第十八話 護衛依頼 桃色の少年
「ふぅ、一息つけたな……。部屋が直ぐに見つかって良かったよ」
「ええ。マクマネルは……カイトといっしょのへやで良いのよね……?」
保護した少年の名前は“マクマネル イシュー”。
最初はハンチング帽を被っていたからわからなかったけど、髪が長くしかも桃色なので、リシィが疑惑の目を向けても仕方がないほど女の子にも見える。
服装はダボッとした上下にベージュのマント、後は大きな肩掛けカバンと旅人の装いだから、彼自身の外見以外は少年そのものだ。
身長はテュルケよりも少し高いくらい、自己申告では“男”で、彼も宿を探していたからひとまず男女でわかれて部屋を取った。
「お、男でス! ボクたちは男も女もあまり差がないから、でも男でス!」
サクラによると、彼は“花精種”と呼ばれる希少精霊種で、身近だと水精のアディーテがいるくらいで目にすることも稀らしい。
女の子のように高い声は確かにボーイッシュでもあり、目立った特徴は桃色の髪が房ごとに花弁のような塊なことと、語尾が裏返ることくらいか。
「ふむ、これ以上におなごが増えたら我が困る。本当に男よな?」
「何度も言ってる通リッ、これでも本当に男でスッ!」
今は宿に隣接する食堂の一角に席を取り、僕の両隣にはリシィとノウェムが座り、対面のマクマネルはサクラとテュルケが両脇からがっちり保護する形だ。
時刻は午前九時と、人々が朝食を食べ終えてしばらく経った頃だから、店内に従業員以外の姿はなく、アサギだけが隣の机に座っている。
「まあそれはともかく、僕たちに護衛を依頼したい件についてだけど……」
そう、マクマネルを保護した後、彼は僕たちに頭を下げてきたんだ。
「報酬なら払いまスッ! ボクの目的に協力して欲しいでスッ!」
「うーん、何で僕たちに依頼しようと?」
僕はそう言って机を取り囲む皆に視線を巡らせた。
幼女二人を含み、どう考えても荒事を遂行できるようには見えない。
「うっ、頼んだ後で気づきましタ……。けどモッ、お兄さんもお姉さんもあっという間にあいつらを追い払ってくれたかラ、この人たちしかいないと思ったんでス!」
「まあ確かに、他意はないのかな……。サクラはどう思う?」
「はい、この出会いに裏があるとは思えませんから、カイトさんとリシィさんさえよろしければ、私はマクマネルさんの依頼を受けても構わないと考えます」
アーキィルには休息で立ち寄ったから、サクラは渋ると思ったんだけど……あの状況に遭遇したことで僕と同じく放ってはおけないと考えたんだろう。
それに、彼の髪色は親方たちに預けてきた桜の苗木を連想させるから。
「リシィは?」
「わたしもかまわないわ。むしろ、カイトが受けたいと思っているわよね? あなたがお人好しなのはわかっているんだから」
「はは、さすがにお見通しか。みんなも構わないか?」
「主様の意のままに。夫に賛同するは、我の妻としての嗜みよ」
「ですです! 弟ができたみたいでかわいいですですぅ~♪」
「ワッ!? やっ、やめてくださイッ!?」
テュルケは返答しながら、有無を言わさずマクマネルに抱きついた。
保護した時もそうだったけど、大きなお胸を押しつけられた少年は顔を真っ赤に困惑している。あれは間違いなく、誰一人として抗うことはできないだろう……。
テュルケ、恐ろしい娘っ……!
「アサギは?」
「……(コクリ)」
頷いた、問題はないようだ。
「皆の同意も得た、依頼を受けるよ。少しの間よろしくな、マクマネル」
「よ、良かっタ……。ずっト、誰も受けてくれなくて困ってたんでス。“ネル”と呼んでくださイ、お兄さんとお姉さんたチ」
本当に少年だよな……安堵したことで向けられた屈託のない笑顔が尊すぎて、思わず見惚れそうになると隣のリシィが頬を膨らませてまずいですよあわわ……。
「そ、それでは、ネル。依頼内容と、追われていたことについて話してもらえるか。先に聞くべきだけど、これはまず君に対する誠意だと思ってもらいたい」
「ハ、ハイッ、ボクもお兄さんに隠さず話しまス! んと、依頼内容と追われてたことは被るんだけどモ、あいつらはこれを狙ってたんでス」
ネルはそう言うと、首に下げた巾着袋から人の指ほどの鉄材を取り出した。
形状は先端が真四角の棒付きキャンディで、銀色がくすんだ金属光沢の表面には無数の溝が彫り込まれている。おそらくはどこかの鍵だろう。
後は鞄からも取り出した、何らかの構造物の地図。
「サクラ、周辺の【神代遺構】はアーキィルにあるものだけだよな?」
答えを聞く前に憶測を立てるのなら、この鍵は遺構を開く【神代遺物】だ。
「はい、郊外に神代遺構【九嘆禍原】があります。ですが、既に探索し尽くされていますから、今となっては人気の観光地となっていますよ?」
「名前からしてかつての苦労が垣間見えるようだよ……」
「その名の通り、九つもの悲劇があった遺構だそうですね」
ネルを見ると驚いた表情をしている。
こんな少年がならず者に狙われ、どこかSFの雰囲気が漂う遺物まで出てくるとなると、この時代でのその理由は神代由来の可能性が高いんだ。
さらに推測するなら、神代遺構【九嘆禍原】には未発見の封鎖区画があり、その場所を開放する鍵が彼の持つ遺物といったところか。
「なっ、なんで行き先がわかったんですカッ!?」
「ふっふーっ! カイトおにぃちゃんは凄いんですですっ!」
何故かテュルケが胸を張ってドヤ顔だ。
そのせいでネルはお胸の圧に押されて仰け反り、今度は逆隣に座るサクラの柔ら感触に触れてしまいあたふたしている。
翻弄される少年の図、アケノさんがいなくて良かった……いないよな……?
「行き先は大体見当がついたけど、ならず者が街なかを追いかけてまで狙う理由はわからない。何があるんだ?」
「ボクもわからない……。この鍵は、探索者だったお父さんが肌身離さず持ってたものデ、流行り病で亡くなる直前にくれたものでス……。だから、お父さんが大事にしてたこれが何カ、ボクもちゃんと知らないとダメだと思ってここまで来ましタッ!」
流行り病か……ルテリアでは来訪者の知識で医学はそれなりに進歩しているけど、他の地域にまでは殆ど広まっていないと聞く。
多くは神力による代謝活性治療に頼り、自己免疫でどうにかならない病に関しては、医療の整っていない地域の場合は手遅れとなってしまうんだ。
父親が遺した大事なものか……。
「それは、他に誰かに話したか?」
「話してないけどモ、お父さんの知り合いなら知ってると思ウ……」
「そうか……。うーん……」
「カイト、なにか気がついたの?」
「あ、いや、最初は未発見区画の鍵だと考えたけど……他にも推測できる可能性はいくらでもあるなと……」
「この地図もただの地図ですね。詳細な場所などは書き込まれていません」
「うん、それについては色々と手が加えられてあるんだろうけど、こんなところでは明らかにできないから、後でだ」
どうやら、またしても情報が少ないようだ……。
せめてネルを追いかけていた相手の情報があれば……。
「ネル、依頼は受けた。それでも、ネルが求めるものには辿り着けないかも知れない。護衛を引き受けた以上は依頼主の安全を第一とするから、僕が危険だと判断した段階で目的は諦めてもらう、良いね?」
「迷惑をかけている自覚はあるかラ、お兄さんの言うことには従いまス……。それでモッ、よろしくお願いしまスッ!!」
――ガタッ! ドゴォッ!!
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
「ふえぇっ!?」
ネルは勢い良く立ち上がり、その勢いのままテーブルに頭を打ちつけた。
彼は誠意を込めたつもりなんだろうけど、場所を考えていなかったのか、今は額を押さえ涙目になってしまっている。あれは後でたんこぶになるな……。
「うううぅぅっ……。痛くなイッ、痛くなイッ……痛イッ……」
「だ、大丈夫です? お姉ちゃんが抱っこしてあげますですからね~、直ぐ痛くなくなりますです~。痛くな~い、痛くな~い、ですですぅ~」
テュルケはネルのことが気に入ったのか、彼の頭をまたしてもお胸で抱え込み、彼は痛みと幸せに包まれてわけがわからなくなっているようだ。
サクラが神力治療に入ったので、痛みがなくなれば後は幸せ体験となる。
「凄い音が聞こえましたけどぉ、お客さん大丈夫ですかぁ? ご注文の品をお持ちしましたぁ~♪」
話の区切りが良いところで、ウェイトレスが緊張感なく料理を運んできた。
僕たちもアーキィルに到着したばかりだし、ネルを狙う奴らもサクラに吹き飛ばされ、懲りずにまた接触してくることも早々にないだろう。
ひとまずは食事と休息を取り、さらに情報の精査をしてから件の【九嘆禍原】を覗きに行ってみよう。観光地だと言うから、それなりに安全ではあるはずだ。
今回も人が相手か……大変だけど、墓守を相手にするほうが気は楽だな……。