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第二十六話 男たちの戦場

 ふぅ……柄にもなくはしゃいでしまったわ……。


 丸一日を、ド……“ドキドキ?神代遺構じゃないわよ?アーキィル動物ふれあい公園”で過ごした私たちは、日が落ちてから遺構を後にした。

 “ふれあい”と言うからには動物と触れ合うこともできて、可愛らしい小動物ばかりの場所では私も思わず堪能してしまったわ。


 そんな私たちを、カイトとサクラはずっと笑顔で見守っているんだもの、は、恥ずかしくて仕方がなかったけれど、今のこの姿だとどうしようもないの……!



「ボクは間違いなく男でスッ! お姉さんたちと一緒に入るなんてできなイッ!」


「本人もこう言っていることだし、別に間違いは起きたりしないよ?」

「むぅぅ……それはわかっておるが、こんな女子おなごのような男子おのこと裸のつき合いをしては、万が一に間違いがあってもおかしくないではないかっ!」


「ないよ!? 皆と一緒だった時も僕は耐えてきた!」

「……ほう、耐えられねば一線を越えたのか、主様よ。くふふ」

「ぐっ、誘導尋問か……!? ノウェム、謀ったな……!?」



 そして、私たちが街を歩いていると騎士に呼び止められ、拘束してしまったお詫びと貸し切りにされた蒸し風呂まで連れていかれたの。


 先日も、謝罪の後で歓待を受けたからもう気にしなくても良いのに、ここの騎士団長は権威に擦り寄るような人柄らしく、私はどうも好きになれない。


 それで、今はネルがどちらに(・・・・)入るかで真剣に話し合いが行われているわ。



「私はお姉ちゃんとして! ネルくんが男女どちらでも、一緒に入るのは嫌じゃありませんです! お姉ちゃんとして!」


「テュルケお姉さんは抱きついてくるから、一緒は絶対にイヤダッ!」

「もっと『お姉ちゃん』って呼んでくださいですですーっ!」

「うワーッ!? だから抱きつかないデーッ!?」



 テュルケは一人っ子で、周囲は自分よりも年上ばかりだったから、弟ができたようで本当に嬉しいのね。今の私に対しても良く妹のように接してくるし……。

 ネルとこうしていられるのもあと数日だから、今は穏やかにただ見守るわ。


 それにしても、カイトのことだから間違いが起きないのはわかっているけれど、カイトのことだから滑って転んで押し倒すくらいはありそうなのよね……。



「ふぅ、みなおちちゅいて。さいわい時間制限はないんだから、気になるのなら、カイトとネルは時間をずらして入ればもんだいないでしょう?」


「おお、さすがは姫さま。舌っ足らずも魅力だ!」

「ひとことがおおいわ」



 主としての威厳は見せておかないと、決して幼女ではないのよ。



「カイトさん、皆さん、ここの所有者の方から許可を頂きました。男女どちら側に全員で入ることも構わないそうですよ」


「サクラァアアァァァァッ!?」

「んにゅっ!?」

「でかしたっ!」

「わーい! ネルくん、一緒に入りますですーっ!」


「うワーッ!? やーめーーローーーーっ!」



 何てこと……サクラの姿が見えないと思っていたら、まさか許可をもらいに行っていただなんて……。


 怪我をしてからは、むしろサクラがカイトにべったりだわ……。




 ◆◆◆




 こうして僕たちは、何故か皆で一緒に入ることとなってしまった。


 リシィの鶴の一声で事態を避けられる流れだったのに……何よりも退けることができないのは、サクラが向ける本当に嬉しそうな笑顔だったんだ……。


 た、確かに以前、我慢しなくても良いとは言ったけど……。



「ハァ……何でこんなことニ……」

「そう思うよな。今回ばかりは同士がいて少しは気分が楽だよ」

「お兄さんはいつもこんな目ニ? 災難だネ……」



 僕とネルは半ば強引に脱衣所まで連れ込まれ、物陰で服を脱いでいた。


 同士がいるから普段の状況よりは楽なようで、実際には横を見ると男の娘。

 何とも不思議な情動が湧き上がろうとするも、自らの理性で感情を抑制する。


 僕もネルもお互い腰にタオルを巻いて準備は完了だ。



「ネル、覚悟は良いか? 戦場へと出陣だ」

「もちろんでス。お兄さん、お互い生きて帰ろウ」



 最悪は血煙の舞う戦場へ、男二人は命を懸ける覚悟で挑む。


 その決死の理由は、今回がこれまでとは比べ物にならない激戦地だからだ。

 何故なら、ここは“蒸し風呂”……そう、湯に沈めば湯面がそれなりに遮蔽となる湯船とは違う、恐ろしいまでに紳士力を試されるDT絶対コロすマン……。


 ここから無事に生還するためには、御仏の心が必要なんだ……!



「相手はまだ着替え中みたイ。お兄さん、今のうちなラ……」

「ああ、油断はするな、全てを罠だと認識しろ。隙を見せてしまえば、終わる」

「ゴクリ……そんな中をボクたちは生き延びないといけないなんテ……」



 ネルの可愛らしく困惑する表情と、光が反射して肌をほのかに艶めかせる桃色の髪が、僕の視界の片隅でチラチラと揺れる。お、男だよな……?


 そして、僕たちは重たい木製の扉を開け、蒸し風呂の中に足を踏み入れた。



「しめた! 個室で区切られている! 内部に立て籠もってしまえば、僕たちの勝利は決まったも同然だ! ネル、何とかなりそうだぞ!」


「お兄さん! そうと決まったら急いで掩体壕を決めよウ!」

「ああ! 僕たちだけの楽園へ!」



 内部は全体が木造で、縦横に走る通路といくつもの個室で成り立っていた。

 濃い湿気と強い木の香りは、この時代においても変わらない蒸し風呂から感じる独特のもの。心許ない光源と立ち込める湯気のせいで視界も悪く、今の僕たちの精神性まで表しているのか牢獄とすら錯覚してしまう。


 そんな中で、僕とネルは示し合わさなくとも最も奥へと向かって足早に進み、やはり重い木製の扉をそれでも颯爽と引いて個室に進入、鍵はなくとも咄嗟の機転で室内にあった用具入れをずらして入口を塞いだ。


 ミッションコンプリート! ヒュウッ!



「ネル、やったな! これで生きて帰れるぞ!」

「さすがお兄さんダ! ようやく生きた心地がするヨ!」



 僕とネルはお互いの健闘を称え合い、ガシリと腕を組んだ。



「とはいえ油断大敵だ。しばらくは息を潜めていようか」

「うん。ボク蒸し風呂って初めテ、ただの蒸し暑い部屋なんだネ」


「ああ、石があるだろう? それに水をかけて水蒸気を出すんだけど、熱いから触らないようにな。普段は湯に浸かるのか?」


「湯? 宿に泊まった時とかはお湯をもらうけどモ、普段は水浴びだヨ」



 なるほど、やはり湯の風呂が普及しているわけではないのか……。


 ルテリアにいると、不便なことはあってもそれなりに文明レベルが高かったから、この時代の一般常識とはだいぶ掛け離れていたんだろうな。


 そうして、ネルはおそるおそる柄杓を使って熱せられた石に水をかけた。

 ジュワァと広がる熱気が剥き出しの肌を撫でつけ、日本人としては湯に浸かりたいけど、この表皮から染み込む感覚も悪くない。ネルはビックリして一度は後退ったものの、仕組みを理解したのか再び水をかけ感心しているようだ。


 長方形の室内には、壁際に固定されたL字型の座席が上下二段。広さは六畳ほどで天井も低く、こんな場所で皆と一緒にされたら本当に堪ったもんじゃない。


 さすがに彼女たちも、扉を破壊してまで進入しようとは思わないはずだ。



「ふわアァ~、何かじんわりすル~」



 そうしてくつろぎ始めると、ネルが両腕を上げて思いきり伸びをした。


 男のまな板のようで、ほんの少しだけ膨らみかけた胸が目に入ったけど、あれは男だ……あれは男だ……あれは男だ……。


 少年の肋骨や鎖骨が浮き出た細い体には、すでに水蒸気がまとわりつき妙な色気が出ていて、ネルでこれだから本当に隔離できて良かったと思う。



「ネル、お母さんが目を覚ましたらやはり故郷に帰るのか?」

「そう思ってるけどモ、お兄さんたちのような探索者にも興味が出てきたんダ」

「そ、それは危ないと思うけど……? ほら、今は墓守もいるし」

「残骸なら見たヨ。あんなものに襲われたラ、ボクは逃げるしかないと思ウ」

「なら何で……?」


「悪い奴をやっつけテ、遺構の謎を解いテ、ボクを【九嘆禍原】の底にまで連れていってくれたお兄さんたちに憧れタ。それニ、お母さんが眠っているあの場所をすごく綺麗だと思ったことが一番の理由なんダ」


「それは僕もわかるな。英雄たちに憧れ、冒険の先で辿り着くものに見果てぬ夢を描いた……。ロマンってやつさ、ネルは間違いなく男だな」


「そうだヨ。可愛いと言われるのも不服なんダ! ボクは男だかラ!」


「はは、だよなあ。男だよなあ」

「あはは、男だヨー」



 ――ガタンッ



「ほわっ!?」

「うワッ!?」



 ネルと談笑して和む最中、何故か個室の扉が普通に開いた。


 なっ、なん……だと……そんなバカなことが……!?

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