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第二百七十六話 ……伝えたい思い

 ◇◇◇




「ん……」



 あの日と同じ朝焼けの色。


 私は窓から差し込む紫の光で目を覚ました。

 まぶたを擦り、毎朝の日課となったあることをする。


 それは、今が夢でないと願いながら、眠るカイトの頬を撫でること。



「良かった……昨日と変わらず、ここにいる……」



 私の隣では、カイトがベッドの上で静かな寝息を立てていた。


 今の彼は元の人の姿に戻っていて、これまで彼と共にあった神器は、右腕からも、右脚からも、一切の跡形が失われてしまっている。



 ……エウロヴェは討滅された。



 ……けれど、カイトはずっと眠りについたまま。



 彼はこのまま、眠るように呼吸を止めてもおかしくはない状態だったわ……。

 私たちはカイトの容態が安定するまで、自分の神力が枯渇して倒れようとも、一日中片時も離れずに彼を治療し続けた……。


 そうして容態が安定するまでは一週間……。

 けれど、それからも彼は目を覚ますことはなかったの……。



「ねぇ、カイト……無事に帰れたら、話を聞いてくれると約束したわよね……?」



 あれから私は、カイトの眠るこの場所にずっといる……。


 最初は休むようにと言っていたテュルケも、サクラも、ノウェムも、今ではもう何も言わず、時折彼の容態を見に来ては食事も置いていく。


 私が、彼のベッドで一緒に眠るようになってから三ヶ月、未だに変化はない。


 彼を慕う者の中では私が一番弱いわね……。カイトがいないと……カイトがいないと……私は……どうにかなってしまいそうで……。



「ぐすっ……着替えないと……。カイトが目を覚ました時に、こんな格好では笑われてしまうわ。きっと泣いてしまうから、格好くらいは綺麗にしておきたい……」



 私はネグリジェを脱ぎ、テュルケが用意してくれたワンピースを手に取った。


 机の上に着替えと一緒に置かれているのは、元は私の断たれた“竜角”。

 それは所在なさげで、私は溢れ出るような悲しみに襲われてしまう。


 後……どれほど待てば……カイトは目を覚ましてくれるの……。



「ふぉっ……!?」


「え……」


「ハ、ハダ……ハダか……? ご、ごめ……ミる……つもりハ……ゴホッ! ゴホッゴホッ! 何ダ、喋り……難い……ゴホッ! ゴホッ!」



 突然聞こえた声に振り返ると、そこには苦しそうに咳き込んでいる、カイト。



「おわ!? リシィ! ゴホッ! 服を……服を着て……!」



 手に取っただけだったワンピースが、指から擦り抜けて床に落ちた。

 カイトは私を見て余計に慌てているけれど、そんなことはもう関係ない。


 やっと……やっと……三ヶ月振りに、私の名前を呼んでくれたんだもの……。



「うぅっ……カイトーーーーーーーーーーーーっ!!」



 そして、私は下着だけの姿で思わずカイトの胸に飛び込んでしまった。


 だって、居ても立ってもいられなかったんだもの。

 この三ヶ月、どれほどこの時を待ち侘びたのか。お婆ちゃんになってしまっても、ここでこうしてカイトが目を覚ますのを待ち続ける夢だって見たんだから。


 もう姿格好なんて気にしていられない、本当にどうしようもなかったんだから。



「うぅーっ! うーーーーーーっ! カイト! カイトッ! カイトォッ!」

「リシィ!? リシ、けほっ、どうしたんだ!? ここ……どこだ……?」



 恥ずかしい、はしたない、涙が止まらない、けれどどうにも出来ない。

 泣きじゃくって、そんなはしたない私を、彼は三ヶ月も眠ったままで思うように動かないはずの体で、必死に支えようとしてくれている。


 溢れ出る感情が止まらない。ずっとずっと伝えたかった想いが涙となってこぼれ落ち、止まらない。

 彼を失ってしまうのではないかという悲しさと、やっと帰って来てくれたという嬉しさで、自分自身の感情がわからなくなってしまっている。


 嬉しくて、悲しくて、悲しくて、とても悲しくて、けれど何よりも嬉しい。



「ううっ、ぐすっ、カイトォッ、もうっ、どこにも行かないでっ!」

「え……あ、そうか……ごめん、リシィ。多分、そうか……ただいま」



 カイトは、片腕だけになった体で、不器用に私を抱き締めてくれた。




 ―――




「リシィ、落ち着いたか?」

「ぐすっ……ごめんなさい。はしたない姿を見せてしまったわ……」



 どれほどの時間を、私は裸のままで彼に抱き締められていたのかしら……。

 泣き止む頃には、彼の寝巻きは私の涙で濡れてしまい、その冷たさで我に返るなんて……本当にどうしようもないわ……。


 カイトには目を閉じてもらい、私は直ぐにワンピースを着たの。

 それから、彼の上体を起こして着替えさせ、め、目を腫らしたままでは恥ずかしいけれど、ベッドの傍の椅子に腰を落ち着けた。


 カイトは不思議そうに、自分や部屋の様子に視線を巡らせている。



「ここは、宿処の僕の部屋か……」

「ええ、そうよ……」


「エウロヴェは……?」



 筋力が衰えた体で、それでも上体を起こしカイトは尋ねてきた。



「心配しないで、貴方が討滅したのよ。緋焚の剣皇エウロヴェを」


「え、どうやって……? 最後は確か、槍は届かなくて……僕は……」

「本当に覚えていないのね……。その後、カイトは拳で殴りつけたのよ」

「……えっ!?」


「カイトが跳び上がって打った拳は、エウロヴェの頭に突き刺さったの。それだけでなく、カイトはあの時きっと刃槍の力まで込めたのね。エウロヴェの胴体まで断ち切り、地下の迷宮層まで到達する亀裂を作り上げてしまったのよ」


「へぇー?」

「他人事みたいな反応だけれど、貴方がやったのよ?」

「あ、いや……あの時は、世界も、人々も、何もかもがこれで終わりだと思ってしまって……その後は、痛っ!?」

「カイト!? 今はまだ休んで、三ヶ月も眠っていたんだから……」

「さっ、三ヶ月……? どうりで体が動かないわけだ……」



 カイトは視線を落として何か考えているわ。



「みんなは……?」

「大丈夫よ、少なくとも私たちは無事だから。テュルケもサクラもノウェムも、この時間なら下で朝食の準備をしているのではないかしら」



 皆も直ぐに呼ぶべきだけれど、その前に私は伝えたいことがあるの。



「良かった、後は……」

「カイト!」

「はいっ!?」


「気になるのはわかるけれど、少しずつにして。貴方は死にかけたのだから、体の負担になってはまた心配してしまうわ」


「だ、だよな……ごめん。それなら、今はひとつだけ。僕の体はどうなったんだ?」



 カイトは、上腕部から先がなくなってしまった右腕を上げて尋ねた。



「見た通りよ。右腕も右脚も、常に顕現状態だった神器は、全身から消えてなくなってしまったの。グランディータも姿を消し、その理由は誰にもわからないわ」


「グランディータ……死にかけた時に彼女を見た。お礼を言いたかったんだけど……」



 カイトは俯き、心も体も苦しそうに表情を歪めている。


 いなくなってしまったのはグランディータだけではないわ……。

 今という時間は、多くの人々の献身と犠牲によって奇跡的に残された。

 長い長い時を超え、誰も知ることのなかった憎悪から解放されたの。


 切っ掛けこそ神々の謀から始まったけれど、それを最後まで立ち向かえたのは、遠い過去から来た彼がいてこそ……。


 だからもう苦しい思いをしないで、笑っていて欲しいの。



「カイト……」

「……うん?」


「……す」

「……す?」


「ううん、私は貴方のことが……だ」

「う、うん? ……だ?」



 か、彼ははっきりと伝えても、どどうも変な勘違いをするようだから、今度こそ面と向かってしっかりと伝えないといけないわ……。

 生きて帰れたら、全てが終わったら伝えると、覚悟をしたのだから……。


 だから、伝えて……伝えるの……お願いだから、勇気を出して……!



「わ、わわっ、私はっ!」

「リシィ? いったいどうし……」


「私はっ! カイトのことがっ、好きなのっ! 大好きなんだからっ!」



 ……


 …………


 ………………



「……うん?」



 ほら、やっぱり! これだけ伝えても、何か勘違いしているわっ!



「うーっ! わっ、私は……カイトのことを……従者でも騎士でも来訪者でもなく、異性として、男性として見ているわ……」


「え……」


「貴方のことを……愛しているの」



 う、うぅ……顔が熱い……サクラではないけれど、火が出そうだわ……。


 カイトは固まっている、口を半開きにしたまま完全に思考が止まっているわ。

 本当に仕方がない人……。どこかで自分は愛されないと思っているみたいで、決してそんなことはないのに……本当に……仕方がない……。



 ――ギシッ



 私はベッドの上に腰掛け、彼の唇に触れるか触れないかの頬に口付けをした。


 い、今は……私もこれが精一杯なんだもの……以前してしまったことはあるけれど、状況が違うの。そ、そそそれに、かか彼のほうからもして欲しいわっ!


 しばらくしてカイトはビクリと肩を震わせ、目と鼻の先で視線が交じり合う。



「リ、リシ――」


「くふっ……」

「あっ、ノウェムさん、声を出しちゃダメですぅ」

「お二人ともダメですよ。今はそっとしておきましょう?」



 そうしているうちに、ボソボソと聞こえた声に振り返ると、ほんの少し開いた扉の隙間からこちらを覗き込む三人がいた。



「あ、あああ、貴女たち……いいいつから……」


「あっ、姫さま……ごめんなさいですです!」

「くふふ、いつからだろうなあ。大声で主様を呼ぶ声を出しおって、どうして気が付かれないと思うたのか」

「申しわけありません。リシィさんが泣いていたので……部屋の前でお待ちしていたら……その……。何にしても、お目覚めになられて……」



 つ、つつつまり、殆ど全て見られていたというの……。



「でもでも、良かったですぅ~。えへへ、おにぃちゃぁ~ん」

「ぬっ!? 我とて飛びつきたいのを我慢していたのだ! 主様ーっ!」

「あっ……今くらいは、私もよろしいでしょうか……。その、出来れば……頭と尻尾を撫でていただけると……嬉しいのですが……」



 テュルケとサクラとノウェムは、気が付かれたのを良いことに部屋に雪崩込み、カイトに飛びついて来た。


 んんぅー……せ、折角、素直になってはっきりと気持ちを伝えたのに、カイトからは何も返してもらえなかったわ……!


 け、けれど、仕方がないわね……頑張ったのは皆も一緒なんだもの。


 出来ればこのまま、この先も皆と……。



「み、みんな、苦しいよ! 僕は大丈夫だから! その、ただいま……」


「はいっ。カイトさん、お帰りなさいっ!」

「主様、我はたくさん待ったの。お帰りなさいなの!」

「カイトおにぃちゃんっ! お帰りなさいですですっ!」



 こうして、エウロヴェが残した遺恨はまたひとつ良い方向に姿を変えた。


 決して元通りとはいかないけれど、人の意志がこの世界を良くしていけるわ。



 そのために、私も……。




「何だかおかしいわ。改めて、お帰りなさい、カイト。ふふふっ」




 何故かしら、途端に皆が私のことを凝視して動きを止めてしまったわ……。

これにてひとまず、第一部『三位一体の偽神編』の終了となります。


このような長い物語に、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


物語はもう少しだけ続き、残された謎を抱えながら一行はリシィの故郷へと旅立ちます。

迷宮探索拠点都市ルテリアでの後日談から始まり、神龍テレイーズの行方や何か含みのあるアサギの存在など、まだ明かされない伏線の回収もしますので、引き続きお楽しみいただけたら幸いです。



ルテリア艦隊旗艦、装甲巡洋艦カルヴァディオに乗り込み海を渡るカイトたち一行……。


そして、ついに想いを告げたリシィにこれまではなかった大きな変化が……。

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