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幕間二 補佐官は思い悩む

 “砲狼カノンレイジ”を主軸とした【鉄棺種】の襲来から三週間。


 かつて、この地に居城を築いた王の御所で、会議が開かれていた。

 白亜の大会議室。神代の様子を描いたと言う天井の絵画の下に、円卓を取り囲むように三人の総議官、九人の執政官が座している。



「では、壊滅した湖岸防御陣地、並びに三割を破壊された河川防御陣地の復旧に、来年度防衛予算の一割を追加で計上して書類を作成します」


「頼んだぞ」



 被害は甚大だった。


 ルテリア湖に接する大断崖には、岩壁を縦に割る巨大な亀裂が存在する。

 この大亀裂からは大型【鉄棺種】が現出し、その襲来から街を護るための湖岸防御陣地は、今回の侵攻でほぼ全てが破壊されてしまっていた。


 早期復旧のための話し合いが行われ、外洋に演習航海に出ていた艦隊も、予定を繰り上げて呼び戻されている。



「次の報告を」



 迷宮探索拠点都市ルテリア代表総議官、ジェイエムス ジィン ルテリア。


 灰褐色の長い髭から覗く真一文字の口から、重々しい声音が放たれた。

 ただ言葉を口にしただけで、何者をも圧倒してしまう真言を含んだ問いは、促された補佐官の肝を零下まで冷やしてしまう。



「……は、はい。以前の議題に上がった、“地球人の異常来訪数”に類似する、いえ、延長の報告となります」


「ふむ、確かつい先日、“五人目”が保護されたと聞いたが。それか?」



 エスクラディエ騎士皇国代表総議官 兼 駐在武官、シュティーラ サークロウス。


 総議官の中でも一際美しく勇ましい真紅の女性が、まだ本題にも入っていない補佐官の報告に先んじて、新たな“異常”を口にした。


 彼女は、エスクラディエ皇国騎士団 第一騎群 第三騎兵師団、一万四千騎を預かる師団長でもある。

 その彼女をもってして“異常”だと感じる事態、それが今【重積層迷宮都市ラトレイア】では起きている。



「いえ、それもありますが……今回の報告は違います」

「ふむ、ならば……」


「サークロウス卿、気が急くのもわかりますけれど、まずは最後まで報告を聞きましょう。貴方もごめんなさいね」



 聖テランディア神教国代表総議官、セントゥム エルトゥナン。


 三人の総議官の最後の一人。地上に下りたセーラム高等光翼種の一翼が、その気もなく補佐官を圧するサークロウスを優しく諭した。

 子供のような外見、しかして太母の寛容、その実は世に比類なき神族の威光。

 同じ総議官と言えども、容易く口を挟むことは死地をも歩む覚悟がいる。


 砲狼さえ一刀で斬り断つ勇猛な女騎士も、その介在に続く言葉を失ってしまった。



「はい、報告を続けさせていただきます」



 これには、この場に居合わせた誰もが、大した胆力だと補佐官を評価した。

 三人の総議官を前にして、一度中断した言葉を続けるのは、大断崖の最上から身を投げても無事でいられる能力と心胆が必要。


 それでも、全身を震わせる補佐官は気丈にも報告を続ける。



「今年に入って保護された、四人の来訪者なのですが……【鉄棺種】襲来より三週間で、この四人全員が探索許可証の申請を行いました」


「何だと!?」

「そんなバカな!?」

「怖気づくこともなく!?」

「どう言うことだ!?」



 ざわめく室内、ただでさえ異常事態となる地球人の短期間連続来訪とその保護。それに拍車をかけて、保護された全員が【重積層迷宮都市ラトレイア】に挑むと、意思表示をしている。【鉄棺種】の襲撃を目にしながらも。


 それまで、黙して成り行きを見守っていた総議官ジェイエムスが口を開く。



「彼らの言い分は聞いているか」



 大気が震え、この場にいる誰もが口を噤んで室内に静寂が訪れる。

 言葉を発した彼の前では、何者も発言どころか息をすることもままならない。



「……は、はい、全員【鉄棺種】襲来の際に、『言葉を聞いた』と証言しています」

「“言葉”とは何です?」



 総議官セントゥムが、優しげな微笑を浮かべて問う。

 彼女は何かを察したのか、表情は穏やかながらどこか陰りを見せている。



「詳細はわかりません。ただ……その内の三人は、『神によって選ばれた』と肯定的に受け取め、ですが“神”については何も語ろうとしません」

「ふむ、一人は違うのか?」



 総議官シュティーラが、眉根を寄せて問う。

 その表情が表しているのは『解せぬ』。



「はい、残りの一人は最も後に保護された、日本人のカイト クサカ……失礼、日本では苗字が先でしたね。久坂 灰人、彼は聞こえたと言う言葉を、『良くないモノ』と表現していたそうです」



 会議室の視線が一人の男性に集まる。

 意味はない。ただ久坂 灰人と同じ、“日本人”であるだけ。


 名は、鶴来ツルギ 宗屋ソウヤ――この世界に迷い込んだ、九人の日本人の内の一人。

 商社マンを思い起こす、生真面目で鋭利な面立ちをした男性だ。



「ツルギ、同じ日本人の貴様なら、この三人とカイト クサカの言い分の食い違いに気が付くことはないか?」



 ツルギに視線だけを向け、シュティーラが多少気を抑えて問う。

 その上からの語調とは裏腹に、ツルギを見る目は期待に満ちている。


 ツルギはかけた眼鏡の縁を押さえ、数瞬の思考の後で口を開いた。



「情報は足りませんが……確かその三人は西洋の方々でしたね。でしたら、信仰感の違いからではないでしょうか」

「と、言うと?」


「西洋の神とは不可侵の存在です。崇め奉り、恩恵を受けるために祈る。もし、見えざる者から言葉を与えられたのなら、『選ばれた』と思うこともあるかも知れません」

「ふむ、それが西洋の神とやらか。では、日本の神は違うのか?」


「はい、日本の神は西洋のそれとは大分違います。日本人は“無神論”と言われますが、私の考える本質は違います」

「ツルギ、詳しく聞きたい」



 離れた席にいるにも関わらず、サークロウスは身を乗り出して興味を示す。

 彼女がツルギに対して好意を抱いていることは、ここにいる誰もが知るところだ。



「日本の神の観念とは“八百万の神々”、つまり多神教です。一般には、“九十九神”と呼ばれる存在が身近に認知され、神とは少し違いますが、身の回りにある全てのものに宿るとされます。このような鉛筆や紙にまで」

「何と……」


「ですから、多くの日本人にとって神とは信仰する対象ではなく、“共存する者”との認識が根強い。信じる者も信じない者も、自覚のあるないに関わらず、幼少からの教育で深層意識に刷り込まれ、無自覚にそのような存在の善悪を区別していても、何ら不思議ではありません」


「だとするならば……」



 地響きさえ聞こえてしまいそうな重圧が室内に充満した。

 これには気丈な補佐官も流石に膝を折り、机に手をついて堪えるしかない。

 重々しい気配が現実の圧力を伴い、断裂する空間の如く眼を開いたジェイエムスが発言する。



「『良くないモノ』、これは久坂 灰人にとって“共存の出来ぬ者”と評するより他にない。ツルギ、“神”とは何だ」



 問うているにも関わらず、これは問いではない。完全なる断定。

 久坂 灰人が“三位一体の偽神”と表現した存在、ジェイエムスはそれが何かを知っている。

 紛れもなく、ここに来て続く異常事態の原因を知っている。

 もしくは推察が及んでいる。



「それについては情報が足りません。忙しさにかまけて後回しにしていましたが、久坂 灰人……彼のことも含めて精査する必要がありそうですね」



 ツルギは人差し指と親指を使い、眼鏡をクイと持ち上げる。

 彼の瞳には、姿を隠した“異常存在”に対する静かな闘志が燃えていた。


 今まさに迷宮の奥深く、口を開かんとする冥き淵を見通さんと――。





「も、もも申しわけあり、ありません。も、もう一つ、重大な報告がごごございます」



 最早、その若い補佐官はまともに立つことすら出来ていない。

 それでも、迷宮探索拠点都市ルテリアの、行く末にまで及ぶかも知れない懸念を伝えなくてはと、重い責任を胸に秘めて立ち上がった。



「何だ」


「こ、この四人全員(・・・・)……はぁ、はぁ……【鉄棺種】、襲来の際に……はぁ、はぁあぁぁ……固有能力を(・・・・・)獲得しています(・・・・・・・)



 大会議室に激震が走った。

 比喩でも何でもない、圧力が本当に空間を揺らした。



 補佐官は思い悩む。その内の一人、久坂 灰人が獲得したものが“神器”と言ってしまったら、それこそルテリアが崩壊してしまうのではないのかと。


 補佐官は思い悩む。あまりに思い悩み過ぎて、眉間に皺が寄り、眼光も鋭く、毛が全て白くなり、『白狼』の異名をつけられるまで。


 補佐官は思い悩む。仕事を辞めて、自由気ままな探索者にでもなろうかと。





 ――世界は回る。


 久坂 灰人の与り知らぬところで、どこまでも世界は回っていた。

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