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第十七話 袖振り合うも多生の縁

 フィレンテを出立してから一週間、僕たちは予定よりも少し遅れ、ルテリアとエスクラディエのちょうど中間の街“アーキィル”に辿り着いた。



「うぅ、いぜんの旅ではなんともなかったのに、いまはおしりが痛いわ……」

「姫さま、大丈夫です……? 体が小さくなったせいでしょうかぁ」

「だいじょうぶよ。まちなかでは呼びかたに気をつけてね」

「あっ! ですです、お嬢さまっ!」



 馬車から降りたところで、リシィが困り顔で自分のお尻を擦っていた。



「だらしがない。これからの旅路、休憩に次ぐ休憩で目的地に辿り着くのはいつになることやら。テレイーズの地はまだまだ遠いのだろう」

「ノウェムだってきのうまでは痛がっていたわよね! きょうになってずっと浮いているんだものっ、のうりょくを使うなんてずるいわっ!」」

「ぷひゅ~、ひゅふ~、何のことやら~」


「ま、まあまあ二人とも。まだ海も渡るんだ、焦らずに旅を続けよう」



 僕たち、といっても僕とリシィとノウェムだけなんだけど、乗り心地の良くないボロ馬車に揺られ続け、体はすっかりガッタガタになってしまっていた。

 お尻は擦れて痛むし、石畳の舗装路もなかったから悪路の時はもろに骨まで響き、今は地面を直接踏んでいてもフワフワしてしまっている。


 アーキィルには元から立ち寄るつもりだったけど、それで少し予定を変更して二、三日多めに滞在することとしたんだ。



「エスクラディエまではまだ一週間以上かかりますから、強い揺れだけでも抑えたいですね。乗り換えるか、最低でも足回りを交換していただきましょう」

「そうしよう。中古だったとはいえ、馬車に揺られるだけで疲労しては元も子もない。今思えば、ルテリア産のものは乗り心地が別格だったんだな……」

「はい、来訪者の方がもたらした技術の賜物ですね」


「……私は問題ない」

「アサギは何で平気なんだ……?」 



 馬を厩舎に預け、僕たちはひとまず荷物を纏めてアーキィルを歩き始める。


 “天降りの星痕”を抜けた後は、山岳地帯、草原地帯と続き、関所ともなる砦を抜けた先で辿り着いたのがこの街だ。

 関所が多いのは、迷宮探索拠点都市ルテリア、何より【重積層迷宮都市ラトレイア】が、内外にとってそれだけ重要な場所だからだろう。


 アーキィルは、エスクラディエ側に下る丘陵の街となっていて、緩やかな高低差が全景を見下ろすことのできる階段状の景観を生み出していた。

 建物はルテリアと同じく木の枠組みに石材の組み合わせだけど、明るいベージュ色に塗られているので印象はだいぶ軽いものとなっている。



「カイト……」

「ん? リシィ、どうかした?」

「抱っこ……」

「ふぉっ!?」

「おぬし、事あるごとに……主様も慣れぬ旅路で疲れておるのだぞ!」


「え……あっ!? ちっ、ちがうのっ! 口がかってに……べべつにこの状態をりようしてとかではないんだからっ! かんちがいしないでよねっ!」


「う、うん、リシィは体の変化があるから特に疲れているかな? 早く宿を取ろう」



 こ、これがツンデレというやつで良いのだろうか……?


 今のリシィは精神まで幼女化の影響が強まっているようで、言動が可愛らしく微笑ましい半面、何がそうさせているのか非常に気になるところではある。


 僕たちはそんなやり取りをしながら、街を見下ろす大通りを下っていく。

 通りは馬車二台分ほどの幅でニ、三メートルごとに浅い段差が続き、左右には商店が軒を連ね、探索者は勿論のこと旅人や地元の人も多くが行き交っていた。

 馬車は街を迂回しないといけないから、歩行者天国というやつだ。


 今は守衛の騎士に教えてもらった宿を目指しているけど、商店街を抜けた南側にあるそうなのでもう少しだけ歩く必要があった。



「地図によると、宿はもうひとつ隣の通りのようですね。人も増えてきましたので、この辺りで脇道に逸れましょう」

「うん、中間地点だけあってさすがに大きな街だ。迷わないようにね」

「私も子供の時以来ですから、地図を描いて頂けたことで助かりました」

「サクラの子供の頃かあ……。想像するだけでも微笑ましいな」



 犬耳と尻尾があるから余計に。



「そ、そうですか……少し恥ずかしいです。ふふっ」



 サクラは赤らんだ頬に手を当て、少しだけ俯いて上目遣いで僕を見る。


 これは良いですね……今から淑やかさが抜けて可愛さが増した姿を想像しただけで、僕の心臓はフルマラソンをした後のように鼓動が速くなってしまいます。


 まあ、彼女まで幼女化したら旅を続けるのも困難になるけど……。



「なぜかしら……まけた気がするわ……」

「ぐぬぬ……我はあまり想像の余地がない気がするぞ……」

「おにぃちゃん! 私の大人になった姿も想像してみてくださいですですっ!」

「えっ!? そ、それは、何というか……とてつもなく、凄いです……」



 何が、とは野暮なことは言わない。ただ崇め奉りたい。


 そうして僕たちは、多くの人で荷物が擦れ合うようになった大通りから、宿があるという隣の通りまで抜けた。

 裏通りは人も商店もまばらで道幅も狭くなったけど、その分は歩きやすい。

 騎士が巡回しているから治安も悪くなく、隣を歩くサクラが鉄鎚を担いでいるので、迂闊に絡もうとするならず者も早々にいない……。



「ゴラァッ! 待チヤガレッ、クソガキガァッ!!」



 僕たちが絡まれなくとも、他所でトラブルはあるだろうなあ……。


 見ると、僕たちが今まさに向かっている先から、テュルケくらいの少年が二人の男に追いかけられこちらに走ってきていた。

 少年の身なりは旅人の装いで、追いかける男は一人が柄の悪そうな竜種、もう一人が糸のような目と口、全身がひょろ長くて真っ白な肌の異貌だ。


 これは、すでに見てしまった以上は見過ごすこともできない……。



「カイトさん」

「どっちが悪いかはさておき、人の性格は表情や装いに出るよな」


「はい、それも後を追う男たちからは血の臭い(・・・・)がします」


「なら迷う必要はない」



 僕は少年と擦れ違う際に背負っていた背嚢を落とし、こちらを押し退けようとした竜種の手をかわし、男の脚の合間に鞘ごと抜いた騎士剣を突き入れた。


 当然、走っていた竜種の男は勢い良く顎を擦りながら激しく転倒する。



「グギャッ!? ギエッ!? アガーーーーッ!?」



 もう一人は……とりあえず、“くねくね”さんとでも呼称するか。

 くねくねさんは直前で停止した。サクラが鉄鎚を肩から下ろしたからだ。


 少年はテュルケが抱き止め、何やらうらやまけしからん状態となっている。

 まあ止める必要はなかったけど、状況がわからないうちは現場を保存するのが捜査の鉄則だ。今回ばかりは、事件が起きる前に止められただろうか。



「ヒュヒェ。何、お前リャ? 邪魔すリュ? 死にたいヒィ?」 



 止めて後悔したというか、止めて良かったというか、くねくねさんは空気の抜けるような声音で、独特の韻を踏んでこちらに殺意を向けてきた。

 外見のおぞましさはやはり内面のおぞましさか、顎を擦ってのたうち回る竜種の男が可愛く思えるくらい、この真っ白な異貌が何よりもまずい相手のようだ。



「アナタ……カイトさんに殺意を向けましたね……」


「おわっ!? サクラ、できるだけ穏便にお願いします!?」

「はい、大丈夫です。カイトさんはご心配なさらず、大丈夫ですよ」



 サクラは僕に対しては微笑んでくれるけど、目が据わっている。



「ヒィヒェヒェ。無視ィ? 気に入らニェ、そいつの前ニィ、死ニェいヒェ!!」



 くねくねさんの外見と喋りが独特すぎて頭に入ってこない。


 だけど、くねくねさんが背側から取り出したものを見て、僕は考えを改めた。

 未知の武器。持ち手の棒の先に、青光の文様が刻まれた瓢箪がついている。


 間違いない、【神代遺物】……!



「サクラ! 稼動する前に打て!」

「はい!」



 ――ゴッ!! 



 ……


 …………


 ………………



「はっ!? ごめんなさい……力みすぎました……」

「え、いや、何と言うか、凄いね……。怒らせないようにしないと……」



 心配する必要はなかった。

 考えてみたら、墓守も一方的に相手取るのがサクラだ。


 力量がわからないのは相手も同じで、くねくねさんはまともに対峙する間もなく、鉄鎚で打ち上げられ建物の向こうへと消えていってしまったんだ。。


 下手な【神代遺物】よりも、サクラが凄い。



「さて、どうする? お仲間は飛んでいったけど……」


「グギッ!? クッ、クソガッ! オボエテヤガレ!」



 竜種の男も、捨て台詞を残すと一目散に逃げていった。

 覚えるつもりはないけど、報復がある前に街を出たほうが良いかな……。


 とりあえず、僕たちはともかく保護した少年の話を聞くのが先だ。



「君は? できれば、追いかけられていた事情を聞きたい」



 お節介だとも思うけど、今のは仕方がないと思うんだ。


 少年は、目の前で起こった出来事にただ呆然としていた。

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