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第二十四話 死と再生 繋がる想い

「カ、カイト……この人……」



 リシィが見上げる場所には一人の女性がいた。


 大木の幹に押し上げられたカプセル状の水槽の中、青白く光る液体に浸かっているのは、まだ年も若そうな……。



「桃色の髪……花精種……?」



 僕は振り返り、同じように駆け寄ってくるネルを見た。

 似ている……いや、似ているも何も、この女性は間違いなく彼の血縁だ。


 もう一度、眠るその女性を見上げる。


 ネルがそのまま成長したような面立ちは性差がないことから余計に似て、花精種の特徴となる桃色の髪は、液体の中で裸身を隠すほどに長く伸びていた。

 意識はなさそうで、そもそもが生きているのか死んでいるのかはわからない。


 この装置は、冷凍睡眠装置ではなさそうだけど……。



「この人は、誰……? お父さんは何モ……」



 ネルは女性を見て混乱している、見覚えがないらしい。



「サクラ、【九嘆禍原】が解放されたのはいつだったかわかる?」

「はい、詳しくは知りませんが、およそ十二、三年前だったかと……」


「ネル、今の君の年齢は?」

「ボクは……十五歳だけどモ……」


「時系列的にも問題はなさそうだ」

「カイト、それはつまり……この人が……」


「ネルの母親なんじゃないか?」


「……っ!?」



 それしか考えられない。


 おそらく、ネルの父親は探索者として【九嘆禍原】の底に辿り着いた。

 この遺構はかつて凶悪な魔獣……動物の変異種で溢れ返っていたと聞くから、辿り着くまでの過程で共に行動していたネルの母親が重傷を負ったんだ。

 今でこそここまでは簡単に来れるけど、当時は魔獣の掃討が不十分で地上に連れ帰ることもできず、ならばせめてとこの場所に埋葬したのではないだろうか。


 そして、人のいない最下層の様子から、遺構を解放した者の特権で探索者ギルドに立ち入らないよう言付けを残し、実際に鍵をかけて封印した……。



「お母さんハ……神代遺構で亡くなったっテ……」


「ああ、ここがそうなんだろうな……。ネル」


「そ、そんナ……お父さんもいなくなっテ……ボクは……ボクは……」



 僕は唇を噛み締め、溢れ出しそうな涙を堪える。

 どうしても境遇が重なってしまい、不意に思い出してしまうから。


 そんな僕の様子をリシィは察したのか、左手を小さな手で握ってくれた。



「ネルくん、泣いても良いんです。お姉ちゃんが、ぎゅっとしてますです」



 テュルケは今にも泣き出しそうなネルを抱き締めて支える。

 それでも彼は声に出さず、嗚咽を堪えてただ肩を震わせるばかりだ。


 母親と最後に別れたのは、ネルが三歳にも満たない時だろう。

 殆ど記憶にもないだろう存在が、突然目の前に現れたら動揺もする。


 【神代遺構】……これまでもこれからも、遺されるのは悲しみばかりか……。



「『十五年後……再び、この場所……君と……』……?」



 誰もが俯く中で、サクラが大木の脇に設置された装置を見ながらつぶやいた。



「サクラ? どうした?」


「あ、はい……カイトさん、ここを見てください。鉄板に文字が刻まれていて、『十五年後、再びこの場所に戻ってくる。また君と』と書かれています」


「え?」

「ふむ、花精種の使うシシル文字だな。間違いなくネルの父親が刻んだものぞ」

「十五年? 後二、三年……ネルを連れて訪れるつもりだったのか……?」



 サクラとノウェム、アサギまで覗き込む装置に僕も近づいて見る。


 装置と繋がるケーブル類は、途中が大木の幹に飲み込まれてはいるものの、ネルの母親が眠る水槽まで繋がっているようだ。

 これは、おそらく水槽の制御装置。まだ稼動していて、詳細情報が映し出されるディスプレイと、そのフレーム部分に僕では読めない文字が刻まれている。



「あ、こっちは英語だな……」

「英語……私は読めませんが、英語コミュニティの方なら……」

「大丈夫、僕も多少はわかるから」



 僕がそう言うと、リシィもサクラもノウェムもこちらに誇らしげな視線を向けるけど、海外のゲームをやろうとして否が応でも覚えてしまっただけなんだ。


 そうして、僕は英語表記されたディスプレイを注意深く見ていく。

 そこに映し出されていたものは、機動強襲巡洋艦アルテリアで見たものと似たグラフィカルインターフェースで、様々な情報が絶え間なく移り変わっている。


 どうやら、水槽の中の状態を常時観察しているらしく……。



「バイオ……リジェネレー……生体再生装置か!!」


「……そう、医療用の再生機構の一部。……電力不足で再生と充電中の休眠を繰り返しているけど……時間をかければ確実に目を覚ます(・・・・・)


「アサギ、それならそうと始めに言って欲しい……」

「……そもそもが死んでいない」



 アサギは僕よりも理解しているようで、少し遅かったものの解説してくれた。

 確かに、ディスプレイには心拍や脈拍も表示され今も揺れ動いている。


 さらにアサギは、何やらタッチパネルを操作して画面を遷移させた。



「……この人は……装置に入れられた時は腹部を抉られた状態だったらしい。……延命措置に出力を費やされ……傷が完治したのは二ヶ月ほど前」


「そうか、良かった……。それなら十五年というのは……」

「……覚醒に至る予測時間」

「なるほど、あと数年も待てば目を覚ますのか……」

「……正確には一年と三ヶ月後」


「だってさ、ネル。お母さんは目を覚ますみたいだよ」



 ネルはテュルケに抱き締められたまま、僕の安堵の言葉に目を見開いた。


 突然、亡くなったと聞かされていた母親の亡骸を見つけ、次に死んではいない眠っているだけときたら、誰だって混乱してしまうだろう。

 父親も嘘をついていたわけでなく、腹を抉られた状態では覚悟をした上で、これが再生装置と理解してかそれとも偶然によるものか、望みを託したんだ。


 彼女が目を覚ましたら、夫に先立たれていた別の悲しみが生まれてしまうけど、ここで希望が潰えてしまうよりは幾分かましだ。


 僕は、どんなに細くとも未来へと繋がるのなら、ネルには遺された希望の光を追いかけ続けて欲しいと願う。



「お母さんガ……目を覚まス……?」

「ああ」


「ボクハ……一人じゃなイ……?」

「ああ、目を覚ますまではもうしばらくかかるけど、ネルが守るんだ」


「お父さんハ……ボクニ、お母さんを託しタ……?」

「頼りになる“男”としてだろうな」


「うっ……うぐ……ひっ……ぐうぅぅ……」



 ネルは今度こそテュルケの胸に埋もれて泣いた。


 真実を話すこともできず、彼の前から去ってしまった父親はさぞや心残りだっただろうけど、こうしてネルに託せたことだけは安心して欲しい。


 きっと、直ぐに月日は巡って母と子が再開する日は訪れるのだから。



 “生”と“死”と、思うところはあるけど、考えさせられる依頼だったな……。




 ―――




 翌日、ひとまず僕たちは再び鍵をかけ、アーキィルに戻って来ていた。



「お兄さん……依頼したのはボクなのニ……こんなにお金を貸してくれテ……面倒ばかりかけテ……本当にごめんなさイ……」


「一方的な慈善事業はやっていない。貸すだけだから、仕事が見つかったら働いて返すように。でなければ、執行官が地の果てまでも追いかけるから」



 僕の背後でサクラがにっこりと微笑んだ。

 脅すつもりはないけど、目標はあったほうが良いだろう。


 ネルは当分の間アーキィルに滞在し、母親の覚醒までは見守ることになる。

 とはいえ、さすがにその間の滞在費を直ぐ捻出できるはずもなく、いずれ返すことを約束して探索者ギルトを仲介に証書も取った。


 僕たちは数え切れないほどの墓守討滅と、数値には出せない功績を上げてしまったことで、ルテリア行政府が支払えないほどの大金持ちになっているんだ。

 だから、貸すどころかあげるのもなんてことはないけど、それでは彼のためにならないからとこの形に落ち着いた。


 後は、未成年の彼が一人でこの街に滞在するための保護者だけど……。



「カイトさん、書簡を送りました。知人の探索者がいらしてルテリアに向かうそうなので、依頼として引き受けていただけましたよ」


「おお、ありがとうサクラ。いつも頼りになる」

「はい♪ 彼女の足なら、ここまでもそう遠くはないでしょうね」

「ああ、ヘルムヴィーゲあたりがひとっ飛びで来るんじゃないかな」



 今、探索者ギルドに来ているのは、金銭貸与の証書の他に重要書簡を依頼として預けるためでもある。

 それは、施設調査をアシュリーンに頼むためのもので、彼女なら正しい活用法と、ついでに電力効率を上げるための修復もしてもらいたいからだ。


 何にしても、ギルドに報告してひとまず表立った依頼はこれで無事に完了。

 今後のアシュリーンの調査とネルの判断次第では、【九嘆禍原】最下層の施設も解放されることになるから、アーキィルはさらに変わっていくのかも知れない。


 願わくば、最も良いと実感できる方向に変わって欲しいものだ。



「うふふ~♪」

「テュルケは嬉しそうだね」


「はいですです! やっとお休みですから~、“ドッキリドキドキ☆神代遺構じゃないよ☆アーキィル動物ふれあい公園だよ☆”を見て回れますです~♪」


「待って、あの神代遺構はそんな名前になっているんだ!?」

「えへへ~、ドッキリドキドキですですぅ~♪」



 この世界はたまにネーミングセンスがおかしい。

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