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第十二話 剛兎をもって墓守を制す

 前哨基地で一夜を過ごし、夜明けとともに僕たちは墓守に接近した。

 彼我の距離は二百メートル、街道といっても道幅は馬車一台半程度しかなく両脇は森、これでは避けて通ることもできないだろう。


 昨晩のアサギについては、やはりあれ以上のことは語らなかった。

 わかることがあるとしたら、瞳の色が変わる、龍血が混じっている、そして時の彼方よりの来訪者……。これが何を意味するのか、僕のような存在は他にもいるだろうけど、それよりもむしろリシィに近しい存在に感じるんだ……。


 アサギは『自分からここに来た』と言っていた、『父親を救う』とも。

 僕は正体のわからない彼女に対し、どうするべきだろうか……。



「一晩が経っても再生はしないようですね……」

「ああ、破壊箇所がそのままだ。このまま討滅できれば……」



 サクラが警戒しながら、未だに街道を塞ぐ墓守の様子を告げた。


 遠目の観察でわかったことは、墓守がその装甲の内側を生体組織で完全に侵蝕されながらも、破壊された脚は再生されていないということ。


 これが罠だとしたら何とも巧妙な戦術だけど、僕にはあれが、迷宮でリシィを狙った変異墓守ヴァンガードとは違うもののように思える。



「こちらにも気が付いているようだけれど……うごきがないわ……」



 リシィは僕の背後で裾を掴んで半身を隠している。


 切ろうと焼こうと、自分を殺すためにしつこく襲い来る変異墓守は、彼女にとってはトラウマものだ。本来なら、近づくどころか目にもしたくはないだろう。



「あれは変異墓守とは違う。リシィ、大丈夫だよ」

「え、ええ……」


「ガラトラン副団長、後は作戦通りに。騎士団の指揮はお任せします」

「了解した、我々はまず守備隊形を取る。噂に違わぬ“軍師”の策に期待しよう」



 ガラトラン副団長の合図で、背後に整列していた騎士たちが、森からの襲撃を警戒するよう僕たちを中心に左右を取り囲む横隊を組んだ。


 期待されても、この場で僕が選択したのは策と呼べる類のものではない。

 要するに“毒をもって毒を制す”、騎士から見たら誇れるものではないだろう



「主様、発見した。順調に街道へと向かっている、警戒しておくれ」

「良し、テュルケに何かあったら直ぐ支援に入ってあげて」

「あいっ!」



 僕の頭の横に開いた転移陣から、ノウェムが顔を覗かせて告げた。

 彼女は樹海の上空に待機していて、眼下の状況を報告してくれている。


 そう、僕がやろうとしていることは、危険物同士・・・・・を対峙させてその隙を突くというもの。騎士としては『まさに外道』だったりする。

 まずは目と耳が良く、狩りの心得があるテュルケに足跡を辿らせ、樹海に潜むぽむぽむうさぎを見つけ出し、後は墓守まで誘導する至極単純なものだ。


 迷宮で、あらゆる墓守を正面から相手にしてきた僕たちからしてみたら、どうしようもなく遠回りなことをしているけど、現状で同等の能力を維持しているのはノウェムとテュルケしかいないんだ。

 僕とリシィは勿論のこと、サクラも【神代遺物】を扱うための規約とかで、その土地を管理する者の許可がないと【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】を使えない。今は既に封印され、ただの鉄鎚として振るえるだけ。



「サクラ、テュルケが戻って来たら連携を。リシィ、アサギ、二人の支援を」


「はい! 旅路での初陣ですね、お任せください!」

「ええ、たんきけっせんで終わらせるわ!」

「……了解」



 ――ドッ、ドッ、ドッ、ゴシャッ!! ゴバアァアアァァァァッ!!



 僕が騎士剣を抜いて霊子力盾エーテルシールドを構えたところで、街道からほど近い森の中で木が勢い良く薙ぎ倒された。無数の鳥が鳴き声を上げながら飛び立って行く。



「来ます!」

「全隊、前へ!」



 僕たちが陣形を維持しながら進み始めたと同時に、森から出て来たテュルケが墓守を足場にして華麗な宙返りで飛び越えた。

 そして、その直ぐ背後にはあいつ(・・・)。木々を薙ぎ倒しながら、そのままの勢いで墓守にタックルをかます巨大な毛玉……。



「あれ……が……!?」



 ――ぽむぽむうさぎ!


 三十メートルはない、今現れた個体は良いところ全長五メートル弱。

 遠目でも良くわかる白くてふわふわでまん丸い胴体、そのど真ん中にどこかで見たうさぎのマスコットキャラクターのような顔。(・x・)

 それだけだと一見して可愛くも思えるけど……何の冗談か、ふわふわの胴体からは筋骨隆々の肌色の手脚が生えていて、どう見ても人の手脚だ。


 これは……想像していたのと違う……。


 僕は、その思いがけない外見に心の中で膝をついてしまった。



「にゃっ!!」



 ――キュウンッ! キュバッ!!



「おわっ!?」



 ぽむぽむうさぎは、今も街道に倒れ伏す墓守に向け、可愛らしい鳴き声とともに口から青白い光線を放った。


 ま、まさか……かつてテュルケやベルク師匠が言っていた、『にゃ』ってこれのことか……!?

 驚いたけど衝撃はそれほどでもなく、間近で直撃を受けた墓守も装甲に護られ損害を受けた形跡はない。


 それどころか、襲撃を受けたことでようやく体を起こし始める。



「はああああああっ!!」



 ――ゴッ!!



 その間隙を突き、先行したサクラが墓守の龍を模した頭部を鉄鎚で叩いた。


 これまでだったらここで炎が爆ぜるけど、今は彼女自身の“炎熱”の力で墓守の頭部を多少焦がしただけに留まっている。



「やああああっ!!」



 続いて、踵を返したテュルケが極刀 白大蛇を抜き放って墓守の首を斬った。

 血ではなくどす黒い油が飛び散り、首の後ろ三分の一ほどが切断される。



「やはり再生しない……! サクラ、打撃でなく槍で斬り裂け!」 

「はいっ!」


「リシィ! まずはあの長い首だ!」

「ええっ! きんこうよやいばとなりきりさけ!」



 前進しながら、リシィが以前よりも小さくなった光刃を放った。


 その間にも、ぽむぽむうさぎは墓守をやたらめったらに殴りつけ、その度に轟音が響き辺りには土埃が舞い上がっている。

 そんな猛攻の中で、サクラとテュルケは墓守とぽむぽむうさぎを挟んだ僕たちとは逆側の街道に飛び退り、両者共に並走を始めた。


 そして二人は光刃の到達に合わせて交差し、槍鎚と白大蛇の刃が閃く。

 断たれる龍頭、更に噴き出す油、墓守は完全に頭部を失った。



「にゃにゃあっ!!」



 ――キュウンッ! キュババッ!!



「くっ!?」

「きんこうよっ!」

「させん!!」



 ぽむぽむうさぎの“にゃ”が、徐々に接近を続ける僕たちを襲った。

 直接向けられたわけではなく、こちらに抜けたサクラとテュルケを狙った流れ弾だ。


 僕は咄嗟に盾を構え、リシィも光盾を形成して直撃を凌ごうとするも、その前に立ち塞がったガラトラン副団長が剣で光線を斬り裂いてくれたんだ。


 割れた光線はそのまま左右の森にまで抜け、木の何本かをへし折る。



「助かりました!」


「何のこれしき、姫君とクサカ近衛騎士長は我々が油断なくお護りする! 存分に力を振るっていただこう!」



 ガラトラン副団長の大きな鷹の翼が震え、くちばしもどこか笑みを形作っているように見えるので、龍血の姫を護った高揚からと受け取った。



「にゃーーーーーーっ!!」



 ぽむぽむうさぎはそんな僕たちを気に留めることもなく、頭部を失った目の前の墓守を、ちょっとした木の幹ほどもある人の腕でまだ殴り続けている。

 衝撃が草木を揺らし、脚を破壊された墓守は膝立ちだったため踏ん張ることもできずに倒れてしまい、あの状態ではもうどうにもならないだろう。


 猛攻は止まらない。見ようによってはシュールな光景に、サクラもテュルケも割り込むことができず、その凄まじい乱打を今は少し離れ遠巻きにしていた。



「カイト、いまのうちにしんきをけんげんするわ」

「え、大丈夫なのか!?」

「いしきを失うかもしれないけれど、カイトが支えてくれるわよね?」

「ああ、もちろんだ」



 僕は思わず、リシィの背後に立つアサギを見た。

 彼女はいつものように、感情のわからない表情でただ頷く。


 そして、アサギがリシィの纏う金光に触れると、二人の瞳色はまるで感応し合うかのように同じ鮮烈さに変わった。


 それは、赤と、黄と、橙、出会った日と同じ夕陽色。



 間違いない……アサギは神龍テレイーズの、龍血の姫の血脈だ。

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