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第二百七十五話 世界の不条理を覆す

 掲げた槍は、これまでのものに比べ半分の長さとなっていた。

 側面に刃を持ち、銀色の炎を燃やす、名もなき“刃槍”を再び握り締める。



「カイト……大丈夫なの……? ん、けれど話は後ね、エウロヴェを討ちましょう」

「私もお供します。相手が何者であれ、カイトさんがもう背負わなくても良いように」



 リシィが、サクラが、僕の隣に並び立つ。



「待てクサカ! 志願して異世界まで来て何もしないってのはなしだ! 俺たち自衛隊も加勢する!」



 モリヤマと他の自衛隊員たちも、銃を構えて背後に整列する。



「ふぅ……お姉さん無駄な心配しちゃった。全員、対象の拘束準備~!」



 アケノさんは安堵の表情を浮かべ、手を振り回してどこかに合図を送る。



「クサカさん、肝を冷やしましたわあ。迷宮から探索者も上がって来ております。何も皆様だけでやる必要はない、私らも力を尽くしますわあ」



 ルニさんは袖を纏め上げ紐を使って背中で縛り、手には薙刀を持っている。



「サクラン、一緒に戦うんは久しぶりや。がんばろな」



 ニティカさんが声を発したのは初めて聞いた。

 炎のような神力を全身に纏い、やはりサクラの類縁なのだろう。



 ――キュバッ! ドゴオォッ!!



 そして、再び大通りを進もうとすると、人波の向こうで10式戦車(ひとまる)の一台が緋剣の斬撃を受け履帯を破壊された。

 実際に狙われたのはアリーの操る赤い正騎士ロードナイトだけど、その巻き添えとなり、転輪を軸から断たれ車体が路上に落ちてしまっている。



「クソッ、10式が! 俺たちは建物の合間を抜けて側面に回り込む! クサカ、正面は任せたぞ!」


「ああ、行こう!」



 僕たちは並び、人波を掻き分けて進み始めた。


 既に大通りは血に濡れるか火傷をするかの怪我人だらけとなり、それでも存在ごと消されなかっただけでも幸いという状況だ。

 徐々に迫り来るエウロヴェに戦列は押され、自走することが出来ない火砲は爆散、残された10式戦車と盾持ちの探索者たちが辛うじて戦列を築き上げ、それでも十二本の緋剣の間合いには踏み込めず後退を続けている。


 僕は人々の合間を駆け抜け、車体が落ちて後退を許されず、それでも退避せずに発砲し続ける10式戦車を足掛かりに跳躍した。



「その緋剣、邪魔だ!!」



 ――キィンッ!!



 空中に躍り出た僕は、乱舞する緋剣の結界に向けて刃槍を振り抜いた。

 刃槍の軌道上にあったものは空間ごと断裂し、緋剣の何本かも粒子と消える。



「今だ、エリッセ!!」

「よろしくてよ、お兄様!!」


「「絶技【火守の戴嵐(イクシスグルーテ)】!!」」



 滞空する僕の眼下では、セオリムさんとエリッセさんがそれぞれ長剣とレイピアを構え、背合わせで光速の突きを繰り出した。

 数本が断たれたところでまだ残る緋剣の結界を抜け、霊子力砲エーテルカノンの収束にも似た緑色の閃光がエウロヴェを襲う。



「好機!! 力を振り絞れ、ベンガード!!」

「指図するナ、ガーモッド!! おマえは足場でいろ!!」


「ぬぅりゃああああっ!! 竜化奥義【天猛雷霆】!!」

「ハッ、くダラん!! 微塵とナりヤガれ【覇獣無尽獄】!!」



 続いて、竜と獅子も共に奥義を放った。


 ベルク師匠は黒鋼の竜と化し神鳴る極太の紫電を放ち、ベンガードはその背で墓守の大群をも薙ぎ払った戦斧を振るう。

 その威力は石畳を巻き上げて削り、消し炭にしてしまうほど甚大。また数本の緋剣が、彼らの攻撃に晒され赤光の粒子を残して消えた。


 僕が再び地上に下りたところで、エウロヴェとの距離はわずか百メートル。



「悔しい! 悔しい! 悔しい! カイト! アリーの屍を越えて行くが良いワ!」



 アリーの操る正騎士は、今まで10式とともに最前を支えていた。だけど今は両脚を断たれ、大通りの脇で巨体を横たえてしまっている。

 もうほんの少しも動かないようだけど、破壊された正騎士の背後ではそのものを防塞とし、今もミラーが霊士力砲エーテルカノンで狙撃していた。


 周辺では倒れる人々。ティチリカが、トゥーチャやレッテやヨルカや、頑強なダルガンまで血を流して膝をつき、最早誰一人として無事な者はいない。



「姫さま! おにぃちゃん!」

「アウーッ! サクラッ、あれやるー!」



 側面からの接近を試み、機会を阻まれていたテュルケとアディーテも合流する。



「アディーテさん! ニティカ! 道を切り開きます!」



 サクラの呼びかけで、ニティカさんも共に【烙く深焔の鉄鎚(アグニール)】を使って炎を喚び、降った湖水で濡れた大通りがアディーテの“穿孔”で捻じ曲がる。


 炎と水の大渦、荒れ狂う爆炎は水蒸気を生み、辺りは白に覆い隠された。


 残された緋剣は二本、色濃く霞む大通りを僕たちは尚も進む。



 ――キィンッ! ガィンッ!



 テュルケの極刀 白大蛇が、ルニさんの薙刀が、接近した緋剣をいなす。



「姫さまっ! おにぃちゃんっ! 行ってくださいですですっ!!」



 彼女たちの思いを汲んで駆ける。決して振り返らず、緋剣の結界を切り開いた皆に報いるため、僕とリシィはただ槍を届かせるがために駆け続ける。


 エウロヴェにではない。


 真に届かせたいのは、人々の未来へと続く道だ。





 そして、僕とリシィは再びエウロヴェと対峙した。


 既に火輪は燃え上がり、再び緋剣が、それもこれまでのものよりも三倍近い幅と刃渡りを持つ大剣が、今度は四本形成され僕たちの進路を阻んだ。


 これでは切りがない……どうにかして顕現を止め……。



 ――ゴガァアアアアァァアアァァァァァァッ!!



 その時、突如としてエウロヴェの両側面の建物を破砕し、黒と白の鬼が現れた。



「神とも在ろう者が、芸もなし」

「娯楽も必要ないんだろうよ、今だけは本気で打ちな! あんた!」



 膨れ上がる筋骨隆々の二体の鬼による拳打の瞬間、大地が震えた。


 打撃による衝撃ではなく、本当に地面そのものが揺れている。

 大気は打ち震え、街の至るところで街灯が電光を放って飛散する。


 彼らは何者か、だけどそれを考えるよりも先に……。



「カイト!」

「ああ!」


「ぬぅああっ!?」

「あんたぁっ!!」



 ――キンッ!! ドゴォッ!!



 緋剣の二本は今の拳打で破壊されたものの、黒と白の鬼はエウロヴェの赤光の衝撃波で吹き飛ばされ、建物の瓦礫に激突し埋もれてしまった。


 それを横目に、僕とリシィは緋剣の間合いに踏み込む。


 だけど、残りが二本に減ったところで、こうも縦横無尽に振られては隙がない。

 辛うじて銀槍と光翼で凌ぎ続けるも、徐々に速度が増す剣戟は止まず、神器の体がついていこうとも、これ以上に踏み込めないのならいつまでも届くことはない。



『我が力、グランディータが自らをもって無効化したか。だが、どれほどの数を束ねようとも、人間の力は我に及ばず、決して至らず』



 吹き荒ぶ剣閃の嵐の中、再び赤光の衝撃波が通り過ぎた。

 僕はリシィの光翼に護られたものの、背後では多くの悲鳴が聞こえる。



「そんなことはない!! 束ねられた人々の想いが僕を再び立たせ、再びお前に至る道を切り開いた!! ならば、お前が何者であろうと、僕はこの槍と意志をもって、こんな世界の不条理は覆してやる!!」


「その通りだ!! クサカと姫さまを支援する!! 全隊攻撃開始!!」

「お姉さんのことも忘れないでよね!! 全員、対象を拘束!!」



 建物の瓦礫の合間を通り、到着した自衛隊が周囲に展開して攻撃を開始し、アケノさんの指示で墓守用の拘束縄も放たれるけど、どちらもエウロヴェには大した損害とも、動きを封じることも出来ていない。


 もしここで、再び衝撃波が放たれてしまえば、ただの人である彼らは……。




 ――だからこそ、「決してやらせるな」と胸の内に火が灯った。




 火は炎と燃え盛り、色付くは銀炎、人々の猛き意志が“大和魂”を呼び起こす。



「私たちは決して負けない……! 私には、伝えなくてはいけないことがあるの……! それを伝えるまでは……こんなところで……こんなところで……終われないんだからーーーーーーーーーーっ!!」



 リシィが叫んだ。瞳が、髪が、光翼が、彼女の全身が目映い黄金色に輝き、僕たちの防戦一方になっていた緋剣を二本とも跳ね上げる。

 それだけではない、十二枚の光翼は一翼一翼が剣と変わり、一閃で無限とも思えてしまう斬撃が周囲の空間ごと緋剣を斬り裂いてしまった。



「その意気や良し!!」



 空から声が降る、勇ましい真紅の皇女の声が。

 だけど、実際に降って来たのは、霊子力剣エーテルブレードを振り下ろしたアサギ。

 防御しようとしたエウロヴェの左腕を斬り、そのまま胴体まで袈裟斬りにする。



「血界燼滅! 二ノ太刀【焔鬼殺刃えんきころしのやいば】!!」



 そして、エウロヴェの背後の空間までが裂けた。


 躍り出るとともに奥義を放ったのは、今度こそ剛剣を振るったシュティーラ。

 ノウェムの“転移”による奇襲、エウロヴェの火輪が上から下に斬り裂かれる。



『ぐ……』



 怯んだ……!? 好機だとするなら今……!!



「おおおおおおおおおおおおっ!!」



 僕は間合いを一気に詰め会心の一撃を放つ。



 この間隙を無駄にしないため、銀槍に込めるは勝利への誠心。




 だけど、穂先はエウロヴェの残された右腕で受け止められ、届かなかった。




 赤光の衝撃波が、僕を、シュティーラを、アサギを、そしてリシィを襲う。




 瞬時に顕現するは、数百本もの緋剣――【緋焚の剣皇レーヴァティエヴォルツォ】。





 そして、終わりは突如として訪れる――。





 斬り裂かれ、貫かれ、龍血の神器とともに世界は終わる――。





 それでも――。







 それでも僕は、銀槍を決して離すことはなかった――。







「エウロヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

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