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プロローグ

 ――これはあの日の夢だ。



 銀槍を受け止められ、視界が炎で赤く染まるとともに熱波が通り過ぎた。


 衝撃は僕を体の内から破壊し、溢れ出る血が高熱で甲冑に焼けつくのを目の当たりにした時、僕は自身と世界の終わりを予感した。


 そうだ、リシィが、シュティーラが、アサギが吹き飛ばされ、ルテリアを劫火で焼き尽くす火柱が燃え広がった時、それでも僕は銀槍を手放さなかったんだ。


 そして、リシィの声が聞こえた……。





「私の騎士、テレイーズの加護を貴方に!! 終わらせてっ!! カイトッ!!」





 斬り裂かれた。




 穿ち貫かれた。




 終わりを、帰れないことを覚悟した。





 だから、僕は――





「人を睥睨する、エウロヴェの顔面を殴りつけたんだ……」





 それを成し得た右腕を持ち上げようとしたところ、重さを感じることもなく上腕だけが宙を切った。



「そうか……もう右腕は……」



 夢から覚めた僕は、ゆるゆると体を起こしていく。こんな動作すら厳しい。

 三ヶ月も眠っていたそうだから、体は痩せ細り重くなって思うように動けない。


 宿処の自室で目覚めてからはまだ一日しか経っていなく、昨日はサクラから丹念なマッサージを受けただけで、ベッドからは一歩も出られなかったんだ。


 窓から差し込む朝日が、ベッドに広がる白金色の髪を煌めかせている。

 僕は元に戻った自身の左腕で、傍らで眠る彼女のしなやかな髪を撫でた。


 僕の主にして、最愛の女性――



「リシィティアレルナ ルン テレイーズ」



 フルネームを呼んでも、もう噛むことはない。


 話を聞くところによると、どうやら彼女は心配するあまり、この三ヶ月間を僕のベッドで一緒に寝ていたようだ。意識がなかったのは悔やまれる。

 今はベッド脇の椅子に座ったまま、上体だけ突っ伏すようにしているので、もう大丈夫だから自分のベッドで寝て欲しかった。も、もしくは……これまでと同じように、僕のベッドで一緒に……。


 い、いや……昨日のことを考えると、そんな状態で理性が保てるとは思えない。

 自分自身の思想や状況、彼女の立場や気持ちなど、色々なことが重なり合い、今まではあくまで従者として、騎士として、かしずいていたんだ。


 昨日は目が覚めた直後ということもあり、驚き過ぎて途中で意識が半分飛んでしまったけど、リシィが告げたことははっきりと覚えている。


 「貴方のことを……」、あ、あ、あい……た、確かに覚えている……。


 えーと……つまり、そのままの意味で良いんだよな……。どうも僕は、自分に対する好意に鈍感と言うか臆病だけど、今回ばかりははっきりと……うん。


 僕は何となく、静かな寝息を立てる彼女の白く滑らかな頬を撫でた。



「ん……カイ……ト、そこ……ダメェ……」

「ほわっ!? あわわ……」



 ね、寝言のようだけど、ビックリした……。


 一切の説明もなく、唐突に巻き込まれたこの世界に訪れた惨事。

 その渦中にある者として、僕が選ばれたのは白銀龍の龍血によるもので、それは結局のところ、連綿と続く時の流れからしてみたら偶然でしかなかった。


 だけど感謝はしている、だってリシィに出会えたのだから。


 僕は昨日の彼女が見せた表情を思い出す。

 笑っていた、本当に楽しそうに僕たちを見て笑っていた。


 今まで、何度か見せてくれた笑顔でさえも、霞んでしまうような極上の笑顔だ。

 多分、差し込んだ日の光のせいなんだろうけど、華奢な輪郭は薄っすらと光を放ち、瞳の色は本当に安心しきった時の深い緑色をしていた。

 僕たちを見て、何度も何度も「おかしいわ」と呟きながら、優しくも穏やかな陽だまりのように笑っていたんだ。


 その姿は、普通のどこにでもいる少女のようで、僕はそんなリシィに釣られて一緒に笑うことしか出来なかった。


 だから、彼女がくれた言葉に、僕はまだ返事をしていない……。



「リシィ、何度でも言うよ。僕も君のことを……」



 リシィの頬を撫でながら、好意以上の感情を伝えようとしたところで、眠っていた彼女が唐突に目を開いた。



「ふぇ……ふにゃっ!?」

「あ、ごめん。起こしてしまったか」



 リシィは勢い良く体を起こし、目を擦った後は室内をキョロキョロと見回してから、最後に僕を見た。

 何と言うか……突っ伏していた時は綺麗なだけだったのに、起き上がったら髪が広がってしまっていて、下敷きになっていた側の頬は赤く、肩から外れたネグリジェの紐が色っぽいとはいえ、やたらと慌てる様は普通の女の子だ。



「リシィ、心配してくれるのは嬉しいけど、しっかりとベッドで寝て欲しい。僕はこの通り、大丈夫だから。……あ、よだれ」


「……っ!?!!?」



 リシィは椅子ごと器用にくるりと後ろを向き、口元を擦ったり手櫛で髪を整えたり、服の乱れも直している。今更ではあるのだけど……。



「カイト……見た……わね……」



 次に再びこちらに振り返るのだけど、その声は何やら恨めしそうだ。



「え、あ、はい。目の前にいられたら、ど、どうしてもね? あ、大丈夫。リシィはどんな時も綺麗だと思うから! 僕にとってはご褒美へむぁっ!?」



 そして、振り返ったリシィは膨れっ面で、僕の顔面に枕を投げつけてきた。



「うーっ! うーーーーっ! きっ、昨日に続いてっ、今日までカイトにはしたない姿を見られるなんてっ! カイトのバカッ! バカバカバカバカバカッ!」


「僕のせい!? ほら、そう思うのなら自分の部屋のベッドで寝て!?」


「やっ! カイトがしっかりと元の生活に戻れるまではっ、主として私が責任を取るんだからっ! だからっ、だからっ、私より先に起きるのは禁止なんだからっ!」



 そんな無茶な……だけど何だこれ、かわいいなちくしょう……。

 リシィは枕を取り返し、今度はそれで僕をぽふぽふと柔らかく叩いている。


 枕叩き選手権、迷宮探索拠点都市ルテリア杯――優勝。


 そ、それはそうと、僕と彼女の関係は結局どういうことになるのだろうか……。



「あの、リシィ……それよりも昨日のことだけどふむぁっ!?」

「そっ! そそそそそそそそっ! それをっ、何故っ、今言うのっ!!」

「ま、枕はとりあえず横に置いて……。ほら、昨日は途中で乱入されたし……」


「んーっ! ダメーーッ! 今はやーーーーーーーーっ!!」



 駄々っ子リシィ、ここに再臨……!


 嫌と言いながらも、リシィは僕の腰に抱きつき額を擦りつけ始めた。

 僕はそんな彼女の温もりに触れながら、これが夢幻でないことを確かめる。


 本当に、終わったのだろうか……。


 不安はあるけど、これからまたこの時代での新しい生活が始まる。

 きっと良くなる……いや、エウロヴェの憎悪を覆すほどに、良くしていこう。


 僕の最愛の女性ひとが、もう不安を感じなくても過ごせる未来へと。



「きっ、昨日のはただの気の迷いなんだからっ! べっ、別にカイトのことなんてっ、ほほほんの少しだけしか認めていないんだからねっ!」


「そんなーーーーっ!?」


「あっ、いえ……あの、その……わ、私の心に寄り添いたければ、これからはあまり無理をしないで付き従いなさいっ! そ、それなら将来は……ごにょごにょ……」


「うん、心配をかけないようにしないとな。僕はずっとリシィの傍にいるよ」


「んぅ……。ま、またカイトは直ぐにそう……ごにょごにょごにょ……」



 リシィの恥ずかしがりながらも困惑する姿を見て、僕は精神的に吐血した。

第二部から話数のカウントをリセットし、また第一話からとなります。

章カウントはそのまま継続、よろしくお願いいたします。

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