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第ニ話 花の舞う新たな門出

「あんよっ、あんよっ、いち、に、さんっ。カイトしゃんっ、こっちなのよっ」


「そ、その掛け声は勘弁して欲しいんだけど……」



 目覚めてから一週間は穏やかに過ぎたものの、大変なのはその後だった。


 まずは筋力の回復を優先し、続いて義肢を装着するための手術を受けたんだ。

 これはアシュリーンの持ち込んだ神代技術の恩恵で、緑色の液体に二時間ほど切断部を浸しているだけと、体には大きな負担のないものだ。

 液体はナノマシンと言う話で、接合基部やコアチップの形成、義肢の過剰出力で脱臼や骨折をしないように、骨格コーティングまで施術してくれるとのこと。


 説明されただけなので、実際には何がどうなのかまでは理解していない。



「カイト、こっちよ」

「カイトさん、もう少しです」

「主様、おいでっ、おいでっ」

「ふわぁ、歩けてますですっ!」



 そんな訳で、今日は右腕と右脚に義肢を装着してから初めての一人歩きだ。


 車椅子から立ち上がり、ヨロヨロと歩く僕の周りでは、リシィ、サクラ、ノウェム、テュルケ、アシュリーンが固唾を飲んで見守ってくれている。

 よろめきながらも歩けているのは良いけど、どうも始めて立ち上がった赤ん坊のような気分にされ、何かこう胸の奥がこそばゆくて仕方がない。


 この場所はルテリア湖に隣接する岸辺で、僕が眠っている間に建てられていたアシュリーンの仮設拠点だ。

 周囲に配慮してか、パッと見は木の枠組みに石材で出来た壁のようだけど、触れた感触が鉄なので、街中に唐突に現れた神代遺構のようなものなのだろう。


 今は湖を一望することが出来る庭にいて、遠い対岸には艦首が乗り上げて大破したアルテリアが見える。



「あっ、おわっ!?」

「カイトさんっ!!」



 余所見をしたせいで、上手く持ち上がらなかった義足が地面を噛み、転びそうになった僕の体の下にサクラが凄まじい勢いで滑り込んだ。



「ふぐっ!?」

「んっ……」

「あわっ……サ、サクラ、ごめん」

「いえ、大丈夫でしたか? 気を付けてくださいね」



 僕の額は地面に叩きつけられる代わりに、極上のクッションに押しつけられた。


 柔らかい……けど、と、当然狙ってやったわけではない。


 最近、リハビリ中は俗に言う“ラッキースケベ”イベントが大量発生で、頑張ったご褒美だとしてもあまり落ち着けない。

 むしろ、サクラだけでなく皆が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので、早く自立したい僕としては余計に奮起してしまい、その結果がこれだった。


 サクラは「大丈夫でしたか」と心配しながらもかえって嬉しそうで、これまで長いこと戦闘に身を置いたせいもあるのだろう、穏やかな微笑が僕を見詰めてくる。


 ……うん、間違いなく今は待ち望んだ平穏の中にいるんだ。



「カイトしゃん、ここに来てからだけでラッキースケベがもう十五回なのよ。皆さんが体を支えてくれるからって、わざとやってるのよ?」

「ちっ、ちち違うよ!? 筋力が衰えただけでなく、神器があった時とは体を動かす感覚自体が違うんだ! 自分から突っ込んで行くことは断じてないから!」


「その割には、サクラにばかり抱きつくけれど……」

「リシィ!? サッ、サクラは先回りが異常に早いから、僕は何も!」

「くふふ、主様よ。リシィお姉ちゃんは、どうせなら自分にふむぅっ!?」

「貴女はいつもいつも、余計なことは言わないでっ!」


「ふふ、いつも通りですね」

「あ、ああ……噛み締める思いだ」

「おにぃちゃん、肩をお貸ししますですっ」

「ありがとう、テュルケ」



 そんないつも通りのやり取りを見ながら、僕はサクラとテュルケの支えで再び立ち上がる。

 僕の時代の義肢よりも高性能で馴染むのも早いそうだから、こんなラッキースケベも今のうちだけ。自立が出来るようになったら、今まで支えられた分も彼女たちにしっかりと恩返しをするつもりだ。



「それにしてもこの義肢、他の人みたいに肌の色に出来なかったのか……?」


「何を言ってるのよ、カイトしゃんは今や本物の“英雄”なのよ? 龍血の姫の“銀灰の騎士”として、それ相応の格好があるのよ。日常生活に支障がないよう装甲部は脱着式にしたんだから、アシュリンは出来る女なのよ~」



 ……と、言うことらしい。


 ルテリアを揺るがした激震、そして墓守の大侵攻、エウロヴェの襲来……多くが命を落とし、生き延びた者の中にも僕と同じように義肢を必要とする人がいる。


 その中で僕の義肢だけが何故か銀色で、形状も神器の頃とあまり変わりなく、違いがあるとしたら装甲が外せるようになったくらいなんだ。



「わざわざ神器に似せたんだな……」

「カイトしゃんたちは一時ルテリアを離れるのよ? だから、調整は長旅にも備えて耐久性重視で、他の人とは違って特注品なのよ」

「あ、ありがとう……」


「義肢の調子は問題ないのよ。後は、カイトしゃんの動きを学習して自動で最適化されるから、ニ、三日中には普通に動けるようになるのよ」


「アシュリンにはお世話になりっぱなしだな……。僕に出来ることがあるのなら何でも言って欲しい、必ず力になるから」



 そう伝えたアシュリーンなら飛びついてくるかと思ったけど、彼女は少し考え込むようなAIには必要ない仕草をする。



「カイトしゃんとリシィさん、サクラさんにノウェムさん、テュルケさん、他の皆さんも、かつての人類が成せなかった悲願を果たしてくれたのよ。ですから、皆様には尽きることのない感謝を。彼らに代わり、【天上の揺籃(アルスガル)】マザーオペレーティングシステム、“アシュリーン”がお礼を申し上げます」


「お、いきなりアシュリーンに切り替わるのはビックリするよ……」

「アシュリンはアシュリーンなのよ」

「そうなんだけど……」



 大断崖から吹き下ろす風の冷たさは相変わらずだ。

 湖から湖塔ルテリアがなくなっても、代わりにアルテリアが鎮座した。


 変わってしまったこの世界(地球)


 だけど、変わりながら残るものもきっとあるのだろう。


 僕はこれからもこの時代で生きていく、少しでも良くしようと足掻きながら。



「アシュリン、ブリュンヒルデにもよろしくな」


「生体組織の再生に時間がかかってるけど、そう遠くないうちに再稼働するのよ。それに、ブリュンヒルデもアシュリンなのよ」


「それもそうだ」




 ―――




 僕たちはアシュリーンの拠点を後にし、湖岸を車椅子に乗せられたまま南下して慰霊碑までやってきた。


 胸中は複雑だ。最初の遭遇でエウロヴェを止められていたら、ここまで多くの犠牲を出さなくて済んだのかも知れないのだから。



「おう、クサカ! 調子はどうだ!」

「英雄、もう良いのか? 無理すんなよ!」

「姫様~、騎士様~、こんにちは~」

「慰霊ですかな……息子も喜びますわ……」



 だけど、擦れ違う人々の多くが、リシィやサクラだけでなく僕の名前まで当然のように知っていて、道すがら好意的に声をかけてきた。


 安堵の気持ちと、自らに課した責任による齟齬のせいで、どうにも居心地は悪いけど、それでも結果として人々を危機から守った事実はあるんだ。

 多分、僕はいつまでも思い悩む。それでも、少なくとも“龍血の姫”の騎士として彼女と並び立てるよう、前を向いて進んで行きたいとは思う。


 ままならない世界、そして人の心……僕たちが進んで来た道は、そんな世界の不条理を少しは覆す切っ掛けになれたのだろうか……。



「カイト、胸を張りなさい。英雄と称賛されるだけの結末は、貴方だからこそ辿り着くことが出来たのだから、そんな風に肩を落とさないで」



 背後から、車椅子を押すリシィに嗜められた。



「うん、そうだよな。持ち上げられるのは苦手だけど、せめてこれからも人々の希望となれるような存在でいられたら良い」


「カイトさん、大丈夫ですよ。新たなルテリアの街は、ここに住む人々の一人一人が希望を積み重ねていきますから。ご覧ください、全ての倒れた慰霊碑は、住人たちの手により今はもう元通りになっています」



 サクラの指し示した先、大小様々な多くの慰霊碑は、僕は倒壊していたことすらも知らずに、始めてリシィと訪れたあの日のままでここに在った。


 それどころか、敷き詰められた花束はまるで花畑のように咲き誇り、今も途絶えることなく訪れる人々によってその数を増やし続けている。


 そして人々は、僕たちの姿を見つけると皆が皆一様に笑いかけてきた。



「リシィ、サクラ、ノウェム、テュルケ。僕は……この街が、今のこの世界が好きだ。後悔はあるけど、皆の前で、犠牲になった多くの人々の前で誓うよ」


「ええ、聞くわ。カイト、私の騎士、その思いをここに告げなさい」



 湖を見下ろす高台に、花弁を散らしてしまう風が強く吹いた。



「僕はいつまでも、皆と共に人々を守る、“銀灰の騎士”で在り続ける」



 エウロヴェが憎んだ人とこの世界の不条理は、人が人のままで良い方向に導き、そして覆していこうと、僕はこれからも願い行動していく。



 いつでも、いつまでも、どうか優しい世界でありますように……と。



 舞い散る花弁は桜吹雪のように、僕たちの新たな門出に降りしきった。

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