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第十三話 昨日の敵は今日の――

 黒杖は今のリシィにとって体格に余るほど長い。

 それでも両手で精一杯に掲げ、金光を纏って歌い始める。



「げつりんをしゅ……んっ、げつりんをすべしもにょ……んんっ」



 だ、大丈夫だろうか……。



「月輪を統べし者 天愁孤月を掲げる者 銀灰を抱く者――」



 舌っ足らずにもにょもにょしているリシィの代わりに、僕が歌い始めた。


 とても歌とは言えない朗読だけど、【極光の世界樹(アインソフオウル)】に接続するための鍵を思い描くことが神唱の役割なら、外部からの補佐でも相応の心象は形作れるはず。


 ちらりと僕を見たリシィに頷き返し、共に声を合わせる。



「白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん 万界に仇する祖神 銀槍を以て穿て 葬神五槍――」

「はくきんりゅうの血にょみぎり 打ちて 焼きて また打たん ばんかいにあだしゅるしょ、そしん ぎんそうをもってうがちぇっ――」



 ところどころ噛んでいるけど……たぶん大丈夫……?



「「【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】!!」」



 結果は成功。リシィは気がついていないけど、背後のアサギによる龍血の支援もあり、銀色の槍が僕たちの頭上で形作られる。


 だけど短い。今のリシィの身長ほどだから、全長百四十センチ程度だ。



 ――ゴドンッ!! ドドオォォォォォォッ!!



 殴られ続けていた墓守が剛腕を捕らえて押し返すと、ぽむぽむうさぎはたたらを踏み、木々を薙ぎ倒しながら森の中へと消えていってしまった。


 墓守は頭部がないまま、それでもどうやらリシィを見ているようだ。



「やっ……」

「大丈夫。奴は機動力に難がある、リシィには近づかせない」



 僕はリシィの細く小さい肩を抱いて盾を構える。


 更に“姫”を守るのは僕だけでなく、サクラとテュルケ、空から下りたノウェム、ガラトラン副団長以下、フィレンテ駐留騎士団も墓守の眼前で立ち塞がった。


 例え“八岐大蛇やまたのおろち”に変異しようとも、リシィには肉片のひとつも触れさせない。



「んっ、まががみをめっするりゅうけつのしんき、受けなさい!」



 頭部がなくなったことで、首なし騎士(デュラハン)となった墓守はこちらに一歩を踏み出そうとするけど、膝から先が拉げた脚では満足に進めはしなかった。



 ――キィイイィィィィンッ!!



 小さな銀槍は、それでもやはり【銀恢の槍皇ジルヴェルドグランツェ】だ。


 リシィが一生懸命に黒杖を振ると、今度ばかりは逸れることなく墓守を貫いた。

 ぽむぽむうさぎの乱打で拉げた装甲は、内側の“肉”ごと胴体に大穴が空けられ、やはり最後まで再生も増殖もすることなく、その場で地響きを立てて倒れる。


 そして、倒れたと同時に“肉”は炭化し、正午前の健やかな空に浄化されるかのように霧散し消えてしまった。


 後には、動きを止めた機械部品と装甲の塊が横たわるのみ。



「お、おわったの……?」



 リシィは僕の体にしがみつきながら恐る恐るそう言った。



「ああ、あの状態なら立ち上がることもできな……」



 ――ドゴォオオォォォォッ!!



「にゃーーーーーーっ!!」


「終わってなかった!!」



 ぽむぽむうさぎが木を薙ぎ倒しながら再び街道に姿を現した。

 一見するとわからないけど、どうも吹き飛ばされたことで怒っているようだ。



「全隊、二列横隊、構え! ここからは我々の役目、姫君は下がられよ!」



 ガラトラン副団長の号令で、これまで左右で防御隊形を維持していた騎士団が、僕たちの前で二列横隊を組んで街道を封鎖する。

 一列十二人の二列、一列目の騎士は槍と盾を構え、二列目はその更に上から槍を突き出す。全ての槍が正面を向き、左右を森に囲まれたこの場所では巨体のぽむぽむうさぎは側面を突くこともできない、完全な密集陣形ファランクスだ。


 ここまで前進して来たことにより、彼我の距離は既に三十メートル。ぽむぽむうさぎは墓守よりも小さいとはいえ、あの剛腕に打たれてはただで済まないだろう。

 人を襲うのは、あくまでも縄張りに踏み込んだ者を排除するためと聞く。体が大きいから脅威となるだけで、やっていることは他の動物とも人とも変わりない。


 だから、どうにか大人しく森に帰ってはもらえないだろうか……。生存競争の観点から考えるのなら、甘い考えは厳禁だけど……。



「にゃっ!!」



 ――キュウンッ! キュババッ!!



「えいにゃー!! ですです!!」



 ぽむぽむうさぎが口から放った光線に、テュルケが対応して“金光の柔壁(やわらかクッション)”で射線を曲げた。物体ではないので完全には返せない。


 微妙に言葉が影響を受けているけど、あのゆるキャラ然とした外見のせいでいまいち緊張感がないのはわかる……。



「全隊、前へ!!」


「にゃああああああっ!!」



 槍を向けたことで更に怒らせてしまった……!


 進み始めた騎士団に向かい、ぽむぽむうさぎも丸い巨体で突進を始めた。

 街道に深い足跡を残し、揃えられた槍に怖がることもなく、白い毛玉が迫る。


 嫌な予感がする……。脳裏に過ぎるのは……ボーリング(・・・・・)



「放電!!」



 ――バギンッ!! ドゴォォオオォォォォォォッ!!



「なっ……!?」



 騎士の中にも雷を操る能力者がいたらしく、ぽむぽむうさぎと接触する瞬間に青白い雷光が槍の先端を駆け抜けた。


 だけど、結果は嫌な予感通りのストライク(・・・・・)


 騎士たちはボーリングのピンとなってしまい、密集陣形ファランクスで密集していたからこそ全員がものの見事に吹き飛ばされ、行く手を阻むことはできなかった。



「はああああああっ!!」

「やああああああっ!!」



 それでも勢いを削がれたぽむぽむうさぎの隙を、サクラとテュルケが突く。


 騎士団には悪いけど、この場は僕たちに任せてもら……。



 ――モフーーーーーーンッ!



「なん……だとっ……!?」



 驚いたことに、サクラの鉄鎚もテュルケの白大蛇も、ふわっふわもふもふの毛に阻まれ、その弾力で強撃の倍の速度で吹き飛ばされてしまった。


 二人とも木々を飛び越え森の中へと消えていく。



「くっ……リシィ、アサギ、支援を!! ノウェム、頼む!!」


「あいわかっ……」

「にゃっ!!」

「ぎゃーーーーっ!?」



 ノウェムはペンキ缶を取り出したところで、反応したぽむぽむうさぎの対空光線が掠り、逆に赤いペンキを被ってやはり森の中に落ちていってしまった。



「そんな……まさか……」

「よっ、よくもっ! きんこうにょ……うっ、力が……」

「リシィ!?」



 リシィもその場に倒れる、神器の顕現が負担になってしまったんだ。


 残されたのは僕とアサギ、二人の来訪者だけ……。

 眼前には、身体能力ではとても敵いそうにないぽむぽむうさぎ……。



「どう……しろと……」


「にゃああああああっ!」



 ――ゴシュッ!!



 間髪入れずに殴ってきたぽむぽむうさぎの拳を、僕は霊子力盾エーテルシールドで受け止めながら何とか体を引き、脇へ流すように辛うじていなした。

 そのせいもあってか、急に拳の方向を変えられたぽむぽむうさぎは勢いを殺し切れず、ゴロゴロと転がって大木に突っ込む。



「にゃ……にゃああ……」



 手脚をついて起き上がろうとするぽむぽむうさぎは、その手脚だけに注目すると、胴体だけのきぐるみを着ているマッチョマンに見えないこともない。


 対するにはかなり困惑するけど、ベルク師匠からこれまでに叩き込まれた盾技と、神代由来の義肢でいなせることはわかった。

 僕自身の肉体も完全には“人”に戻ったわけでもない、冷静になって対処すれば突破口は見い出せる。



「アサギ、毛はダメだ。狙うなら手脚と、あのつぶらな瞳。頼む」

「……了解」


「にゃああああああああっ!!」



 ぽむぽむうさぎの目が光り、威圧感も高まった気がした。



「来い! お前が退くまで僕が相手になる!!」


「にゃああああああああああああああっ!!」



 ぽむぽむうさぎはそこまでの知恵があるのか、僕の盾が一枚しかないことを認識したようで、両腕で同時に殴りつけてきた。


 左右から挟み込んで迫る剛拳に対し、僕は間合いの内側に踏み込み、更に毛のない腕を騎士剣で斬りつけ、体格差を逆手に取って股下を潜り抜ける。

 その間にもアサギは距離を空けてアサルトライフルで目を狙い、僕が安全に抜け出るまでの手助けをしてくれた。


 良し、腕なら斬れる。やたらと硬かったけど、これなら騎士剣よりも高周波振動短剣を使えば、何度目かで斬り落とすことも可能かも知れない。



「にゃ……にゃあ……」

「……ん?」



 だけど追撃はなく、ぽむぽむうさぎは立ち尽くしたまま、上体?をこちらに向けて右腕を突き出した。



「な、何だ……?」



 その腕の先端は、拳を握って親指だけを立てる形……サムズアップ(・・・・・・)だ。



「ほあ?」



 そしてぽむぽむうさぎは、そのままあっさりと森の中へと去っていった。


 ほどなく僕に近づいて来たアサギが、どうしてか誇らしげな表情に見える。



「……」

「……認められた」


「えっ!?」

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