第二十三話 遺された希望
「やっともどってこれたわね。うたがわれたのは心外だわ」
「リシィがそのような姿で誤解を受けたではないか。我が光翼で証明したから良かったものを。我が光翼で証明したから良かったものを」
「なぜ二回も言ったの! わかっているわっ! ほんらいのわたしは、ノウェムのようにちいさくないものねっ!」
「なっ、なにを! 言わせておけば小竜が!!」
「やーーーーーーーーっ!!」
「二人とも喧嘩はやめて!?」
僕たちはやって来た騎士団に拘束され、三日後にようやく解放された。
最初は事情聴取だったんだけど、やむを得ず明かしたリシィの正体に食いつかれたんだ。『龍血の姫君はこんな幼子ではない』と。
結局は直ぐにノウェムが光翼を出したことで、慌てたアーキィル駐留騎士団団長に謝罪と歓待を受け、それが足止めされた直接の原因となったんだ。
そして今は三日目の昼……僕たちは団長から解放され、やけに遠回りをして再び【九嘆禍原】の最深部に戻ってきていた。
「血の痕も残ってませんですぅ……」
「壁は抉れたままだけどね……。あの固有能力、光盾もやわらかクッションも斬り裂いたな……。探索者が墓守と対等にやり合えるわけだよ」
「私と同じく、固有能力を【神代遺物】で底上げしていたのかも知れませんね。知る限りでは、同系の能力でリシィさんの光盾を斬り裂くのは至難の業ですから」
「何にしても、“種”についてももっと学ばないと」
トカゲ男を尋問した結果、奴らがネルに遺されたものがどうやら【神代遺構】に関わるらしいと聞きつけたのは、単純に酒場で聞いたからだそうだ。
ネルの父親が亡くなったその日に、父親の友人が酒場で思い出話をしていたところ、折り悪くもジャゴたちが居合わせてしまったらしい。
【神代遺構】に関わるもの……それはほんの少しの噂程度でも、今回のように探索者以外のならず者まで食いついてしまうものなんだ。
「お兄さん、一回り見たけどモ、やっぱり何も見当たらなイ。お父さんが遺したものハ、本当にここにあるのかナ……」
「ああ、たぶん見ただけではわからないんだろう。もう少し待っていて」
ネルを待たせ、僕は通路の壁をぺたぺたと触り続ける。
僕の推測では、ここに仕掛けがあるのだとしたら何てことはない。
機動強襲巡洋艦アルテリアに乗艦していたからこそ直ぐに思い至り、ジャゴの固有能力が壁を横断した時にも歪みが見えたことから、おそらく間違いはない。
この時代には、高性能な“ホログラフ”がいまだ残されている。
「おにぃちゃん! ありましたですですっ!」
「お、ありがとう、テュルケ。やはり、目に見えるものだけが本質ではない」
テュルケが見つけてくれたのは通路のちょうど中央付近で、地図によると区画の外に向かって何もない場所だ。
だけど、近づいて壁を撫でると、確かに掌大ほどのほんの少しの範囲が歪む。
ただ歩いているだけではわからない、隠された鍵穴がこの裏にあったんだ。
ネルの父親が見つけられたのは仮に偶然だったとしても、それを隠したままにしておく理由がない。鍵をネルに託した以上は、彼に危険を及ぼすようなものではないと判断できるけど……何にしてもここまで来たら開くしかない。
もしもまずいものだったら……アシュリーンによる管理案件だな……。
「ネル、この裏に鍵穴がある」
「ビックリしタ……。お兄さん、こんなの良く気づいたネ……」
「はは、他でも見たことはあるんだよ」
「ボ、ボクが開けても良いかナッ!」
「ああ、危険はないだろうけど、直ぐ僕たちの後ろに下がって」
ネルは興奮しているようだ。目的のものを目の当たりにし、気持ちを抑えられないのは僕も良くわかる。
もうずいぶんとゲームをプレイしていないけど、長い長いダンジョンの奥底にあるものにはいつだって浪漫を感じ、人知れず秘められた物語を夢想したから。仮想とはいえ、胸を躍らせて様々な世界を旅した冒険の記憶は懐かしい。
ネルはホログラフに隠された鍵穴を探り当て、慎重に鍵を挿し込んだ。
すると、それ以上は特に何かをする必要もなく、途端に壁の内側から重々しい機械音がいくつも響き、ズシリと鳴る手応えとともに壁が開いた。
内部は人が十人と入れない小さな個室だ。
「お兄さん……何もなイ……」
「いや、これはエレベーターだろうな」
「アルテリアにもあったわ。おどろくほどすべらかな昇降機のことよね」
「うん、それ。みんな乗って、さらに下層があるみたいだ」
エレベーター内の階表示は“最上”を示している。
そうして皆が乗った後で“下”を押すと、エレベーターは金属の摩擦音を立てながらも下降し、やがて浮遊感とともに停止した。
続いて開いた扉の向こうには新たな直線通路。
「むぅ、また通路だ。こんな不便な場所で生活はできぬな」
「住居ではなく研究施設といったところだね。奥の扉までは一本道だよ」
「ですが、陸上母艦の通路を思い出してしまう場所ですね」
「いちおう警戒はしておくか。テュルケは防御を、アサギには迎撃を任せる」
「おまかせくださいですですっ!」
「……了解」
僕たちは薄暗く陰鬱な廃墟となった通路を進み始めた。
床には汚れが溜まり誰かが通った擦れが見当たるけど、これはおそらくネルの父親とそのパーティのもので、人用の通路に墓守が進入した形跡はない。
灰色の鋼鉄製の壁はやはり経年で汚れ、明かりはいつもの青光の溝だけど、かなり光は弱まり見えないほどではないけどたいぶ暗い。
そんな中を僕たちは進み、行き止まりの扉まで百メートルほどの道のりは、特に警戒するまでもなく直ぐに通り過ぎることができた。
「あ、また鍵穴だな。ネル、頼む」
「う、うん。開けまス」
――ガギッ……ギシギシギシ……ギィイイィィィィィィ……
今度はやけに鉄錆びた音が響き、それでも扉はゆっくりと開いていく。
「うわ……」
「なに……これ……森のなかにいるようなにおいだわ……」
「濃い緑の匂いですね。こんな地下に植物があるのでしょうか……」
「上が動物園だから、可能性としては充分にありえるな……」
少しずつ開く扉は、隙間から差し込む光でその先の光景は見えない。
通路に流れ込むのは光と濃密な緑の匂い、地下深くでありながらリシィの言う通り森林の奥深くにいるような、そんな香りだ。
“世界”を内包する【重積層迷宮都市ラトレイア】があるのだから、この奥に大森林があったとしても何ら不思議なことではないのかも知れない……。
―――
「ふぇぇっ!? ここは何ですですっ!?」
「あ、天の宮にもこのような光景はなかったぞ……」
「カイトさん、これは……“棺”でしょうか? 数えられないほどにあります」
「いや、やはり“方舟”だろうな……。間違いなく、次代に生命を残すために造られた“揺り籠”だ。それも解放されないまま、役目を終えてしまった……」
僕の推測は的を射ていた。
辿り着いた内部は直径が百メートル以上あり、円筒状の構造物が上下にどこまでも続いている縦穴だ。
足場は外周を沿う手摺りのついた通路と、中央部の支柱から四方に伸びる十字通路が唯一のもので、これ自体がエレベーターとしても使用できるらしい。そして壁には、サクラが棺だと判断した水槽が全ての壁面を埋め尽くしている。
そんなSF的な施設を幻想的な空間にしてしまっているのは、濃密な緑の匂いの正体、床や壁の至るところを覆っている草木のせいだ。
足元の鋼鉄の床の上も苔と木の根に覆い尽くされ、この場所は生物だけでなく多くの植物も同様に保存されていたのかも知れない。
最上部には太陽光に近い明かりが存在し、絶えず水が滴り落ちているため、ここだけが独立した植生の世界として成り立っているのではないだろうか。
「揺り籠……。ですが、多くが割れてしまい亡骸も干からびていますね……」
「さすがに時が経ちすぎた……。おそらく、上の動物たちは元々がここにいて、施設の機能が停止したか何らかの原因により再生されこの場所を出ていった……。その機能が不完全であったことが、ただの動物を魔物に変えた原因かな……」
「神代遺構はどこを訪れても物悲しいばかりです……」
「ああ、かつての文明の痕跡はどうしたって……」
「カイト! 人がいるわっ!」
「えっ!?」
皆が思い思いに内部を見て回っていると、施設中央部の支柱を取り巻くように成長した巨木を見上げていたリシィが、突如として大きな声を張り上げた。
この施設が神代の生物の“揺り籠”だとしたら、“人間”も保存されている可能性がある……。だとしたらそれは、滅びた“地球人類種”……。
まさか、残されているのか……神代の最後を知る人が……。
僕はわずか数十メートルの距離を一目散に走った。
残されたものが何であれ、何かが変わるわけではない。
それでも僕は、それが希望だと期待せざるを得なかったんだ。
だけど、希望は別の形へとその姿を変える……。