これはそろそろ潮時だ……。リシィの小さい体はかなり熱くなっていて、一度クールダウンするためにもここから連れ出すべきだろう。
「みんな、蒸し風呂は長居するもんじゃない。一度……」
「おに……さん……少シ遅か……タ……」
「ネル!?」
ネルはふらりと立ち上がろうとして立ち上がれず、僕にしなだれかかってきた。
彼も彼で柔らかいな……いや、そんなことを考えている場合ではない。
「まずい、先に入っていたせいだ。急いで……」
「おにぃちゃん……私も、目が回ります……ですぅ……」
「テュルケまで!? むぎゅぅ」
何ということだ。リシィやノウェムよりも大丈夫そうなテュルケが、立ち上がってこちらにふらふらと歩いてきたと思ったら、勢い良くぶっ倒れてしまった。
押しつけられた尋常でなく柔らかいお胸様に顔面は幸せ……違う、どうしてこうなってしまったのか……。
室外も少し低温なだけでやはり蒸し風呂だから、探している間に……。
後はやはり、皆も緊張していたのかも知れない……。
「カイトさん……私も何だか目が回って……」
「おわっ!? サクラーーーーーーッ!?」
大惨事だ!!