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第二十話 【九嘆禍原】を観光する

 僕たちは【九嘆禍原】の入口となる長い階段を下りた。


 やはりこの遺構は何かの地下研究施設だったようで、下りてきた坂は間違いなく搬入出用のエレベーターだろう。辿り着いた場所は広い物資保管庫となっていて、かつてはここで荷物のやり取りが行われていたことを思わせる。


 だけど、無味乾燥な灰色の壁に今は装飾が施され、地上と同じく立ち並ぶ屋台と行き交う人々で地下の沈鬱さは欠片もなくなってしまっていた。



「神代遺構の印象が塗り替えられたよ……」

「私もです。【重積層迷宮都市ラトレイア】と同じく、進むことも困難な神代の遺産だと思っていましたので……」

「サクラは他の遺構に入ったことは?」

「ラトレイアだけですね。遠出も数えるほどですから」


「主様っ、主様っ、あれはなんだっ! あれはなんだっ!」

「うん? 何だろう、カルメ焼きに見えるけど……屋台は後でね」


「ふわぁ、姫さま~、私たちが入った神代遺構とは全然違いますです!」

「あのときはくろうしたものね……」

「リシィとテュルケは入ったことがあるんだ?」

「ええ、旅のろぎんをかせぐのに、たんさくしゃとしていらいも受けたのよ」

「そうか、その経験に期待しているよ」

「ん、けれどカイトのほうがけいけんほうふな気がするわっ」



 経験といっても、僕の場合はゲーム内での探索が主だったから……。



「入口が三つ、地図通りみたイ。お兄さん、ボクたちは左の小さい扉でス」

「良し、中に入ろう。サクラ、最後尾を頼む。くれぐれも気をつけて」

「はい、お任せください」



 遺構の入口はまだ一般の人々が多く、中には探索者や警備の騎士もいる。

 相手がいくら【神代遺物】を持っていようとも、さすがにここで襲うのは無謀だ。


 どこかで衝突は避けられないだろうけど、運命を弄んだ神はもういない。


 後は、自分たち自身の力で切り開いていくのみ。




 ―――




「動物園だな」

「どうぶつえん?」



 扉から内部に入ったところ、僕にはここがただの“動物園”に見えた。



「この世界にはないのか? 動物を飼育し、繁殖や研究もしながら一般にも開放して見てもらう場所……と言えばわかる?」

「興行でおとずれるみせもの小屋なら、どうぶつもいたわ」

「ああ、大規模な施設でというのはまだないのか」



 なるほど、だからここは観光地となっているんだ。


 神代遺構【九嘆禍原】――内部は奥まで続いている通路と、通路とは隔てられたガラス張りの空間で動物が飼育されている、完全な“動物園”だった。


 ラトレイアのような界層世界があるわけではないけど、ひとつひとつの部屋が広い空間を有す檻となっているようだ。

 案内板によると入って直ぐが草原区画で、他にも階ごとに様々な植生を模した区画が存在しているとのこと。檻の内部には当然この時代の動物が放たれ、今は運動場ほどの草原を六本脚の馬が優雅に駆けている。



「ここも人が多いですね。案内板によると、ネルさんの地図に記された場所は順路から外れ、表示もないようですが……」

「行ってみるしかないな……。階段はこの奥だったよね」

「はい、順路通りに進みまして、曲がり角まで行ったところです」



 僕たちは観光客に紛れて通路を進む。


 最前列は僕とテュルケ、直ぐ後ろにリシィとノウェムとネルを挟み、最後尾はサクラとアサギだ。通路の幅は一般的な学校の廊下ほどだから、檻の前に人だかりがあればやむを得ず一列になるしかない。

 だけど、皆はどうやらその檻の内部にも興味があるようで、警戒しながらも動物に視線を送っている。話を聞く限り、この時代では珍しい施設だからだろうな。


 そして、僕も内部を見たことで何となくだけど推測が及んできた。

 元からこうだったという前提で考えると、この場所はかつて滅亡の危機に瀕した生命の保護施設だったのではないだろうか。


 世界規模の大崩壊から種を守るための……そう、“ノアの方舟”だ。



「ふわあぁ~っ! おにぃちゃんっ、あの首が長いお馬さんはなんですですっ!」

「うん? キリンだな……テュルケは初めて見た?」

「どうぶつ図鑑は良く見ましたけど、キリンさん?は初めて見ましたぁ~」



 テュルケは頬を上気させて何だか嬉しそうだ、よほど動物が好きなのか。

 彼女が指し示した先では、三頭のキリンが僕の知る姿のまま、長い首を伸ばしてアカシアのような木の葉をむしゃむしゃと食んでいる。


 推測に信憑性が出てきたな……。長い時を超え姿を保っているキリン……昔プレイしたゲームでも、地下に築いたジオフロントの内部で生物の保存と進化を研究しているものがあった。この場所はそんな地下研究施設に似ている。


 とすると、ここにあると推測できるものは……“遺伝子プール”の保存ベース。


 ならず者に使いこなせるとは思えないけど、迂闊には解放もできないものだ。

 “保存”だけなら良いけど、この時代の種は遺伝子に手を加えられた結果だから、もしその手の技術(・・・・・・)まで残されていたとするなら……厄介だな。


 【九嘆禍原】……入手できた情報によると、探索者の貢献によりこうして解放されるまでは、某サバイバルホラーよろしくバケモノ(・・・・)の巣窟だったようだ……。



「あ、階段ありましたです! おにぃちゃん、依頼が終わったらもっと見て回っても良いですです?」

「うん、落ち着いてからでもまた見に来ようか」

「わ~いですですっ♪」



 テュルケを見ているとほっこりする……そうもしていられないけど。


 通路の先にあった内階段は、さらに地下深くまで続いている螺旋状だ。

 内部は順路から外れるためあまり使われていないようで、扉をひとつ隔てただけで装飾もない暗い空間が沈鬱な空気を淀ませていた。


 襲撃するならここかな……狭くてサクラが鉄鎚を満足に振るえないから。



「アサギ、襲撃されたら問答無用の先制射撃で良い。跳弾には気をつけて」

「……問題ない。跳弾も技」

「跳弾を制御できるのか……? そのうち教えて」

「……できるようになるとは限らない」

「だよな……」



 ……


 …………


 ………………


 と、警戒したものの、下りきるまで階段内で奴らの襲撃はなかった。

 誰かが内部には入ったようだけど、どうせだから案内させる気なのか。



「雰囲気が変わっテ、何だか怖イ……。みんなは平気なノ……?」


「ネルくん、大丈夫ですです~。お姉ちゃんたちは、【重積層迷宮都市ラトレイア】を踏破してますです! このくらいへいちゃらですです~!」



 うらや……違う、内部の雰囲気が変わったことにより、気が引けているネルをテュルケが抱き締めた。すっかり彼のお姉ちゃんとなってしまったらしい。


 そして、おそらくはこの場所が目的の最下層だと思うけど、途中から案内板どころか階表示もなくなったので確証はない。

 内部はラトレイアの外周路ほどの広さがあり、床や壁には剥き出しの配管がびっしりと配され、滴る水だか油だかが所々に水溜まりを作り出していた。


 上階とは違い、管理の行き届いていないこれこそが遺構の有様、この手の雰囲気に慣れていないネルが怖がるのも無理はない。



「入り組んでいそうね……。わたしたちの現在地はわかる?」

「大丈夫、地図は頭に入れてきたから。こっちだよ」

「たいしたものだわ……それでこそわたしのごにょごにょ……」

「うん? リシィ、今何か……」

「おいつかれるまえにいくわよっ!」

「はいっ!?」



 急かされて角を三度曲がったところで、僕にも扉を開く音が聞こえた。



「カイトさん、彼らは私たちに案内させるつもりのようですね」


「だろうね。ここまで来たら覚悟するしかないけど……ネルはどうしたい? 君が依頼主だ、安全を優先するなら鍵と地図を放り投げて立ち去ることもできる」



 とは言ったものの、この宝探しの結末がまずいもの(・・・・・)である可能性も想定し、すでに適当な金属板を高周波振動短剣で削り出し、鍵を複製しておいたんだ。



「ボクは……それでも、お父さんの遺したものを知りたいでス……」


「それなら行こう」

「お兄さンッ! そんな簡単ニッ!」


「いいのよ。カイトはいつもこうなんだから」

「そうですよ。カイトさんはもう止めても進みます。ふふっ」

「くふふ、これが我が主様だ。おぬしはただついてくれば良い」

「ネルくん、行きますです! 私も見てみたいですです~!」



 最後にアサギが、逡巡するネルの背中をバシバシと叩いた。


 遺構の底は、通路に備えつけられた明かりが明滅するだけで辺りは暗い。

 最下層は入り組んでいるから、逃げようとすればいくらでも逃げられるけど、ネルの今後まで考えたらやはり後腐れなく退けてしまったほうが良いだろう。


 通路を奥へ奥へと、避けられない水溜まりには水音と波紋を残し、時折首筋に垂れる水滴に身を震わせ、そうして僕たちは辿り着いた。


 だけど……。



「何もないな?」



 地図に記された場所は、何の変哲もないこれまでと同じ通路だった。

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