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第十六話 彼女 と 誰か

「ご協力に感謝いたします」



 そう言って年若い騎士は頭を下げた。

 “ぜ”と“べ”の兄弟と、その盗賊団を関所で引き渡したんだ。


 盗賊団は総勢十三人と、全員がルテリアの牢に入れられていたところを、一連の騒動での崩壊から逃げ出して来たらしい

 持っていた【神代遺物】もやはりたこ焼きの鉄板で、サクラによると神代のものでもなく、鳳翔から日本料理として広まっていただけのものだそうだ。


 そうして僕たちは後のことを騎士隊に任せ、関所の門を通り抜けた。

 辺りはすっかり夜になってしまい、新月の遠く広がる深い闇の中で、掲げられた松明の明かりだけが文明の色を灯している。



「だいぶ遅くなってしまいましたね」

「もう直ぐ日が変わるな……。何で僕たちはすんなりと進めないのか」

「でもでも、騎士の皆さんビックリしてましたです! 褒められましたぁ~」

「パッと見は子どもが多いように見えるからね……」


「いまの姿でははんろんもできないわ……」

「光翼を見せれば誰もが跪くのだ……」



 パッと見の幼女二人は馬車の中で項垂れている。


 旅の間、余程のことがない限りはリシィとノウェムの正体を明かさないようにしているから、騎士たちにそれはもう子ども扱いされてこの有様なんだ。

 リシィが頭を撫でられて危うく正体を明かすところだったけど、本来は敬うべく貴人が幼女の姿でボロ馬車に乗っているとは思わないよな……。



「ここのようですね」

「ああ、明日も早いからもう寝よう」



 夜も遅いため、僕たちは騎士隊が寝泊まりする宿舎の一室を借りた。


 本来この関所は通り過ぎるだけの場所だそうだから、暗闇の中で静かに佇む建物は片手で数えられるほどしか見当たらない。

 古い石造りの建物は寂しいほどに簡素で、ルテリアが如何に発展していたのかと懐かしさが込み上げてしまうほどだ。


 まだ先は長い、馬車に揺られるばかりで軋む体を少しでも休ませよう……。




 ―――




 ――翌日の朝。



「ふぁ……ふにゅ……」

「リシィ、眠っていても良いよ? まだ早い時間だし」

「ん、だいじょうぶよ。この体になってからはつねに眠気があるけれど、じっさいに子どもではないのだから、だだをこねたりはしないわ」

「そうかなあ……?」

「なにか……?」

「いえ、何でもありません!」



 僕たちは朝早く出立し、再び馬車に揺られるだけの旅を続けていた。


 順調に行ってもこれが後二週間は続き、自分の脚で歩いた迷宮内とは違いただ時間を持て余すけど、その分は様々な景観が目を楽しませてくれる。


 今もそう。



「森林を抜けた後にこの景観とは、ただ驚くしかないな」



 僕は馬車の中から、御者席に顔を出して呟いた。

 御者席ではテュルケが手綱を引き、隣にはサクラもいる。



「“天降りの星痕”と呼ばれる、かつては世界でも有数の難所だったそうです。【重積層迷宮都市ラトレイア】の発見まで、この地を越えるために多くの犠牲があったと探検記などでは記されていますね」


「つまり、この道は先人たちの足跡か……感謝するしかないな」



 おそらくは、ここも【ダモクレスの剣】による破壊の跡だな……。


 僕たちが今進んでいるのは、世界でも唯一の神力が結晶化して形作った山脈の谷間だ。

 この場所は、かつての大戦末期に大地から噴き出した神力が、太陽フレアのように空高く舞い上がりそのまま固まってできたものとのこと。

 結晶山脈は標高数千メートルに達し、巨大な彫刻物が無数の弧を描き寄り集まっているかのような光景は、想像を絶する景観を生み出していた。


 僕たちが進む青い結晶の大峡谷は美しく見惚れる反面、その谷間を進む自分があまりにも小さな存在で恐れさえ抱かされてしまう。



「“天の宮”から、この地は美しい輝きにしか見えなくてな、軟禁状態の我はかつて空から憧れたものだ。その内を歩めるなぞ夢にも思わなんだ」


「よかったわね……。わたしも、ルテリアに向かったときは船上からとおくながめただけだったもの、そのうちを帰ることになるなんて想像もしなかったわ」


「おや? リシィよ、我を気遣ってくれるのか? 最近は何やらずいぶんと素直になったとみえる。くふふふふ」

「んっ!? ちっ、ちがうにょ! い、いえ、ちがわないの……皆にはかんしゃしているもの……」



 リシィの反応に、ノウェムが驚いて目を大きく見開いた。

 無理もない、いつもならここからキャットファイトが始まるから。



「あ、主様、リシィが妙に素直で怖いの……」

「うん、色々と大変だったからな……。皆が皆に感謝するさ」


「ん、んうぅ……だ、だからといって、カイトにすり寄るのはみすごせないわっ!」

「なっ、少しばかり良いではないか! 最近はおぬしばかりが主様の膝の上で、我は傍で指を加え見ているばかりなんだぞ!」

「やっ! ダメッ! カイトはわたしの騎士なんだからっ!」



 なんてこった、時間差でキャットファイトが始まった……!

 つい今しがた『駄々をこねない』と言わなかったっけ……あれ!?



「ぐぬーーーーっ! 今回ばかりは譲らぬ!!」

「やーーーーっ! 抱っこーーーーーーっ!!」



 何か、“普段のリシィ”と“幼女のリシィ”の二つの人格が、今の彼女の中に存在してはいないだろうか……。


 まさか、本来はあり得ない変異をしたことで多重人格に……?


 助けを求め、我関せずのアサギに視線で訴えかけようとすると、【時揺りの翼笛(エルニート)】を保管する箱の隙間から朧気な翠光が放たれているのが目に入った。



「んーーっ! んーーーーっ! カーイーートーーーーッ!」

「主様っ! 今度ばかりは我の番なのっ! なのっ!」


「ま、待って二人共、とりあえずは落ち着こう!」



 リシィとノウェムを何とか落ち着かせるため、僕は二人の頭を無理やり自分の膝の上に乗せ、下手な子守唄を歌い始める。

 特に昨晩は遅く今朝は早いと睡眠時間をあまり取れなかったから、あくびが絶えなかった駄々っ子二人に抗うことはできないだろう。


 ……


 …………


 ………………



 そうしてしばらくすると、案の定二人共穏やかな寝息を立て始めた。

 リシィに至っては、自分の親指を吸いながらと完全に幼女だ。可愛いけど。



「ふふ、カイトさん、お疲れさまです。お水は如何ですか?」

「ありがとう、もらうよ。子守唄を歌い続けて喉がカラカラだ」



 サクラが頃合いを見計らって馬車の中に戻り、コップに水を注いでくれた。



「サクラ、【時揺りの翼笛(エルニート)】に異常はないか? 隙間に光が見えたんだけど……」

「【時揺りの翼笛(エルニート)】ですか……?」



 サクラは直ぐに箱を開け確認してくれたけど、すでに光は消えていた。


 箱は特別なものではなく、作ったアシュリーンが『砲撃からも中身を守るのよ』と言っていた、異常に頑丈なアタッシュケースだ。

 中身は当然、騒動の原因の【時揺りの翼笛(エルニート)】が布に包まれて入るのみで、それ以外に光るようなものはない。


 サクラは丁寧に布の中も確認しているけど、特に異常はなさそう。



「今は何ともないようですね……光っていたのですか?」

「ああ、アサギも見たよな?」



 アサギも今度ばかりはコクリと頷く。



「この【神代遺物】は、リシィさんと密接な結びつきがあるようですから、リシィさん……いえ、“龍血の姫”の感情の昂ぶりに呼応したのでしょうか」


「リシィの様子にも疑問点はあるんだよな……。僕には、今のリシィが二つの人格(・・・・・)を内包しているように思える」


「はい、私もそう思います。肉体が若返ったにしても、精神の退行が過ぎる(・・・)ように思えますから。考えられるとしたら、神龍テレイーズの干渉でしょうか……」

「僕もサクラと同じ考えだ。何にしても今はまだ何とも言えないから、リシィの状態がこれ以上は悪化しないよう注意して旅を続けよう」

「はい、いざとなれば私が【時揺りの翼笛(エルニート)】を破壊します。構いませんね?」

「背に腹は代えられない。サクラ、その時が来たら頼む」

「はい」



 僕は穏やかに寝息を立てるリシィの髪を撫でた。


 彼女は今も、居所のわからないテレイーズの夢を見ているのだろうか。

 ルテリアを離れた今、僕たちが直ぐに頼れる存在はなく、僕自身も神器の見せる夢を見なくなって久しいと、明確な道標がない。


 果たして、僕たちの進む先には……。



「うにゅ……。カイトォ……どこにさわっているの……」

「ほわっ!? ごごごめんなさい!? 髪だよ髪!」

「ん……すこしだけ……なんだから……スー……スー……」

「ね、寝言……?」



 何にしても今は馬車の旅、退屈でも平穏な時間を望むしかない。

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