第二十一話 躊躇すれば失われるもの
目的の場所はこれまでの通路と同じく、剥き出しになった配管が床から天井までを縦横無尽に走り、所々で滴る液体が水溜りを作り出しているだけだった。
「確かにここのはずだけど……」
「お兄さんの言うとおりだヨ。ここまで地図と同じだっタ」
「私も確認していましたが、この場所で間違いはないはずですね」
「とすると、周囲を良く調べる必要があるな……」
ネルの地図と照らし合わせると、僕たちの今いる場所は確かに地下九階で、曲がり角の様子から間違っていることもなさそうだ。
それでも、通路は中型の墓守が進入できるほどに広く、周囲をのんびりと探索していては奴らのほうが先にやって来てしまうだろう。
「……挟まれた」
だけど探索を始める間もなく、アサギがそう告げながらアサルトライフルの銃口を通路の奥へと向けた。
ここは直線路で、両端の曲がり角までは三十メートルとない。間には横路も部屋もなく、挟まれたということはその両方から人が来ていることとなる。
相手は白い奴と龍種の男だけでなく、まだ仲間がいたんだろうな……。
「打って出ます。片側は私が……」
「ダメ」
「カイトさん!? ですが!」
「ダメと言ったらダメだ。サクラにばかり負担はかけさせない」
「あ……」
「相手は未知の神代遺物を持っているようだから、あらゆる状況を想定し、どんな状況にも対応できるよう皆で対峙する。良いね?」
「はい。どうしても私が……と思ってしまいます。頼っても、良いのですよね」
「ああ、僕も同じことを考えるから。それでも、一人よりは二人、二人よりは皆でだ」
皆が各々の武器を抜く。リシィは黒杖を、テュルケは極刀 白大蛇を、そして僕は高周波振動短剣を、相手の神代遺物を一撃で破壊するつもりで。
「テュルケ、あいてをわたしの光盾でおしのけ、やわらかクッションにぶつけたらどうなるのかしら」
「ふぇ? べち~んぽい~んべちぃ痛いです~、だと思いますですっ!」
「それはいいわね。逃げ場のないせまるかべでかこってあげましょう」
「ですですっ!」
鬼だな……。
「くふふ、いざとなったら我が無限落下の落とし穴を……」
「それもダメ」
「あうじしゃまーっ!?」
「良し、僕とサクラであの白い奴に対処し、まずは奴の武器破壊を狙う」
「はいっ!」
「リシィとテュルケはその他大勢を囲い、アサギは二人の援護を。話し合いに応じないような輩なら容赦はしなくても良い」
「こんなすがたでも、やるべきことはやるんだからっ!」
「ですですっ! やってやりますですですっ!」
「……容赦しない」
「ノウェムは、ネルが危険に晒された時だけ能力を解禁して良い。頼む」
「むむぅ……仕方あるまい。ネル、我がお守りをしようぞ」
「ボクと同じくらいの女の子に守ってもらうのは……」
「伝えはしなかったが、我はセーラムぞ」
「エッ!?!!?」
「後は、他の神代遺物や危険な固有能力持ちがいないとも限らない。みんな、臨機応変に対処を頼む」
皆は力強く頷き、通路両端の曲がり角に視線を向けた。
足音が遠くまで反響する通路で、僕たちが立ち止まったのは向こうにも伝わっているだろう。
こちらに耳の良い獣種がいるのはわかっているはずだから、最初からそのつもりはないのか、奴らは存在を隠すことなくこちらに近づいてくる。
やがて、見るもあからさまな悪人面の集団が、角を曲がって姿を現した。
「ヒェヒェ、いタァいタァ。ここが目的地ィ? 何もネェ、騙しタァ? ヒィヒェヒェ」
例の白い異貌“くねくねさん”が、ニタニタと笑いながら口から空気を漏らした。
奴は相変わらず糸のような目と口の内が真っ赤で、異様にひょろ長い白い体には擦り切れた革のズボンしか履いていない。
サクラに教えられた種は“魄鱗種”。白い肌は光沢のある鱗に覆われ、耳元まで裂けた口から蛇を思わせるけど、頭部の作りそのものは凹凸のない人のようだ。
その姿は不気味で、ただただおぞましさを感じる。
隣には竜種の男。正確には誇り高い竜種ではないようで、“有鱗種”……要するにトカゲだ。ナイフを片手で弄び、どこからどう見てもチンピラの風体と、ドラマの中だったら完全に主役にのされるやられ役だろう。
通路の片側はこの二人、反対側からはさらに悪人面が五人と、僕たちを相手にこの程度とは舐められたものだけど、慢心は身を滅ぼすこととなる。
「この間は悪かった、状況に驚いて思わず吹き飛ばしてしまったんだ。それで何か用でもあるのか、くねくねさん?」
「ヒィヒェ、なニェ? その巫山戯た呼びかタァ? 我輩ィ、ぶち殺シィていヒィ?」
「その外見で『我輩』かあ……似合っていないからやめたほうが良いと思う」
「ヒィヒェッ!? オマエェエェェッ? 我輩ィ! 侮辱ゥ! 滅死ィイイィィィィッ!!」
どうやらくねくねさんは沸点が低いようだ。真っ赤な目をひん剥き、体を大仰に震わせ全身で怒りを露わにしている。これなら挑発する必要もなかったな。
奴は例の瓢箪型神代遺物を抜き、こちらに向かって無防備にも歩き始める。
そして僕とサクラがくねくねさんに向き合うと、背後では金光が瞬いた。
「ヒィヒェッ!?」
「サクラ!」
「はいっ!」
薄暗い通路で、リシィとテュルケの金光はそれだけで目眩ましとなる。
そんな唐突な目眩ましにくねくねさんは気勢を削がれ、手で目を覆った隙を突いて僕たちは飛びかかった。二人の連携で、奴の昏倒と武器破壊を同時に狙う。
「ヒィ……死ヒェアィエッ!!」
「なっ!?」
だけど、間合いに入ると同時に怯むことなく振るわれた瓢箪型神代遺物に、今度は僕たちが機先を制されることとなってしまった。
僕もサクラも身を反らし、奴の神代遺物による攻撃を辛うじて避ける。
両者の攻撃が届かない間合いまで飛び退って見ると、くねくねさんは目を閉じたまま、それでもこちらがどこにいるのかわかっているかのように首を振った。
「そうか、蛇は確か“ピット器官”を持っていたな……」
「カイトさん、それは……!?」
「簡単に言って“熱感知”だ。サクラも同じようなことができるよな?」
「は、はい、見えるわけではありませんが……。情報不足でした」
「いや、僕もこれからは“種”についても良く学ばないと」
「ヒィヒェ、なニィ、ごちゃごちゃトォ! 死ィ、死死死死死死死死ィヒェッ!!」
くねくねさんは目を閉じたまま神代遺物を振るい、サクラは【烙く深淵の鉄鎚】を瓢箪型の先端に合わせて迎撃しようとする。
「ヒィヒィイッ! 殺ッタァッ!!」
だけどその迎撃の隙を突き、くねくねさんの背後からサクラに襲いかかったのは、他でもないトカゲ男だ。
「甘い! 姑息なのはわかっているんだよ!!」
容赦はしない、これは人と人との殺し合いだ。
甘さは自分自身と、そして大切な人たちの死を招く。
だからもう覚悟はできている、躊躇なんかするものか……!
――ギィカァンッ!! ガシュッ!!
二対ニ、両者の武器と武器が交差した。
まずはサクラの鉄鎚と、くねくねさんの瓢箪が互いを打ち合って弾く。
僕はベルク師匠から学び受けた“ガーモッド流剣術”の応用で、トカゲ男の逆手で持った短剣の根本に高周波振動短剣を合わせた。
セオリムさんからもらった名もなき【神代遺物】、まともに打ち合って斬れないものは、一般的に流通する武器の中にはない。
「ギエッ!? ギャアアァァアアアアァァァァァァァァァァッ!!」
トカゲ男が叫ぶ、僕が男の短剣ごと腕を斬り裂いたからだ。
躊躇はしないと覚悟をしていたものの、肉を断つ感覚は気持ち悪い。
斬られた男の腕から赤い鮮血が飛び散り、真横にいたくねくねさんを濡らす。
「ヒィヒェ、イヒィヒェッ! 血ィッ! 死ィッ! 足りニェ、もっとダァッ!! イヒェッ!!」
その間も、サクラとくねくねさんの、神代遺物同士の攻防は続いている。
サクラは鉄鎚の槍部も使い、突いては打ち、打っては突く。
それに対し、くねくねさんはひょろりと細長い体躯を生かして紙一重で避け、ぎょろりと不気味な眼を開いては続いて嬉しそうに細める。
今の僕ではこの間に踏み込めない……それに何か嫌な予感が……。
「あっ……」
優勢に見えたサクラが小さく声を上げて僕の元まで飛び退り、さらにはゴドンと重い音を立て【烙く深淵の鉄鎚】を床に落としてしまった。
「サクラ!?」
「打たれ……いえ、触られました」
「何だって……!?」
「あの神代遺物は人の体内に干渉し、危険です。うっ……」
「……っ!?」
サクラは自身の右腕を押さえ、表情を苦しそうに歪ませる。
くねくねさんは「ヒィヒェ」と歪な笑みを浮かべながら体をうねらせる。
その手の【神代遺物】は、今は滴り落ちるほどの血の色に染まっていた。