第十九話 神代遺構もやがて観光地
昼食を取った後、僕たちは直ぐ宿の部屋に戻ってきていた。
今回はしっかりと二つ部屋を取れたから、僕とネルは一緒の部屋だ
ここはアーキィルでは老舗となる大きな宿で、建物自体は年季の入った古いものだけど、置かれた調度品や内部の設えなどはリシィが納得するものだから、ならず者がおいそれとは侵入できない保安も行き届いているそう。
そんな宿の一室で、僕はベッドに座りネルが持っていた地図を眺めている。
【九嘆禍原】の内部地図なのは間違いないそうで、秘密を隠すために施された加工も大したことはない。要するに“透かし”、地図を光に当てることで隠された文字や絵が見える技術だ。
僕の時代で既にかなり古い技術だったけど、サクラも知らないようで、あるにはあるけどあまり一般には広まっていないのか。
何にしても向かべき場所の見当はついた、後は現地で何があるかだけど……ネルを待ち伏せるのなら、まず間違いなく遺構の入口だよな……。
「お兄さん、お礼に洗濯はボクがするかラ、服を脱いデ」
「あ、うん、良いのか? それなら頼もう……か……な……」
地図から視線を上げると、そう言ったネルも服を脱いでいた。
だけど、目の前にあったのは少女の裸身だ。ささやかながら膨らみかけの胸と、細いながらも精一杯に主張する体の曲線は、とても少年のものとは思えない。
ダボッとした上下を脱いだことから、下着姿になっている彼……彼女は、今はもう間違いなく少女だと断言できる姿になってしまっていた。
「お、おおおっ、女の子……!?」
「ボクは男でスッ!!」
「か、体つきは少女そのものに見えるよ……?」
「ボクは花精種だかラ、外の人からはそう見えるかモ……」
「さっき希少種とは聞いたけど、それ以上のことは知らないんだ……」
「うぅ……お兄さん、ボクたち花精種は両性具有なんでス」
「なん……だと……!?」
つ、つまり、両方とも付いているのかっ!?
彼女……彼はこの状況でも裸身を隠そうとせず、確かに男らしい。
なるほど……『男女差があまりない』とはそういうことか……。
今の時代、かつては神話や空想上の存在だった生物が普通にその辺を歩いている。いや、実際にいなかったわけでもないから、星龍からあらゆる生物が生み出されたこの時代では、どんな希少性でも当然の種として確立しているんだ。
人為的にもたらされた生物進化のミステリー……。
「んアッ!?」
僕は特に意識せず、何となく視線をネルの腰だけを隠すおパンツに下げてしまったところ、彼は意外にも慌て始めた。
「おっ、お兄さンッ! 男同士だからってさすがに直視は恥ずかしイッ!」
「……っ!? だったら早く服を着てください!?」
「わ、わかったヨ……あ、着替え、お兄さんの後ろの荷物……んキャッ!?」
ネルはそう言ってこちらに近づこうとした瞬間、床に落ちていた自分のズボンで足を絡ませ、当然つんのめった彼は裸身のまま僕に突っ込んできた。
ふむ……やはりささやかながらも、視界を塞ぐお胸はやわわわらかい。
――ドカーンッ!! ガシャーーーーーーッ!!
「おわーーーーーーっ!?」
結局、僕はどこに触れて支えれば良いのか迷ってしまい、盛大に床にぶちまけられた荷物とともに、ネルに押し倒される体勢となってしまった。
軽い少年に押し倒されるとか、気が抜けているのも大概にしないと……あの人に見つかったら更に状況が悪化するところだったよ……。
いや、今だって、パッと見は少女に押し倒されているようにも見えるわけだから、もしも誰かが物音に気づいて部屋に入って来ようものなら……。
「ネル、大丈夫か……? 早く服を……」
「カイト! なにかあったの!?」
「カイトさん! ご無事ですか!?」
「主様! 今の物音は何ごとか!?」
「おにぃちゃん! 大丈夫ですです!?」
僕がネルを退かそうと肩に手を当てたところ、扉が勢い良く開いて隣の部屋でくつろいでいるはずの皆々様が、室内に雪崩れ込んできた。
「や、やあ……驚くだろうけど、ネルはこれでも本当に男の子だよ……?」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
こっ、これは……久しぶりに命の危機を感じますね……。
今まで様々な危機を乗り越えてきたけど、今は終末の予感がします……。
「んーーーーーーっ!! カイトのバカーーーーーーーーーーーーッ!!」
「ギャーーーーーーーーーーーーーーッ!?!!?」
神話は再び語られる……。
『龍血の姫 の 激おこ 世界 を 七度滅ぼす』
―――
――翌日。
誤解するも何もないんだけど、昨日はあの後で必死に弁明し、ネルも擁護してくれたおかげで四時間後には何とか許してもらえた。
それでも四時間も正座しっぱなしだったから、何だか一夜が明けた後も脚が痺れているような感覚で落ち着かない。
「こちらが神代遺構【九嘆禍原】です。ご覧の通り、一般の人々が常日頃から訪れる観光地となっています」
サクラはそう告げながら、訪れたアーキィルの神代遺構を指し示した。
うん……これは完全にテーマパークそのものだ……。
最悪に最悪を重ねたこの世界で、今は少しの悪意も感じられないほど、この場所は平穏のただ中にある。
神代遺構【九嘆禍原】……名前の仰々しさとは裏腹に、そこは家族連れや恋人たちで賑わっているだけの、遊園地の出入り口そのままの有様だった。
「もっとおぞましいばしょを想像していたわ。ぜんぜんそんなことはないのね」
「うん、僕もリシィと同じ感想だ。武器を持っているのは僕たちだけだよ?」
遺構は事前情報の通り街の郊外に存在し、ここまでの道は整備されて歩きやすく、連なる建物は全てみやげもの屋や休憩所と観光地そのものだった。
かつては何だったんだろうか……遺構の入口に上部構造物はなく、地下に続くスロープのような坂だけが口を開けているんだ。
坂の幅は十メートルと戦車がニ台並んで進入できるほどで、階段が設けられているので下りるには苦労しなさそうだけど、かなりの急角度だ。
これは……ゲームでは良く見かけた、地下施設に続く傾斜エレベーターの基部に見えるな……。施設内がゾンビで溢れかえっていたりするやつ、懐かしい。
「主様、あれはなに!? 甘くて良い匂いがするの~。まだ時間もあるから、食べていかぬか? くふふふふ♪」
唐突に甘えん坊ノウェムが出てきた。
「う、うん……それもそうだけど、せめて依頼が終わってからにしよう」
「うぬぅ……約束なの! 我は帰りにあの甘そうなのを所望するの~!」
「ふわわぁ~、私も気になりますです! 一緒に良いでしょうかぁ~?」
「テュルケも家族だ、構うことはない! 共に食べるの!」
「わ~いですですっ! えへへ~♪」
ノウェムとテュルケだけでなく、リシィとサクラも気になっているようだ。
彼女たちの視線の先には、遺構の周囲に軒を連ねる屋台があり、甘そうな匂いの食べ物だけでなく様々な食べ物が提供されていた。
ここでは一般の人々だけでなく、探索者や衛兵といったいかつい戦士たちまで、武器や鎧を外して観光を楽しんでいるようだ。
「神代遺構は、探索が済んでしまえばどこもこんな感じなのか?」
「どうでしょうか。私も多くは知りませんが、ここは内部の景観のせいで観光地化したと聞き及びますね。墓守や防衛設備などの脅威はありませんが、ネルさんを狙う輩が襲ってこないとも限りませんから、私たちは武装も外せません」
「だよな……。だけど、ここで人を襲うかな……騎士も巡回しているし」
「お兄さん、あいつらは非道だヨ、人を巻き添えにすることも気にしなイ。見つかる前にボクは目的を達成したいでス」
「ネルの言う通りだな。あの白い奴は神代遺物まで持っているようだし、観光地ならなおさら一般人を巻き込むわけにはいかない。迅速に目的地を目指そう」
奴らは最初の遭遇時に捕縛するべきだった……。大きな戦いが終わったこと、人相手には経験が少ないことも合わさり、甘さが出てしまったようだ……。
これから旅を続けるのなら、想定の範囲を広げ、人の悪意に対しても厳然とした対処ができるようにならないと。
「……」
「アサギ、どうした?」
「……殺意。もう見つかった」
「ああ、想定の範囲内だ。遅かれ早かれ、奴らは入口を見張るだろうから」
アサギが睨む方角には、森が広がるだけで人の姿は見えない。
昨日の段階で、神代遺構の入口は早々に監視されるとは想定していた。
人に対する殺意、それ以上の悪意は届く前に僕が刃を削ぎ落とす。
「みんな、急襲にだけは注意を。人目を避けて迎え撃つ」