EX1 ルコ
とある青年がこの世界に訪れる、更に昔――。
龍の亡骸の上で輪転する世界、“リヴィルザル”。
緑豊かなこの地の空に、巨大な渦を描く“捻れ”が生じた。
空を覆い尽くした捻れから、突如として姿を現す巨大な“鉄の鳥”。
もし、この場にその姿を見上げている者がいたとするのなら、新種の【鉄棺種】と思われたかも知れない。
アメリカ発、日本行きの飛行機、ボーイング777。
太平洋上を飛行していたところ、次の瞬間には眼下が緑の大地に変わっていた。
前触れもない異世界間転移。失速し制御を失った機体は、パイロットの必死の努力も虚しく墜落してしまう。
乗客、搭乗員数300名以上もの人命が、この時に失われた。
誰も、何も、ただの一つも知ることはなく。
―――
「コホッ、コホッ……。おばーちゃん、昨日のお話の続きして?」
どこともわからない洞窟の中で、一人の少女がその身を横たえている。
彼女の視線の先には誰もいない。それどころか、洞窟内にも少女以外は誰もいない。
『そうじゃな……どこまで話したか……』
洞窟に、誰のものでもないしわがれた声が響いた。
しかしそれは、一人残された孤独な少女が見る、幻覚でも幻聴でもない。
実体のない何者か、正体不明の年経た存在が確かに間近にいる。
「悪い奴のでっかいお船を、ゆうしゃと仲間たちが、力を合わせてがんばってやっつけたとこまで! ……コホッ!」
『これ、大きな声を出すと体に障る。良くなるまでは、大人しくしているのじゃ』
「うんっ、ごめんなさい! コホッ、コホッ!」
見えない何者かは嘆息するが、少女の容態は悪くない。体が千切れかけ、虫の息だった頃に比べれば、後は時間とともに快方を待つだけになっている。
少女の半身は、“生体組織”によって大事に大事に治療されていた。
既に生体組織の“肉”の下では、少女の体は完全に修復されており、急激な快癒による高熱が残されているだけ。それも後二、三日も辛抱すれば完治し、やがて洞窟の外の大草原を駆け回れるほどにはなるだろう。
『そうじゃな……では今日は、世界を守った六柱の龍の話をしようかの』
「りゅう! 知ってる! パパがやってたゲームに出て来た! メガロフレアーってすごいまほーを使うんだよね!」
『それが何かは知らんが……恐らくは似たようなものじゃろうな』
「ふふん!」
『では、話そうかの……。龍たちのそれぞれの名は、“エウロヴェ”、“ヤラウェス”、“ザナルオン”、“グランディータ”、“セレニウス”、そしてこの地に眠る“リヴィルザル”。天を貫くほどの大きな大きな六柱の龍は、地に住まう者たちに“神龍”と呼ばれ、それはそれは大層大切にされておったそうじゃ』
「エヴェ、エウォロ……ヴェ?」
『ふぉっふぉっ、無理して覚えなくとも良い。それはやがて、心に刻み込まれる名なのじゃから』
「むー……」
『青銀に輝く星より訪れし異界の軍勢、彼奴らが現れた時も六柱の神龍は先陣を切って戦い、その尽くを退けていったそうじゃ』
「つおいの?」
『強いぞ。勇者たちが苦労して落とした戦艦も、一飲みにするくらいじゃから』
「あはっ! じゃあ、じゃあ正義の味方?」
『そうじゃ、弱き者をその身を盾にして守るのじゃから』
「正義の味方! ルコもなれるかな?」
『なれるぞ。ワシの言うことを聞いて良い子にしていれば、必ず“正義の味方”にもなれるじゃろうて』
少女の瞳が一段と輝きを増す。
テレビ番組の“正義の味方”に憧れ、自らもそう在ろうとした少女。
転移に巻き込まれ、その夢諸共異世界に消えようとした、ボーイング777の唯一の生存者。
名を 五十蔵 瑠子 と言う。
今はまだ、彼女は知らない。
自分が、この世界で役割を与えられてしまったことを。
思い出の中の少年との約束を胸に、ただ一人、【重積層迷宮都市ラトレイア】の深層で、少女は生きる。
――だから だから だから
――我らの言うことを 言うことを 言うことを
――良く聞くのじゃぞ じゃぞ じゃぞ
「うんっ!」
少女の瞳は、青い深淵の色を湛えていた――。