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第十四話 姫さまご乱心

 ◇◇◇




「んにゅ……ん……」

「リシィ、おはよう。体調に変化はない?」

「え……あ、カイト……。わたし……どうなったの……?」

「神器を顕現した後で眠ってしまったんだ。今は日が落ちて夜だよ」



 目を覚ますと直ぐにカイトが見えた、傍にいてくれたのね。

 場所はどこかのテント内……フィレンテ騎士団の前哨地だわ。



「えと……ぽむぽむうさぎは……?」


「はは……何とか追い返したよ、心配はいらない。みんなも受け身を取って無事、騎士団も打撲だけで大したことはなかったんだ」


「よかった……。カイトもだいじょうぶよね?」

「うん、僕は掠り傷ひとつないよ」



 体はまだ少し重いけれど、起きようとするとカイトが背を支えてくれた。


 たった一度の神器顕現でこんなに負担があるなんて……思えばテュルケよりも小さくなってしまったんだもの、まだ体内の神脈も安定しない年頃だわ……。



「かいどうは……はかもりは……?」


「銀槍に貫かれた後は完全に停止したよ。残骸が街道を封鎖したままだから、フィレンテから応援を呼んで撤去作業中だ」


「そう、なんだかひょうしぬけね。迷宮ではあれほどしつこかったのに」

「そうなんだよな。あれはリシィを狙ったというよりも……」

「なに……?」


「いや、まだ憶測するにも情報が足りない。それよりもお腹は空いていないか? ちょうど夕飯時だからご飯にしよう」



 カイトの時に予見にまで至る思考が、また何かを言い当てようとしているわね。


 私は龍の頭部を持つ墓守を見ると、迷宮で襲われた時のこと……幾度もカイトを危険に晒してしまった時のことを思い出して、ただ恐れるばかりだわ……。



「リシィ?」

「え、ええ、朝にたべたきりだものね。お腹が鳴ってはずかしい思いをするまえに、しょくじにしましょう。……ん」

「うん、何? どうしたんだ?」


「んーっ! ささえてくれるって言ったわよねっ! まだ体がだるいんだからっ、抱っこっ!」


「ほわっ!?」



 んんっ!? わっ、私……いったいどうしてしまったの……。


 な、何か……心が思い通りにならなくて、自分でも思いもよらず気持ちが表に出てしまう……こんなの本来の私ではないのに!

 うぅ……今の状態を利用してカイトとくっついていたいだなんて……これまで抑えていた情動が、自分の意思とは無関係に溢れてきてしまうの……。


 こ、このままでは……。



「んっ!?」



 我に返って前言を撤回しようとしたところ、先に抱き上げられてしまった。



「旅の途中で何かあってもいけない。神器の扱いには気をつけよう」

「う、うん……」



 カイトの体が大きく感じる、私が小さくなったからだけれど……。

 体が怠いのは本当なんだから、こんな時くらいは頼っても良いわよね……。


 そうして、私は胸の鼓動を速めながら、心地好い彼のぬくもりに頬を寄せた。

 今なら、事あるごとに密着しようとするノウェムの気持ちが良くわかってしまう。


 ずっとこうしていたいけれど、この状態では確実に……。



「ぬあっ!? まっ、またっ、我の特等席をっ!!」



 こうなるわよね……。



「ごめんノウェム、今は譲ってあげて欲しい。今のリシィは神器の顕現で負荷があるようで、落ち着くまでは支えが必要だ」

「ぐぬぬ……仕方あるまい……。リシィの代わりは我が奮い立つとしよう」

「助かるよ。今の我慢にはしっかり良い報いで返すから」

「約束だぞ、主様よ」



 私とカイトがテントから出ると、周囲には焚き火を囲んで皆もいた。



「姫さま、大丈夫です? お辛いです?」

「リシィさんが眠られている間に神力の供給はしたのですが、やはり総量自体が少なくなってしまっているようですね」

「だ、だいじょうぶよ。お腹がすいているのもあると思うの……」

「でしたら準備は出来ていますから、直ぐに夕食としましょう」

「ええ、ありがとう」



 アサギからは遠巻きに睨まれている気がするけれど、あの娘は元々目つきが切れ長だから、夜陰に紛れてそう見えるだけかしら……。


 何にしても、今の私は心も体も思うようにはならない……。





 テントの外はカイトの教えてくれた通り、日が暮れ暗くなっているわ。

 場所は建材に使われるため伐採された森の一角、闇色を焚き火の暖色がぽっかりと切り抜き、皆は切り株に腰を下ろして思い思いに食事を取り始めている。


 私はもう開き直ってカイトの膝の上。少し熱も出てしまっているようで、この体での神器顕現は元に戻るまで慎重に判断しないとダメね。



「きしだんは、くらくなってもまだてっきょさぎょうをしているのね?」

「ああ、何せ酷い失態だと肩を落としていたから……。リシィの手前、良いところを見せようとしたのが裏目に出てしまったみたいなんだ」

「ぽむぽむうさぎの突進を止められるのは、ベルクさんを始めとする一部の頑強な種だけですからね。本来は散開して取り囲むのが定石ですので、何が何でもリシィさんをお守りしようとする騎士の矜持だったのでしょう」


「それは、わるいことをしたわ……」

「リシィのせいではないよ。姫を守るのはいつだって騎士の誉れだから、龍血の姫はそんな姿も誇りと思ってくれると、僕からは伝えておいた」

「ん……そうね、かれらが戻ってきたらわたしからもしっかりと伝えるわ」

「うん、そうしてくれるとありがたい」



 それにしても食べ難いわ……。


 カイトが口に運んでくれて私が食べるのを、テュルケとサクラは微笑ましそうに見ているし、ノウェムは隣でずっと「ぐぬぬ」と唸っているんだもの。

 こんな姿になってしまったけれど、本来はもう直ぐ十八歳になるんだから、中身は立派な淑女な……の……あっ……。忘れていた……ずっと竜角を取り戻すことばかりに気を取られて、取り戻した後も考える間もなくて……。


 そうだったわ……“龍血の姫神子”は齢十八となるまでに、“神器”と“龍血”を次代に継がなくてはいけないの……。


 これを過ぎると神器との繋がりが……けれど、私はまだ……。



「リシィ? もうお腹が一杯?」

「え……あ、いえ、すこしかんがえごとを……」

「何か気懸かりでも?」

「ううん、たいしたことではないわ。けれど、いずれは聞いてもらえる……?」

「うん、リシィの体調が戻ってからでも、いつでも聞くよ」



 とは言ったものの、こんなことをどう話せば良いの……!

 次代に継ぐということは……誰かと……えと、その、カイトと……。

 んぅぅぅぅっ! 無理よっ! ようやく少しは素直になれたけれど、まだどうしても意地を張ってしまう部分がなくならないんだものっ!


 そ、それに、この子供の姿では……彼の、は……あぅ……。



「リ、リシィ……? 顔がもの凄く赤いけど……本当に大丈夫なのか……? あれ、体が熱い……? まずい、サクラ、テュルケ!」

「姫さま!?」

「リシィさん!?」


「ふぇっ!? ちっ、ちがうのっ! これはっ、これはっ……うーーーーっ」



 私はあっという間に、再びテントに担ぎ込まれてしまった。


 だって仕方がないわっ! そ、そんな、カイトとの……ごにょごにょを想像しただけでも顔から火を噴きそうなのに……。


 実際にどうにかしないといけないなんて……んぅうぅぅぅぅぅぅぅぅ……。




 ◆◆◆




 ビックリした……。


 食事中にリシィの体温が急激に上がり始めたから、何ごとかと驚き僕たちは慌てて彼女をテントに運び込んで寝かせた。

 直ぐにサクラが体温に干渉したことで程なく熱は下がったけど……神器顕現による負担は、実際のところ自分で動けないほどにあるのかも知れない……。


 そんな状態にも拘らず、皆に心配かけまいと我慢しているんだ……。



「リシィ、無理はしないで。辛かったら頼ってくれて良いから」

「え、ええ……しんきのせいではないから、ほんとうにだいじょうぶよ……」


「それなら、今のはいったい何が……」

「んにゅっ!? そそっ、それはっ、今は……」

「あ、ごめん。そうだね、今はゆっくりと体を休めて」



 リシィは毛布を口元まで深く被り、緑と黄の瞳色で僕を見詰める。

 熱は下がったはずだけど、どうもまだ額は赤く体温が高いようで心配だ。


 旅路は長い、彼女の負担とならないように戦闘は僕たちが補わないと……。



「カイト……」

「うん?」

「もし私と……ふうふぅー、ふぅー、ふぅー、ふぅーうぅー」

「ど、どうした!? まだ熱が!?」


「やっ、やっぱりなんでもないわっ」

「いや、溜め込むのは体に障る。我慢しないで伝えて欲しい」

「そっ、それならカイトはっ! 私とごにょごにょしたいとおもってくれるにょっ!?」

「にょっ!? 何だって!?」



 ま、まずい……リシィはまた熱が上がり始めたのではないだろうか……。

 それに言葉もはっきりと発音できていないのは、まさか意識にも混濁が……。

 最悪の事態となってしまう前に……何とか僕にできる最善を……。



「リシィ、熱を測るから額を近づけるけど、少しだけおとなしく……」

「ふにゃっ!? やーっ! そんなことしたらっ、よけいにダメなのっ!」

「くっ、そうまでして心配かけまいと……。大丈夫、僕が絶対に何とかする」

「やーーっ! だいじょうぶだからっ、いまはひとりにしてぇっ!」

「こんな状態のリシィを放っておくなんてでき……」

「やぁーーっ! カイトのバカッ! あっちにいってバカッ!」


「嫌われたって構わない、僕はリシィの傍を決して離れない……!」


「もーもーもーーっ! そういうところなのっ! そっ、そんなだからっ……!」



 結局、リシィの熱は更に上がった。

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