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第三話 世界は更に流転する

 更に一週間が過ぎると義肢も馴染み、最近はようやく以前と変わりのない生活を送れるようになっていた。

 ルテリアの現状は少しずつ教えてもらっている。規模の大きい情報から徐々に小さなものへと、僕が余計なことを考えないようにと慮ってか、本当に少しずつ話してくれるんだ。


 僕も街に出たことで実感したけど、ルテリアは異様なほど活気に溢れていた。

 要するに“ゴールドラッシュ”みたいなもので、各界層の一部が迷宮外に露出してしまったため、一歩を進めば遺物に当たるような状況らしい。

 そのせいもあり、エリッセさんやルニさん、再編された探索者ギルドは寝る暇もなく奔走しているとのこと。


 アルテリアで宇宙に上がった人々も、戦闘で命を落とした探索者以外は帰還していて、ルコ、親方、サトウさん、ユキコさんとゼンジさん、アリーとミラーも、今は以前と変わりなくルテリアでの生活に戻っている。


 驚くのはベンガード。彼のパーティ、ティチリカ、ヨルカ、ラッテン、ローも皆無事だったそうだけど、ベンガードは憑き物が落ちたようになり、今では防衛部隊を率いて後進の育成とルテリアの治安維持に貢献しているそうだ。

 ひょっとしたら、エウロヴェを討滅したことで、迷宮に囚われていた彼の心のわだかまりが解放されたのかも知れない。


 そして、セオリムさんたち。トゥーチャとレッテ、ダルガンさんにブレンさん、彼らはもういない。いや、犠牲になったのではなく、世界各地へと散ってしまった墓守の討滅のため、既にルテリアから旅立った後だった。



『カイトくん、いずれは君も旅立つと聞いたよ。一度は腰を据え話してみたかったが、それは再開した時の楽しみに取っておこう。旅路の果てで、待っている』



 セオリムさんは、旅立つ直前に眠る僕の前でそれだけを告げたそうだ。

 彼の言う通り、リシィの故郷に向かう旅路のどこかで会えたらと願う。


 話したいこと、学びたいこと、僕にはまだ山ほどあるのだから。





 そして、今――。


 僕たちは、ベルク師匠とアディーテとも合流し行政府を訪れていた。

 大学の講堂のような広々とした場所で、大机を囲んで着座し面と向かっているのは、迷宮探索拠点都市ルテリアを動かす最高権力者たちだ。


 一人は、エスクラディエ騎士皇国代表総議官、皇女シュティーラ サークロウス。


 もう一人は、聖テランディア神教国代表総議官、セントゥム エルトゥナン。


 そして最後の一人、迷宮探索拠点都市ルテリア代表総議官、ジェイエムス ジィン ルテリア。


 エウロヴェとの決戦の時、建物を突き破って一撃を加えた“黒色の鬼”。傍には“白色の鬼”の女性も控え、今は目の前で尋常でない威圧感を放っていた。


 幾人かの執政官も同席し、その中には当然ツルギさんもいる。



「まずは……」



 ――ゴゴゴゴゴゴ……



 ……ほわっ!?


 ルテリア総議官が重々しく一言を発しただけで、室内の大気が震えた。

 眼光も鋭く、ビリビリと伝わる震動はいったい何が揺らしているのか……。この鬼人の固有能力だとしたら、自然現象にも匹敵するものなのかも知れない……。


 何にしても、エウロヴェを打った一撃が尋常でないことだけはわかった。



「礼を言おう。ルテリアを代表し、感謝する」



 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 やばい……! 何故か大気だけでなく、床や壁まで揺れている!

 大会議室は頑丈な造りで崩れるようなことはなさそうだけど、これでは内部にいる人のほうが揺さぶられ悪酔いしてしまいそうだ。


 ノウェムは硬直し、テュルケは「ふえぇ!?」と慌てふためき、椅子から転げ落ちてリシィに抱きついた。一応は庇っているつもりらしい。



「あら、ごめんなさいね。ジェイエムスは、行政府直下に埋没した【神代遺物】の影響で、周辺空間に変動をもたらしてしまうのよ。怒っているわけでも、威圧しているわけでもないですから、怖がらないでくださいね」


「え、あ……はい、驚きました……」



 そんな様子に、見かねたセントゥムさんが現象の説明をしてくれた。 


 “天の宮”を放棄したセーラム高等光翼種は、今はセントゥムさんが“猊下”として席を置く、聖テランディア神教国で保護されているそうだ。



「カイト クサカ、三ヶ月も眠りこけていた割には壮健なようだな」

「その節は色々とありがとうございます。サークロウスさ……シュティーラ」



 この場では公私を分けたやり取りが必要と思ったけど、僕の配慮とは裏腹に苗字を呼んで睨まれたので、仕方がない。



「ああ、今回ここまで呼んだのはジェイエムスの伝えた通りだ。リシィたちには既に伝えたが、改めてカイト クサカ、貴様にも礼を言う。感謝する、ご苦労だった」


「いえ、無我夢中だったので、最近になってようやく自分のやったことに実感を感じ始めているくらいです」

「あっはっはっ! 日本人は謙虚を美徳としているとツルギから聞いたが、それがそうか? リシィの夫となるのならば、少しは……」

「ななななっ!? ととっ、突然何を言い出すのっ!? シュティーラッ!!」


「ん? 違うのか? そもそもテレイーズは新たな血が……」

「んーーーーっ!? 何故貴女がそんなことまで知っているのっ!?」



 な、何だろう……行政府に呼び出された理由もわからないまま、突然シュティーラが言い出したことを、リシィが立ち上がって遮った。


 リシィの夫か……飛躍し過ぎて夢に見たことさえないけど、そんな未来は望んでも良いものなんだろうか……。

 彼女からはっきりと好意を伝えられた今、これまで以上の関係を夢見ても良いのかも知れないけど……その前にまだ現状の整理が必要だ。



「リシィは相変わらずの奥手だな。そんなだから、カイト クサカは己の立場を未だ測りかねているようだぞ」

「えっ……カ、カイト、そうなの? 私は、しっかりと伝えられたわよね……?」

「うん? 目が覚めた時のこと? 驚いたけど、伝わっているよ」

「そ、そう……それなら良いの……」



 話の脈絡が良くわからない、総議官全員を前にしてする話ではないよな……。



「それはそうと、僕たちが呼び出された理由についてですが……」

「ふふっ、ごめんなさいね。微笑ましい光景でつい傍観してしまいました」


「猊下まで! カイトは目が覚めてからまだ一ヶ月と経っていないの! シュティーラと一緒になってあまりからかわないでいただきたいわっ!」


「私はからかうつもりはないのだが……」



 三ヶ月も寝ていたせいで、僕だけまだ知らない情報があるのだろうか……いや、確かにまだ聞いていないことも多くあるけど……。



「まあ良い。今回は第一に、カイト クサカに対する礼が優先事項だ。本来ならこちらから出向くべきだが、未だに立て込んでいてな」

「いえ、ルテリアの状況は端的には把握しています。僕は構いません」

「ふむ、貴様は相変わらず堅いな。戦闘中の貴様のほうが私は好ましいぞ」



 ああ、いちいち敬語を使っていられなかった時はあったかも知れない……。



「今は場所が場所だったので……。それでシュティーラ、第一はわかったけど、その言い分だと第二があると受け取った」



 結局、彼女がそう望むのならここでも敬語でなくて良いだろう。



「ああ、率直に告げよう。貴様らには調査を依頼したい」

「調査……とは?」


「サークロウスさん、カイトさんはまだ義肢に慣れ始めたばかりで……」



 これまで黙って僕の隣にいたサクラが、ここでようやく口を開いた。



「それについては皆まで言うな。ツルギ、例の調査報告を」

「ここに。クサカくん、まずはこの地図を確認していただきたい」



 名指しされ、前に出て来たツルギさんが大机に地図を広げた。


 地図は、ルテリアの外周防護壁の外、大断崖に空いたいくつもの亀裂の内部を記したもののようだ。

 この亀裂はこれまでになかったものか、入口だけが記され、内部の描かれていないものが八割以上も残っている。



「崩壊した迷宮で新たに現れた亀裂……ですか?」


「カイト殿、アディーテ殿の報告では、ルテリア湖にも多くの亀裂が確認されている。未確認のものまで概算すると、今の迷宮の入口は数千に及ぶかも知れんのだ」

「アウー、水が抜けてるのに、湖の水深は上がってるー」


「え、そんなに……? どういうこと……?」



 ベルク師匠が頭を擦りながら少し困ったように告げ、アディーテはどうにも不穏なことを言っている……。


 入口が多いとなると、墓守や魔物が現出する場所を絞り込むことが出来ず、迎撃戦力の配置に問題が起きるかも知れない。また、管理出来ない探索者や、最悪は悪意を持った犯罪者が内部に侵入してしまうことにもなる。

 水深については、亀裂が出来たことでいくらでも流れ込む空間はあるだろうけど、それが埋まってしまうほどの水量がどこからか流れ込んでいるということ。


 つまり、少しでも早く、猫の手を借りてでも全容を把握したいのが現状なんだ。



「カイト クサカ、貴様にはそのうちのひとつ、この場所の調査を依頼する」



 そして、シュティーラが地図上の一点を指し示した。

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