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第七話 予感 最後の神龍の行方

「ふっ!」



 逃げる魔物を追いかけて森の中を駆け回り、大木の根本に追い込んだところで、僕は騎士剣を地面スレスレの下段から斬り上げた。


 相手は、リスとキツネを掛け合わせたような小型の魔獣、“キャロッテ”。

 人参みたいな名前だけど、凶悪な面はこれといって可愛くもなく、剥き出しで不揃いの牙は、人の腕くらいなら噛み千切ってしまうと聞く獰猛な魔物の一種だ。



「くっ、当たらない……!」



 僕の攻撃は、前脚を軸に体を反転させたキャロッテにかわされた。

 直ぐにサクラが支援に入るものの、これは魔物を相手に戦闘経験を積むための訓練に過ぎないため、割り込んだ鉄鎚は僕とキャロッテの間の地面を抉るだけ。


 驚いたキャロッテは飛び退り、木の幹を蹴って僕たちの頭上を越える。



「きんこうよやとなりうがてっ!」



 少し離れた木々の合間から、舌っ足らずな声音とともに光矢が放たれたけど、巧みに枝を飛び移る小型の魔物には当たらない。それどころか、光矢は頭上を覆う葉を揺らしながら、どこかへとすっ飛んで行ってしまった。


 そしてキャロッテは、パッと見で最も弱そうな幼女・・に狙いを定めたのか、リシィ目掛けて高所から襲いかかろうとする。



「テュルケ、仕留めろ!」

「えいやーっですですっ!」



 枝から落下姿勢に入ったキャロッテの更に上、樹木の葉の合間に潜んでいたテュルケが飛び出し、空中で避けられない魔物の首に包丁を突き刺した――。





「みんな、怪我は?」

「わたしはだいじょうぶよ」

「ですです! キャロッテは慣れたもんですぅ~」



 仕留めた獲物の元に皆が集まり、互いの無事を確認する。


 キャロッテは食肉にもなるらしいので、今日の昼食の確保の他に、僕のリハビリとリシィの現状の力の確認もかねた狩りをしていたんだ。

 サクラとテュルケの支援と、森の袂にはノウェムとベルク師匠、アディーテにアサギも控えているので、万が一の時は充分な支援が得られる。



「うーん……義肢での日常生活はだいぶ慣れたけど、どうしても剣筋がブレてしまうな。素振りの回数と型の反復の時間を増やそう」

「カイトさん、無理はしないでくださいね。今も、剣を振り切った時に体が開いていましたから、力任せでは筋を痛めてしまいます」

「う……ごめん。避けられることも想定し、流れを組み立てないとな……」


「わたしも……力のせいぎょがうまくできなくて……。うっ、ぐすっ……わたし……」

「おおおお!? リシィ、大丈夫! きっと小さい体にまだ慣れていないんだよ! 昨日の今日だから、感覚だけでも少しずつ取り戻していこう!」

「う、うん……ぐす……かならず、もとにもどるの……」



 リシィは満足に力を扱えない自分自身への憤りからか、瞳色を青く目尻には涙を溜め、プルプルと肩を震わせ始めてしまった。


 出会った頃からは考えられないリシィの感情の発露は、幼女化したことで更に拍車がかかったようで、現状が悪化するような類のものではないけど、やはり早いところ元の姿に戻してあげたいのが、確かな僕の本音。


 力を失ったのは僕も同じだから、彼女の気持ちが痛いほど良くわかるんだ。



「課題は見えてきたな。ひとまずは野営地に戻ろうか」

「う、うん……」


「でもでも私としては、かわいい姫さまも大好きですですぅ~」

「んっ……あ、ありがと、テュルケ……」



 慰めるためか、それともただ可愛いばかりの幼女を愛でたいためだけか、テュルケはしょんぼりとするリシィを自らのマシュマロで包み込んだ。


 うらや……尊い光景だ……。




 ―――




「やーーーーーーっ!!」

「ふぬーーーーーーっ!!」



 ……だがしかし、何でこんなことになってしまったのか。


 今、僕の目の前では、リシィとノウェムが手ぬぐいを胸と腰に巻いただけの姿で取っ組み合っている。

 突発イベントのせいで、お風呂イベントが途中で中止になり助かったと思っていたのだけど、その日のうちに帰らなければ次がある……失念していた。


 狩りの後で、野営地に戻った僕たちは思い思いに過ごし、夕方になってから再び岩窟に入った。

 ここの湯は衰えた体の増進には勿論、施術を受けた義肢接合部の安定にも良いそうで、しばらくは湯治する羽目になってしまったんだ。


 目の前で戯れる二人は、今度はどちらが僕の膝の上に座るかでキャットファイトを始めたんだけど、どちらが勝利を掴もうとも裸同然の姿では密着させない。



「皆で一緒に入る必要はあるのかな? 湯船だってたくさんあるし……」

「今日は実戦式の狩猟訓練でしたから。翌日に疲れを残さないよう、念入りに神力の調整を行わないといけません。加減は如何ですか?」

「うん、丁度良い。筋肉痛が解される感じ」



 サクラは逃してくれないようだ……。


 今、僕たちの入っている湯船は、かつてのスパリゾートの最も大きな浴槽だったらしく、同時に数百人は入れるプールほどの広さだ。

 同じ湯には他にテュルケとアディーテも浸かっていて、ベルク師匠とアサギは外で夕食の仕込みをしている。ヘルムヴィーゲはルテリアに帰った。


 青色に煌めく湯は本当に気力体力の回復を実感でき、シュティーラには感謝したいところだけど、リシィの変化についてはどう報告したものかと悩んでしまう。

 とりあえず、神代遺構【岩窟湯殿】と名づけられたここで、僕たちはしばらく体調管理に集中し、その後はこれからの具体的な旅支度や、神龍テレイーズの行方についてもシュティーラを含む皆と相談していきたいところだ。



「やーっ! カイトはわたしの騎士なんだからっ! あるじであるわたしのほうが、好きにしていいけんりがあるのっ!」

「ふぬーっ! それならば、我こそが主様の妻なのだ! 主従の関係よりも強い絆で結ばれておるぞ!」

「だっ、だったらっ、ノウェムもわたしの従者となるわね! わたしの勝ちっ!」

「なっ!? お、おぬし……謀ったな……!? ぐぬぬ……」



 それを言うと、つまりは僕とノウェムが婚姻関係にあると、主が認めてしまうことになるのだけど……。

 両者ともに気が付いていないのか取っ組み合いは終わり、項垂れて湯に沈むノウェムと、ふふんと鼻を鳴らすリシィで明暗がついてしまった。



「カイト! けっちゃくはついたわっ! あるじとしてはとうぜんのけんりよねっ!」

「う、うん……それなら座る……?」



 僕はおもむろに湯から手を上げて広げ、リシィにどうぞと促した。



「ふにゅっ……!?」



 だけど、今の状況にようやく思考が追いついたのか、立ち上がっていた彼女は唐突に湯の中に沈み、こちらに背を向けてしまった。


 いろいろと新鮮な反応だ……これが本来のリシィなのだろうか……。

 彼女の傍では、テュルケがニコニコと満面の笑顔で懐いているので、かつての幼かった頃を思い出しているのかも知れない。

 思わずテュルケの湯に浮いているお胸様を見てしまうと、何かが爆発しそうになるけど、今のリシィの小さな背を見ている分には大丈夫だ。これで乗り切ろう。



「それにしても、神龍テレイーズはどこに行ったんだろうな……」

「そうですね……リシィさんを元に戻すにも、行方がわからなくては……」


「あ、あの……わたし、夢でみたわ……」



 僕が漏らした一言に、リシィが肩越しに視線を向けて反応した。



「夢……神器からの干渉で見る夢か! 具体的な場所はわかるか?」

「ううん、ごめんなさい。どこかせまい部屋のなかで、わたしにそっくりな女の子が泣いていて、たすけをもとめているだけなの。どこかまでは……」


「そうか、何にしても光明だな。行政府にも行方についての情報収集を頼み、折を見て旅に出ることとしよう。旅の途中でも何か手掛かりを掴めるかも知れない」


「ええ、また夢をみる予感もあるわ。まだ何かをうったえかけていたから、きっと神龍テレイーズはわたしを呼んでいるの」


「ああ、ひょっとしたらだけど、リシィの体の変化も実は試製神器のせいではなく……ということも充分に考えられる。臨機応変にいこうか」



 これはもう、この時代に来てからの僕の癖のようなものだけど……まだ何か(・・)が裏で蠢いている(・・・・・)ような予感がする……。


 これが、最悪を超え神経質になっている僕の思い過ごしであれば良い。



「だとしたら、なおさら万全に体調を整えないといけませんね。カイトさん、しばらくはここに通いましょう。野営しなくとも日帰りの出来る距離にありますから」


「うん、それは良いね。ここなら何倍も早く調子を……えっ!? そそ、それは、毎日一緒に湯に浸かるということでよろしいですか……!?」


「私と一緒は……嫌ですか……?」



 僕の困惑に、サクラはしょんぼりとする犬耳と尻尾で答えた。



「むっ、むしろ喜んで! これ以上にない最高の贅沢だよ!」



 あわわわわ……やっちまった……。

 万全を整えるには仕方がないとはいえ……僕の心臓よ耐えてくれ……!

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