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第十一話 もう一人の黄金

「足場が脆いです。あまり縁には近づかないよう、お気を付けください」



 登った廃墟の上階で、サクラが足場を確認しながら言った。


 フィレンテで一晩を過ごした次の日、僕たちは騎士団に同行する形で封鎖された街道まで来ている。

 最初こそ断られたけど、シュティーラの短刀を見せたら態度が変わったし、どうも僕が持つテレイーズの騎士剣も一目置かれているようなんだ。


 僕たちの今いる場所は、フィレンテから更に街道を南下したかつての都市。

 地図を見ても、僕が知る地球とは地形が様変わりしているので、正確にどこかというのはわからない。

 この地をただ見たままに表現するなら、“樹海に埋もれた都市”の廃墟だ。

 どこまでも続く一面の緑、所々に突き出た高層ビルも植物に覆われ、かつての景観は面影ですら完全になくなっていた。都市から人々が消えて幾年月、構造を支え辛うじて形を残す植物が枯れてしまえば、ここもただの樹海となる。


 【ダモクレスの剣】の爪跡は、同じような光景を世界中に作り出したのだろう。



「あれか……。見事に街道のど真ん中を封鎖しているけど、どうも脚をやられて動けないだけのようだ」

「見たことのない墓守ですね。生体組織の侵蝕が進んでいるようです」



 僕たちは樹海の上に突き出た廃墟の中から遠巻きにしている。


 遠方の観察には、早速ルコからもらった双眼鏡が役に立っていて、これは対象の簡単な分析結果を覗き込んだレンズに表示してくれるという代物だ。


 街道を封鎖する墓守は脚を破壊されスタックしているようで、今のところ近くにそれをやったと考えられる“ぽむぽむうさぎ”の姿はない。



「首がひとつしかないようだけれど、“八岐大蛇ヤマタノオロチ”に見えるわ……」



 リシィが僕の袖を掴んでその墓守の姿を形容した。


 推測するに、元は従騎士エスクワイアの派生となる墓守ではないかと思う。

 形状は騎士鎧を纏った首の長いドラゴンで、双眼鏡の計測によると高さは首の付根まで九メートルと、従騎士よりも大きく正騎士ロードナイトよりは小さい。赤黒い生体組織の首は頭頂部までおよそ三メートル、生物にも機械にも見える奇っ怪な姿だ。



「リシィ、大丈夫だよ。エウロヴェはもういない。未だに命令が残っているかも知れないけど、残されたものが討滅されてしまえば後は風化するだけなんだ」



 僕は小さなリシィの肩を抱いて守る意思を表す。



「んっ……わっ、わかっているわっ! こどもあつかいはしないでっ!」



 別に子供扱いはしていないのだけど、やはりリシィは今の自分の姿に思うところがあるのか、リシィは急に後退りテュルケの後ろに隠れてしまった。



「主様!」

「ノウェム、どうだった?」



 そうしているうちに、上空を哨戒していたノウェムも空から舞い戻って来た。



「ぽむぽむうさぎは恐らく森の中、姿を視認することもできぬ。この森は街道から離れるほどに深く、上空からでも伏兵の存在を知ることは不可能だ」


「そうか……。墓守は街道から何とか排除するとして、戦闘が始まればぽむぽむうさぎには乱入されると想定したほうが良いな」

「ぽむぽむうさぎは縄張り意識が強いですから、傷を負って退避したとしても必ずまた戻って来ますね」


「ぽむぽむうさぎの情報が足りないんだよな……。図書館にも絵本しかなかったし、これまでの聞く話では墓守よりも厄介そうだけど……」

「そうですね……。人を襲わなければ“神獣”に類されるほどの存在で、個体差が大きく一様には語れないのも情報が少ない理由となります」


「最大のものだと三十メートルにもなるんだっけ……」

「はい、そこまでの個体となると、分厚い体毛のため火砲による砲撃もあまり効果はありませんね。十メートル以下を中隊規模の戦力でようやくでしょうか」


「厄介だな……」




 ―――




 僕たちは廃墟から下り、騎士団が設営した前哨基地に戻った。


 討滅部隊は、フィレンテ駐留騎士団から二十四名と数は充分なように思えるけど、彼らは墓守との戦闘経験がない。



「北部前哨基地の部隊は再編成中、追って増援は来るが……現在のルテリアは、わずか一週間でも街道が封鎖されてしまえば死活問題となるだろう」



 充分な広さのある士官用テントの中で、向き合うフィレンテ駐留騎士団副団長アバルス ガラトランが、その鷹面の鋭い眼光で地図を見ながら告げた。


 ルテリアとエスクラディエを繋ぐ主要陸路は、現在封鎖されている街道と、西側の山岳地帯を抜ける道しかない。

 それも、【天上の揺籃(アルスガル)】浮上の地殻変動で、山岳側が崖崩れで通れなくなっていると聞くから、現在の輸送経路はルテリア湖に向かう船便しかないこととなる。


 彼の言う通り、食料自給率がニ十パーセント以下にまで落ち込んでいるルテリアでは、封鎖期間が伸びるほど人々の間で混乱が広まってしまうだろう。



「さいへんせいはどのくらいで済むの?」



 リシィがガラトラン副団長に舌っ足らずな声音で聞いた。


 彼の視線から、この場に幼女がいることに何か思うところがあるらしいけど、今テント内にいる上級騎士の三人は、シュティーラの証書でこの幼女が“龍血の姫”であることを知っている。


 一応、リシィの正体は伏せるつもりでいるけど、この場合は仕方がない。



「本国から騎兵中隊が移動中。到着は最速でも一週間、墓守と戦闘経験のある騎士を選別するとなると、更に一週間はかかってしまう概算ではあります」


「それではルテリアがひあがってしまうわ……」



 リシィは額に手を当て首を横に振った。


 幼女らしくない仕草のせいか、それとも龍血の姫が懸念を表したからか、騎士たちは少し困惑の表情で彼女を見る。


 確かに半月近くも待てないけど、焦ったところで待ち受けるのは最悪だろう。

 忘れてはならない、リシィの力が限定され、僕自身も既に神器の恩恵がないということを。もし、次に大怪我をするようなことがあれば、命の保証はないんだ。


 無理は出来ない、これまで以上に最善の一手を考えないと。



「この場合は、ぽむぽむうさぎに騎士団が、私とテュルケさんで墓守を相手することが確実だと思います。リシィさん、ノウェムさん、アサギさんと支援も充分ですから、カイトさんは指揮官として後方で控えていただきたいです」



 皆が地図に視線を落として唸る中で、サクラが最初に口を開いた。


 確かに、増援を待たずに封鎖を解くためにはそれくらいしかない。乱戦にならないよう、敵性存在を各個撃破する至極当然の方策だ。

 だけど、もし万が一にも支柱となるサクラが倒れるようなことがあれば、一箇所の綻びが犠牲を拡大させてしまう諸刃の剣ともなる。


 僕を何よりも慮って自分が体を張るつもりか……意見は尊重したいけど、僕としては最善である以上に最も楽(・・・)なやり方で挑みたい。



「うん、真っ当な方策だ。ただ、これまでみたいに力押しはもう出来ないから、もう少し頭を使った作戦立案をしたい。サクラにばかり負担はかけないよ」


「あ……ありがとうございます。私が何とかすれば、とばかり思っていました……」

「はは、だろうね。これからも僕たちは旅を続けるんだ。消耗は抑えていこう」

「はい!」


「ガラトラン副団長、調査の協力をお願いします」

「クサカ近衛騎士長、今ばかりは我々が貴方の指揮下に参じよう」



 は……!? 僕はいつの間に近衛騎士長に……!?




 ―――




 その日の夜、僕は再び廃墟に上り双眼鏡の暗視機能で周辺を観察していた。

 墓守に動きはない、ぽむぽむうさぎにも動きはない、どこに潜んでいるのか。



 ――ジャリッ ジャリッ



 そうしてしばらく観察を続けていると、月明かりのみの暗い中で、背後から砂を踏む音が律儀に二回だけ響いた。

 これは、普段足音を立てない彼女・・が接近する合図のようなもので、言葉少ないが故の本人なりの気遣いらしいんだ。


 その彼女というのは、やはり一人しかいない……。



「アサギ、どうしたんだ?」


「……協力したい」


「うん? 当然、支援射撃は頼むけど……」



 双眼鏡から目を話し、隣に立ったアサギを見たところで僕は驚かされた。



「まさか……」


「……私は、力を使えない(・・・・・・)。……だけど、力ならある(・・・・・)


「そ、それは……龍血の力(・・・・)、ということか……?」



 アサギは屈んでいる僕を見下ろしたまま、静かに頷いた。


 月明かりに眩むような、彼女の中性的な美貌が僕の記憶を揺さぶる。

 姿が重なるのはリシィ、青銀の月の下で始めて出会った時の“龍血の姫”。



「君は、何者だ……?」


「私はアサギ エル。それ以上でも、それ以下でも、ない」



 彼女の答えは変わらない。


 だけど、その暗褐色の瞳は、今は確かに黄金色・・・に光り輝いていた。

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