第十話 道行きを塞ぐはあいつ
ルテリアを後にした僕たちの道程は楽なものだった。
軽装甲機動車に先導され、その後を僕たちの乗る73式装甲車が追従し、盗賊団が根城を構えたと聞く森に入っても問題は起きなかったからだ。
まあ、得体の知れない鋼鉄の塊が馬車以上の速度で走っているのだから、普通なら警戒して無闇矢鱈に近づくことはしないだろう。
護衛にはモリヤマを含む自衛隊の一個分隊と、道案内にエリッセさんも一緒に来てくれている。
時折擦れ違う探索者や商隊に、車両を墓守と勘違いされても困るから、驚かせないように彼女が声をかけてくれるんだ。
そうして街道を真っ直ぐに南下し、森を抜け、田園地帯を過ぎた辺りで、また壁が見えてくる。
ここまで徒歩だと半日はかかる距離を、車両に揺られて大体一時間ほど。僕たちはお昼の少し前に出立したので、車の中でルコからもらったお弁当を食べながら、正午を跨いで目的地に到着した。
「話は通しておきましたけれど、やはり自衛隊の車両には驚いていますわね」
「どう見ても墓守と同種ですから、いきなり攻撃されないだけでも充分です」
壁――北と南を隔てる関所は、ルテリアと同じような壁が東西に伸び、そのこちら側は見通しが良く殺風景な景色が遠く山間まで続いている。
大地には伐採された後の切り株しか残ってなく、明らかに墓守の接近に備えた、エスクラディエ騎士皇国側の防衛拠点となるのだろう。
僕たちはそんな景観の途中で街道脇に止められた車両から降り、エリッセさんに連れられ関所に向かって歩く。
「関所を通り抜けた後は馬車を待機させておりますので、更に街道を南下しおよそ三時間で宿場町に到着いたしますわ。本日はそちらでお休みくださいませ」
「エリッセ、なにからなにまでかんしゃするわ」
「リシィさんがそのような姿では、私共も心配で仕方がありませんから。元の姿に戻られ、また改めてルテリアにお越しくださいませ」
「ええ、そのつもりにょ……うっ、すぐにかんでしまうわ……」
「うふふ、それも可愛らしいですわ」
エリッセさんは、言葉尻を噛んで慌てるリシィを見て微笑んだ。
「サクラ、皆様のことをお願いしますわね」
「はい、皆さんを、何よりもカイトさんを全力でお守りします」
そうして、程なく僕たちは開け放たれた関所の門にまで辿り着いた。
関所では通り抜けるための人と馬車の列ができているけど、僕たちはその横を素通りして門に併設された建物に向かっている。
当然、並んでいる人々はこちらを見るけど、その多くが頭を下げてくれるので、ルテリアから来たのなら僕たちの素性は知っているのだろう。
壁の高さはおよそ十五メートル、ひとつしかない門の幅は小型の馬車二台が何とかすれ違うことができる程度なので、強行突破は難しい。やらないけど。
「こちらで少々お待ちくださいませ」
エリッセさんはそう言うと建物内に入って行った。
「クサカ、しばらくの別れだな」
「ああ、自衛隊が帰る前に……いや、モリヤマは残るつもりなんだっけ」
「その時にならないとわからんが、俺は新たな出会いに胸が躍ってるんだ」
「はは、良い出会いを祈っているよ」
門までの見送りはエリッセさんの他にはモリヤマだけ、既に数百メートル離れた街道を見ると、残りの自衛隊員たちが律儀に敬礼している。
「クサカも。姫さまにサクラさん、嬢ちゃんたちも気を付けてな」
「ええ、にほんにいたときからお世話になったわ。モ、モリナマ?」
「姫さま、自分はモリヤマです!」
「くふふ、リシィは主様以外の来訪者の名には全く興味が……」
「んーーーーっ!? ちがうのっ! じえいたいは皆おなじ格好だからみわけが……あっ、ご、ごめんなさい……」
「なあクサカ、見分けられてないのは残念だが、小さい姫さまも良いな」
「モリヤマはロリコンだったのか」
「……」
「否定はしないんだな」
「えと、ろり……なに?」
「ふふ、モリヤマさんとお話している時のカイトさんは、とても穏やかですね」
「ですです! 雰囲気がふにゃ~って感じになりますです!」
「そ、それはどんな感じ……?」
口には出さないまでも、モリヤマのことは既に友人と思っている。
志の似通った同性の友人は、やはり接していて落ち着くから。
「皆様、手続きは済みましたわ。門をお通りくださいませ」
エリッセさんが関所の責任者と思われる騎士と一緒に戻って来た。
その壮年の騎士は、他の騎士たちに道を開けるよう指示を出している。
「みんな」
「ええ、いきましょう」
「カイトさん、もしも旅先でお兄様にお会いすることがあれば、『エリッセが常にご武運をお祈りしております』とお伝えいただけますか」
「はい、また会える予感はありますから、必ずそう伝えます」
「感謝を。皆様、どうか旅先で良き縁が巡りますように……」
「クサカ、次は俺の嫁を紹介するからな!」
皆が皆、別れの挨拶を交わしてこの場を後にする。
覚悟は出来ていたけど、どうしたところで名残惜しく思ってしまうな。
これは別に今生の別れではないのだから、迷宮を進んでいた時と同じように、目的を果たしたらまた帰るつもりで進むんだ。
そうして、僕たちは後ろ髪を引かれながらも関所を抜けた。
「へえ、反対側は町になっていたんだな」
門を抜けた先は、ルテリア側とは違い建物が連なっている。
「はい、ルテリアとを隔てる関所の町です。とは言いましても、駐留する騎士の住まいが大半を占めますので、私たちは次の宿場町フィレンテを目指しましょう」
「うん、日が落ちる前に宿を取りたいから、早々に出発しようか」
「カイトおにぃちゃん、あっちに馬車が止まってますです」
「お、良く見つけてくれた。流石は良い目をしている」
「えへへ~」
「んぅ……わたしだって見つけていたわっ!」
「え、うん? リシィも良い目だ! とても綺麗な瞳だ!」
「んうぅぅ、なにか言い方がひっかかるわね……」
本心ではある。緑から青に変わるグラデーションの瞳は、中天にある太陽の光を受け煌めいて僕を見上げてくるから。
張り合う必要はないと思うけど、頬を膨らませる姿はただただ可愛い。
それにしても、リシィは相変わらず滅多なことでは笑わない。
竜角を取り戻し、彼女の命を狙う脅威も退けたから、後は僕に来て欲しいと言うテレイーズの国にこそ、その最たる理由があるのかも知れない。
それが何なのかはまだ聞いていないけど、時折リシィは何かを言いたそうにしているから、彼女の覚悟が出来るまでは焦らずに待つとしよう。
ひとまず、僕たちはこのまま街道を南下し、貿易港ともなる“エスクラディエ騎士皇国”に辿り着いた後は、海を渡るためにルテリア艦隊と合流する手筈だ。
長旅の不安、だけどそれ以上の期待、どうしたところで胸は躍ってしまう。
―――
“宿場町フィレンテ”――神代期、かつて使われた【ダモクレスの剣】の爪跡に、水が流れ込んでできた大運河に架かる水上の町。
「やーーーーっ! わたしのベッドはここ! カイトはそこ!」
馬車に乗った後は、何ごともなくこの町に辿り着くことができた。
いや、何ごとかあったのは宿場町フィレンテで、と言うのが正しいか。
「主様……この状態のリシィは我の手に負えぬ……」
「う、うん。リシィ、ベッドはふたつしかないんだ。僕は床で横になるから、体の大きさを考えてノウェムとテュルケとひとつのベッドを使って欲しい」
「わ、わかっているわ……。ノウェムがカイトといっしょがいいだなんて言うから……」
まさかの旅に出たばかり、その初日に僕たちはトラブルに遭遇した。
まだ具体的な原因はわからないけど、どうも二、三日前から、僕たちと同じようにルテリアから南下する多くの人々が、この町で足止めされているらしい。
おかげで宿は満室、やっと見つけた部屋も使っていない従業員室でベッドが二つしかないことから、誰が僕と一緒に寝るかで取り合いになってしまったんだ。
勿論、僕は床に敷布を敷いてベッドは皆に譲るつもり。
「ふえぇ、アサギさんもう寝ちゃってますです」
「おお、いつの間に……。それなら、アサギが寝ているほうにサクラね」
「えへへ、久しぶりに姫さまと一緒のベッドですぅ~」
「テュルケ、わたしが小さくなってからは毎日いっしょだったわよ」
「そうでしたぁ~、えへへ~」
室内は狭く、完全に従業員が寝泊まりするだけの部屋なのだろう、ベッドの他には小さな机と椅子がひとつずつしかない。
そうして就寝の準備をしていると、しばらくしてサクラが戻って来た。
「どうだった?」
サクラは今この町で起きているトラブルについて、駐留騎士団の詰所まで詳しい情報を聞きに行ってくれていたんだ。
「はい、どうやら南の街道が塞がれてしまっているようです」
「塞がれて……? いったい何に……?」
「原因は、異形の墓守とぽむぽむうさぎによる争いだそうです。即応した騎士団も一度は追い返されたとのことで、開放がいつになるかは……」
「ぽむっ……!?」
ついに奴が……それも、旅立ったその日とは……。




